わたしは映画を観るのが好きだ。
どのジャンルが一番好き,というこだわりは特に無い。
だからアクションでもSFでもホラーでも,
こってこてのラブストーリーでも(ここだけ強調),
とりあえず観る。
当たりはずれはあるけどね。
で,今話題になっている映画で気になってるのが…
3K
この『3K』の3つの‘k’とはCMを観る限りでは,
king(王様)と,
killer(殺し屋)と,
kid(子供)の3つらしい。
≪交わるはずのない3つの運命が1つに交差する時…
…奇蹟のドラマが幕を開けた!≫
…とかなんとか。
有名なハリウッドの大物俳優が2人,
そして今話題になっているスーパー子役が1人。
この3人が主役をつとめる,いわば『夢の共演』ってわけ。
観てみたいって思うのが普通でしょ。
まだ観ていないんだけど,いずれ観るつもり。
まあそれはさておき。
映画以外にわたしの好きなものが,テニス。
大学に入学したあの日。わたしはありとあらゆるサークルから声をかけられた。
それはもちろんわたしに限った話じゃなく,1年生皆がサークルの勧誘に引っ張り
だこだった。
新入生を獲得するために奔走する『勧誘パワー』ってのは本当に凄い。
びら配りにしろ,説明会への招待にしろ,新入生を帝だ神だと誉め讃え,なんとか
して電話番号を聞き出そうとする。
あの頃は「ウザい」って思っていた。
でも実際に勧誘する側になってみると,「ああ大変だったのね」と思い切り彼らに
同情するし,彼らに白い目を向けていた少し昔の自分を殴りたくなる。
ともあれ,今わたしは某テニスサークルに所属している。
大学2年生になった4月現在,新歓活動のために日々走り回っている。
んで,今日はいわゆる『新歓コンパ』ってやつに出席している。
新入生のほとんどが18歳なわけだから(かく言うわたしも19だ),お酒飲ん
じゃいけないんだけど…
…この法律守ってる人,今時いるの?
少なくともわたしは守っていなかったし,わたしの周囲にも守っていた人はいない。
そして,お酒飲めない人って人生の3分の1は損していると断言できる。
ただの酒好きの偏見だけどね。
でも,もてなす側になってみてわかったんだけど『先輩』という立場の人間に
とって,新歓コンパなんてちっとも楽しいものじゃない。
新入生は自分の限界を知らないからグビグビ飲んで大声で騒ぐし,ひどいのに
なると女の子でも吐く。
見るからに女目当てで,からんでくる奴もいる(そういう奴は飲ませまくって
即潰すけど)。
『真面目にサークル活動する人をいかにして見分けるか』
もてなす側は,これが重要。
「さ~ん!!」
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん…って,何あのコしつこい!
そんなに振ったらもげるってば!ってくらいこちらに手を振っている男の子が
いた。
えらくテンションが高そうな…。
彼は新入生で…えっと名前は…沖田君だったかな?
説明会の時から『超カワイイ新入生がいる!』って,上の代のお姉さま方に騒が
れていたコだ。
わたしも気にはなっていたんだけど(だって目の保養になるし),他の新入生達
との会話とか世話が忙しくて今まで話す機会がなかった。
沖田君の周りには何人か人がいるものの,そのほとんどが…なんというか…
…撃沈している。
どんだけ飲んだのかしら,あのテーブル?
わたしはヨイショと立ち上がって,彼の方へと近寄った。
「沖田君,大丈夫?」
「大丈夫でさァ!!!」
(本当に大丈夫な人はね,ンなデッカイ声で叫ばないわよバーカ)
…なんて思ったけど,さっきも言った通り新入生は『飲み方』ってやつを知らない。
こういう風に弾けちゃうのも仕方ないというか,普通というか。
むしろ『醍醐味』というか。
とにかく,ここで怒ったら『先輩』やら『女』やらが廃るってわけ。
「あはは,元気だね~」
「そりゃもちろん!酒のためならアスファルトに咲く花のよーになれますぜ!」
ピース。
…って,ピース(しかも両手で)!?
ていうかどうして岡本真夜!?
