林檎ウサギ,悪ィ。昼飯には間に合わねェわ」
「あらー…それは大変ですね」

正午間際の雇い主からの電話を,わたしはエプロンで手を拭きながら受けた。
今時珍しい黒電話のコードをくるくると指に巻き付けつつ(特に意味は無い),

「見つからないんですか,インコ?」
「やっぱ小せェ生き物だからなー…犬とか猫ならまだマシなんだけど」
「羽もありますからね」
「そうそう」

わたしに相槌を打ちながら,銀さんは溜息をついた。電話越しの吐息って,普段
の数割増しで色っぽいなあ,などと変な感想を抱きながら,

「お昼ご飯,そっちでちゃんと食べられそうですか?」
「うん。依頼主が用意してくれた」
「よかったですね」
「…ごめんなー。もう用意してただろ?…って,おい!!」
「?」
「ー!ごめんアル!」
「あ。神楽ちゃん」

気怠げな声から一転して可愛らしい声に変わり,わたしは電話の向こうの主が
交代したことを知った。

「のご飯,わたしも食べたかったアル。でも,インコまだ見つからないヨ」
「うん。インコ見つける方が大事だよ。昼ご飯は夕ご飯に回すことも出来るし」
「うん…」
「デザートはリンゴだよ。実家から1箱も届いたから,たくさん食べて良いよ。
 神楽ちゃん,リンゴは好き?」
「好きアル…」
「うん。いっぱい食べて良いからね。だから頑張って!」
「うん…わかったネ。頑張るヨ!ありがと,!」

神楽ちゃんのお礼と共にがそごそ入れ替わる音がして,再び銀さんが電話に出た。

「いつも通り留守番頼むな,。変な客と家賃回収のバアさんは,情け容赦無く
 追い返してくれて良いから」
「はい。わかりました」

お登勢さんにはとても聞かせられないな,と身震いしながらもわたしは頷いた。
情け容赦無く追い出されるのはわたしのような気がする(法的にも腕力的にも)。
その時は居留守を使おう,と心に決めていると,

「変な客には気をつけるアルー」

おそらく受話器を握る銀さんの真横で神楽ちゃんが思いっきり叫んだのだろう,
銀さんの「るっせーわ 耳元で叫ぶんじゃありません!」というオカン口調の
ツッコミが冴え渡った…こういう親子のような2人のやりとりには,いつも心が
和む。

「うん。気をつけまーす。新八君にもよろしくお願いします,銀さん」
「ん。夕方には帰れるように見つけるわ,インコ」
「はい。頑張って!」
「おう。んじゃな」

受話器を置くのと同時に,タイミング良く玄関からチャイムを鳴らす音がした。
ぴんぽーん,と間延びした音が部屋に響き渡る。

スナックお登勢の誰かなら,チャイムと同時に「いるのは分かっている」系の
警告が聞こえるのが常だ(どこの借金取りだ)(いや借金取りで合ってる)。
が,少し待っても特に何も聞こえず,2回目のチャイムが鳴らされた。

「はーい」

わたしは大声で返事をしながら,そちらへ向かった。
引き戸の磨りガラスに,新八君より少し高い背丈の影がうつっている。


「坂田銀時さんいますかー?」
「ごめんなさい。銀さん,今外出中でいないんです」


質問に答えつつ戸をがらりと開けると,そこには珊瑚色の髪を三つ編みに結った
色白の青年が立っていた。
くっきり二重の青い目を丸くして,彼は首を傾げた。

「ありゃ。そうなの?」
「そうなんです…何かご依頼ですか?」
「『依頼』?…うん。そうだね。『依頼』と言えば依頼だよ(戦いの)」
「どのような?」

雇われ家政婦のわたしは,万事屋の仕事そのものには口出ししないようにしてい
るけれど,こうして留守番している間に訪れた依頼人から言伝を預かるくらいの
ことは引き受けていた。
依頼人(らしき彼)は,ぴょこんと飛び出たアホ毛(?)を揺らして,