わたしは「あ~このコもう出来上がっちゃってるな」と判断し,さりげなくお茶を
注文した。
もちろん後で彼に飲ませるために,だ。
「で,沖田君はテニスやったことあるの?」
「はい!!俺ァ前衛ばんばんだったんでィ!!」
「…へえ,そうなんだ(前衛ばんばん?)」
「中高どっちも3年連続でレギュラーでさァ!」
あら,意外。
じゃあ別に女の子目当てでテニスサークル選んだわけじゃあないのね。
沖田君は…所謂イケメンだし,てっきりそういう輩なんだと思ったんだけど。
人を見かけだけで判断しちゃ駄目ね。
でもサークルに異性目当てで入る人も少なくないのよ,本当。
今向こうにいる女子大の女の子達も,テニスがしたいだけってなら自分の大学の
テニスサークルに入れば良いのよ。
…まあ,別に構わないんだけど。部員が増えるのはこっちとしては嬉しいし。
最近の男の子はヘタレが多いし。
女の子の方から狩に出ないといけない世の中になっちゃったのよね。
だから女子大のコが遠征してくるのって極めて自然なことよ,うん。
今時待ってるだけじゃ王子様は来ちゃくれないわ。
「あ,今『意外だ』って思いやせんでした?」
沖田君はぐいっとビールを飲んで(もう止めなさいってば)言った。
「ちょっとね」
「ひっでーなァ」
と口ではぼやきながらもそれほど傷付いた風はなく,にこっと笑う。
…人懐こい笑顔だ。
年下のせいかな。
男なのに『可愛いな』と思ってしまう。言わないけど。
男って『可愛い』って言われるのが嫌いらしいし(前に弟が言ってた)。
「こう見えても俺ァね,真面目にサークルを選んでんでさァ。
他のテニスサークルの練習も見て回ってんです。
だらだらやってるとこも,イチャコラしてるとこも願い下げなんでね」
「あら,本当に意外」
「さん,正直すぎでィ!!」
「ごめんね,つい」
謝ったところで(あんまり悪いとは思ってないんだけど)さっき頼んだお茶が
来たので,沖田君の前に置いた。
「で,うちのサークルはどう?」
営業(?)もしっかり・ちゃっかりやる。
「良いですねィ。練習見学しやしたけど皆強いですし,飲み会は楽しいですし。
それに,」
「それに?」
「美人の先輩もいるし」
「ああ,うちのサークルの女性陣はレベル高いから…って,やっぱり女の子漁りも
してんじゃないの!」
思わずつっこんだけど,沖田君は少しも悪びれずに,
「何言ってんでさァ。そんなん当たり前じゃねェですか。ちったァそういう邪な
気持ちもあるのが普通ですって。そんなもんですよ男ってやつァ」
しょ,正直すぎるのはむしろあなたの方よ…沖田君。
というかこのコ,ひょっとしなくてもかなり酔ってる?
超おしゃべり…(説明会の時はここまで饒舌じゃなかったはず…遠目にしか様子
見てなかったけど)。
顔はそれほど赤くないけど,顔に出ない性質なのかも。
顔に出ない人って意外と大変なのよ。
結構飲んでるにも関わらず「まだここに酔ってない奴がいる!」とか言われて,
グラスいっぱいに酒を注がれちゃったりしてさ。
「ま,まあ…とりあえずこれでも飲んで」
お茶を指差してみる。
しかし。
「いや,俺はこっちでィ!!」
どんっ。
と,彼がすぐ横のテーブルから取ったそれは,
≪鬼嫁≫
少しぼやけた浅葱色の瓶。
ラベルには…雪女がモデルなのだろうか,真っ白な着物を着た女性と、
それに重ねるように白い鬼(赤でも青でもなく白鬼って何)が描かれている。
……って,めちゃくちゃ強い日本酒だよ!!!!
「だ~~~!!もう駄目だってば!!飲みすぎ!!」
わたしは取り上げようとしたけど,沖田君はそれをさっとずらした。
「こんくらい大丈夫でさァ。若いんですから!!」
「いや若いから余計に駄目なんだって!」
叫ぶ間にも,沖田君はなみなみとグラスに『鬼嫁』を注ぐ。
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい…!!
「乾杯!!」
ぐいっ
ああああ!!
そんなに何の躊躇もなく!?
一気飲みしちゃったよ,このコ!!
「あ,あ,あんたね…」
「っかァ~……良い気持ちでさァ」
ふらふらと頭を揺らしたかと思うと,沖田君はぱったりと倒れてしまった。
…わたしの膝の上に。
んなっ!!??
「うわっ!ちょ,ちょっと…沖田氏…!!」
って,わたし呼び方変わってるよ!
てんぱりすぎだっての!!!
これじゃアキバ系じゃん!!
「熱いね~,お2人さん♪」
周りのテーブルから野次だか冷やかしだかが飛ぶ。
「うるさいわね!」と叫び返すけど……どうすりゃ良いのよ!?
「沖田君!どきなさい!!!」
ごすごすと容赦なく頭を叩いてみる。
あ,結構猫っ毛なのね。気持ち良いかも。
…いやいや違うだろ,わたし!!
「ん~~~っ…『総悟』」
「は?」
いきなり何?
わたしは訳がわからず沖田君を見下ろした(しょうがないでしょ,この体勢じゃ)。
「総悟」
「……?」
「名前で呼んでくれたら,どきまさァ」
ふにゃふにゃと言うけど,あんた…言ってることは結構あれよ!?
いやどれなのよ,わたし!!
っていうか,さっきからわたし一人ボケツッコミばっかりしてるんですけど!!
「沖田君,あんたねえ…」
「ん,総悟ですって」
「あのね…自分が突然そう言われたらどう思うか考えてみて。呼べないでしょ?」
酔っ払いを諭すこと程,無駄で滑稽な行為ってないけど…必死なのよ,わたし。
「そんなもん余裕でさァ。~」
…なんですと!?
「なんでわたしの下の名前知ってるのよ!?」
わたし,サークル内ではあだ名でしか呼ばれてないのに!
「さっき他の先輩に聞いたんでさァ」
にへらっと笑うと,沖田君は猫みたいに体を丸くした…
…って,まさか眠る気まんまんですか(なぜ敬語)!?
ああ,もう!!!
毎回飲み会がある度に思うんだけど,こういう場って…最後まで真面目だった奴が
損よ,絶対!!
わたしもいっそ酔っ払いたいわよ,こんちくしょう!!
「総悟!!起きろ!!!!」
やけくそも手伝って,わたしは色気もムードも何もない声で怒鳴った。
きっと,遅刻寸前の息子を起こす母親ってこんな声よ…。
「わ~い。呼び捨てでさァ!」
「名前で呼んだんだから,どきなさい!!」
「へ~い」
のろのろと沖田君は身を起こした…って,あんた今さりげなく膝を撫でたわね!?
もう一発殴ろうかと思ってたら,
「なァ,は映画好きですかィ?」
にこっと無邪気に笑って訊いてきた。
……なんていうか,エンジェルスマイル?
いやでも許可無く呼び捨てってどうよ。
「…好きだけど」
「『3k』って知ってますかィ?」
「…そりゃあ,ね」
頷きながら思った。
…嫌な予感。
「前売り券2枚あるんでさァ。一緒に行きやしょーよ」
…やっぱり(脱力)。
い,いや,さっき『嫌な予感』って言いはしたけど…
…なにも本気でめちゃめちゃ嫌ってわけではないのよ。
だって,沖田君ってなんだかんだでやっぱり可愛いし(顔は良いに越したことは
ない)。
でもね…困るのよ,こんなに唐突じゃ!!
嬉しいけど困る・困るけど嬉しい…っていう微妙な乙女心をわかってよ!!
あ~でも嫌よ嫌よも好きの内,なのかしら??
…って,混乱しすぎだ、!!
「あ,あのね…沖田君…」
「行きやしょうよー♪」
いや『♪』をつけられましても。
「そして,レッツ・ドリンク!!」
いやなぜにいきなり英語(しかも思い切り発音日本語だし)!?
いやいやそれよりも!!!