「んー…『今日は絶対に2時間以内に帰って来い』って阿伏兎から言われてる
 んだよね」

悩ましげに唸って…とは言っても,「今夜のお料理は何にしようかしらね」的な
「悩ましげ」であり,それほど深刻そうなわけでもないんだけど。
彼は万事屋の中を指差して,にこっと明るく笑った。

「少しだけここで待たせてもらっても良い?」
「はい。構いませんよ。どうぞ,中へ」

わたしもさして躊躇することなく頷いた。
こういうことを言う依頼人も割とよくいるので,いつもと同じように応接間へと
招き入れた。
あとどのくらいで銀さん達が帰って来るかわからないけれど(なにしろ捜索物は
羽有り・小型の生き物だ),待っている間お客様に好印象を与えておくに越した
ことはない。

「ここで働いてるお侍さん,普段どんな感じ?」

お出ししたお茶をすすりながら,彼は明日の天気でも訊くような気楽さで尋ねて
きた。わたしは彼の向かい側に座りながら,

「ちょっとマイペースで大らか過ぎる時もありますが,すっごく強くて優しくて
 頼りになる方ですよ」

かなりテキトーで大雑把な時がほとんどだけど,すっごく強くて(根は)優しくて
頼りになる人だ。おおむねウソは言っていない。
ふむふむと彼は興味深げに頷いて,

「じゃあ,ちっさい娘っ子は?」

神楽ちゃんのことも知ってるんだな,と思った。
まぁ…『白い巨大な狛犬を乗り回す怪力の女の子』はご町内でも超有名だから,
これも珍しいことではない。

「良い子ですよ。気は優しくて力もちな子です。とても強いんです。年若いのに
 一生懸命働いていますよ」
「ふーん…そのコの家族は?」
「家族…が,何か?」

そこでちょっと答えに詰まった。
宇宙最強のエイリアンバスターのお父さんと,そのお父さんと仲違いしていると
いうこれまた最強のお兄さんの話は,神楽ちゃんから少し聞いたことがあった。
でも,この人がそれを聞いてくる理由がよくわからない。
彼は,質問に質問で返したわたしにさして嫌な表情をするわけでもなく,

「親父さんとか兄貴の名前,君は知ってる?」
「神楽ちゃんに聞いたので…知っていますよ?あ,でも個人情報なのでお教えは
 できませんよ?」
「うん。大丈夫。聞かないから」
「…」
「…」

…何なんだろう。
不穏という程では全然無いけど,軽い緊張感というか若干の気まずさというか,
何にしろあまり味わいたくはない雰囲気が漂った。
その空気をかき混ぜて消すつもりで,今度はわたしから彼に質問した。

「あ。お客さんのお名前を伺っても?」
「名前?えっと……ウサギ!」
「…(偽名だ)」

一瞬言い淀んだ後,「いい名前思いついたっ」とでも言いたげに名乗った彼に,
噴き出しそうになった。
万事屋に来る人は,依頼内容によっては偽名を使う人も多い。
でも,こんなにすぐ偽名とわかる偽名を名乗る人も珍しい。
とりあえず,他人を騙したり嘘ついたりするような人柄ではなさそうだ。

「あ,そうだ」


いいことを思いついた。


「ウサギさん,お昼ご飯はもうお済みですか?」
「ううん。まだ」
「もし失礼でなければ,召し上がりませんか?」

神楽ちゃん用に大量にご飯を炊いているし。
今月は比較的余裕があって,お米だけは沢山ある。
このまま何もせず手持ち無沙汰で2時間待ってもらうのも悪いし…お昼ご飯を
食べていないなら,なおさら。