「もう飲むなってば!!!」
と,わたしが叫んだ時にはもう既に遅し。
『鬼嫁』の瓶は虚しく空になった……は,早っ。
「ね,ねえ…大丈夫??」
さすがに怖くなって,わたしはうなだれている沖田君の肩を揺すった。
「……大丈夫でさァ~~~」
説得力無っっっ。
「ねえ,行きやしょうよ~」
しかもまだ言うか。
…いやでも待てよ。
わたしは,はたと気付いた。
こんなに酔ってたら…忘れちゃうんじゃない?明日にもなれば。
わたしだってこの1年間,飲み会に月1回出ていた。
ここまで酔ったら記憶が吹っ飛ぶってことくらい予想できるわ。
あ~あの頃は若かった。
…なんて昔(というほど昔じゃないけど)を懐かしんでる場合じゃない。
「行きやしょ~よ~」
「はいはい。明日の朝になってもあなたが覚えてたら,ね」
頭の中でそう結論を出したところで,わたしはやっと余裕をもって答えた。
が。
「覚えてまさァ」
…
……
………
…………ん?
「…は?」
わたしは思い切り目を丸くした。
間の抜けた表情をしてるわたしの前には,テーブルに片肘ついて,余裕綽々の後輩。
その栗色の眼差しには,はっきりした意識の光が宿っている。
どこかのテーブルで誰か面白いことでも言ったのだろうか,どっと笑いが起こった。
「俺ァ覚えてますよ。絶対」
そう言うと,沖田君は悪戯を成功させた子供のような笑顔を浮かべた。
……やられた!
「…沖田君,酔ってないの!?」
「まさか。酔うに決まってまさァ。こんだけ飲んでんですよ」
酒強い人ほど『今酔ってる』って冷静に言うものなのよ…。
ていうか,なんなのこのコ!!ざる!?
どこの世界にアルコール度数34%の日本酒一気飲み(と言っていいだろう)
して酔っ払わない1年生がいるのよ!?
ええ,ええ!いますともココに!!
なんなのこのコ!末恐ろしいんだけど!!
「楽しみでさァ,明日の朝」
「……どうしてよ?」
「だって,覚えてたら一緒に映画行ってくれるんでしょ」
「…知らない」
「約束破るんですかィ?」
……くっ。
わたしが真面目人間だってわかって言ってるの!?
…たぶんそうだわね。
そして,悔しいことにこの約束(ということにしてやるわよ)を無理矢理にでも
破棄しようと思う程わたしの本心は決して嫌がっていない。
…まさかこの矛盾丸出しの乙女心までわかった上で,沖田君は誘ってんかしら?
……だとしたらあんまりだ。憤死しちゃいそうよ。
じっと睨むように見ても,沖田君はニコニコスマイル光線発射とばかりに笑って
いるだけ。
…このコのこと,だんだんわかってきた。
「…ええ,いいわよ。行くわよ一緒に。行ってやろうじゃないの。でも!!」
びしっと鼻先に指を突きつけると,沖田君は少し寄り目になった。
…あ,面白い。
「でも,覚えてたら,だからね!!あくまでも!!それと,映画だけよ!!
付き合うのは!!」
「へいへい,わかってますって」
せめてもの反撃として叫んだものの,いっこうに動じない。
…前言撤回。
このコ,ちっとも可愛くない!!!!!
「さっき『美人の先輩もいるし』って言いやしたでしょ,俺」
「あーーー,そんなこと言ってたかしらねえ」
わたしは棒読みで答える。
…不機嫌にもなるわよ,いい加減。
「あれ,本当は『さんもいるし』って言いたかったんでさァ」
「…」
…どう反応しろというのよ。
ここまで言われると「こいつ絶対にタラシだ!」と理性は叫びまくっているん
だけど…。
あーくやしい。
頬が緩む。
なんか情けなくて泣きたくなってきた。
「それはどうも」
なんとか表情を固くしてそう答えたけど…このコのことだから見透かしてるかも。
「明日,楽しみですねィ」
「………そーね」
なげやりな返事。
でも,ちょっとだけ本心。
なんとも複雑な気持ちを抱え,わたしは『鬼嫁』のボトルを見た。
そんなわたしの混乱を落ち着けようとでもするかのように,
絵の白鬼は,なんだか憎めない光を放っていた…。
後日。
「映画だけ」と言っていたのに結局うまく丸め込まれて,
食事やらカラオケやらに連れまわされて,
しかも次の約束までしてしまったというのは……
……また別の話。
『3k』という映画は実在しませんよ(笑)。『鬼嫁』の描写もRICOの創作です。本当の『鬼嫁』はもっとシンプルなデザインですよね。
作中のは期間限定のデザインだったってことで。