「銀さん達,本当はお昼には帰って来る予定だったので,もう既に人数分作って
 しまってるんですけど。お昼は外で食べてくるそうなので」
「良いの?嬉しいよ」

ぱあっと目を輝かせたウサギさんに,わたしは笑って断りをいれた。

「あ。全然豪華な物ではないので。万事屋の家計に合わせたお料理ですので。
 そのへんはあまり期待しないでくださいね」
「『お金をかけずに美味しくて健康に良い料理を作れる人こそが至高の主婦』
 って,お袋が昔言ってたよ」
「立派なお母さまですねー」

ウサギさんのお母さんなら,きっととても綺麗な人なんだろう…彼の顔立ちから
予想するに。

わたしはおかずを並べて,汁物をよそって,お米を丼についだ。
…何故にお椀でなく丼なのかというと,お米をお椀についでゆく際「このくらい
ですか?」と量を訊きながらついでいったのだけれど,いくらついでも彼はYesと
言わなかったからだ。
そこで,神楽ちゃんが好んでよく使っている丼の出番となったわけだ。

テーブルに並んだご飯たちを,ウサギさんはバースデープレゼントでも見ている
かのような眼差しで見下ろして,その輝いた視線のままわたしの方を向いた。


「ね,君の名前は?」
「です」
「,良いお嫁さんになりそうだね」


澄んだ水が流れるような口調で,彼は言ってのけた。
それは,男女同権が声高に謳われる昨今,あまり褒め言葉としては認識されなく
なったフレーズだけれど…彼のような所謂『美青年』から無邪気に言われると,
悪い気はしなかった(これが『ただしイケメンに限る現象』というものか)。

「ありがとうございます」
「美味しそう。いただきまーす」

合掌の後,彼は物凄い勢いで米やら野菜炒めやらを頬張り始めた。
細身な外見からは想像もつかない豪快な食べっぷりに,わたしは自分の口にご飯
を入れるのも忘れて,お箸を持ったまま固まってしまった。
およそ『大食漢』という言葉が似合わないウサギさんだけれど,彼を『大食漢』
と言わずして誰を言おうか。
そして,その見た目に不釣合いな食べっぷりを,わたしは普段からよく目にして
いた。


「…神楽ちゃんみたい」


思わず呟くと,ウサギさんのお箸がぴたりと止まった。

「…何が?」
「いえ,神楽ちゃんも…このお家の子も,ウサギさんみたいに美味しそうに勢い
 よく食べるので」
「…そう」

微笑みを絶やさすことなく,彼は一度だけ頷いた。
その笑みは,何を思っているのかが判然としない。
でも,彼自身にもよく分からない感情が,彼の中に渦巻いているのかもしれない。
なんとなくそんな気がした。
その後は何か思うところがあったのか,心なしか今までよりペースを落として,
ウサギさんはお箸をすすめた。

結局,ウサギさんは神楽ちゃん用に炊いたお米を全て食べ尽くした。
図々しさもここまで突き抜けると,逆に清々しい。
夕ご飯用にまた炊いておかないと…神楽ちゃんが,むくれる。
無洗米にしておいてよかったなあ,と思いながらデザートのリンゴの皮を剥いた。
そして,


(あ…そうだ)


いいことを思いついた(本日2回目)。

『ウサギさん』なんだから――




「…なに?これ?」

テーブルに置かれたリンゴを見て,ウサギさんは首を傾げた。


「ウサギですよ。リンゴの」


ウサギの形に剥いたリンゴですよ,と。
わたしは子どもの頃によく母からしてもらったけれど。
日本人以外の人々にとっては,こういうのは非常に珍しいらしい。
これをやってあげると,神楽ちゃんは物凄く喜ぶのだ。

「へぇ。こんなの初めて見たよ。侍の国の人達って,食べ物をなんでもカワイく
 するよね!」

ウサギさんにとっても,やはり珍しいようだ。
今日1番きらきらした双眸で「カワイイ」を連呼した。

…そう言っているウサギさんの方が可愛いとわたしは思ったけれど。
ひとしきり目で楽しんだ後,ウサギさんはリンゴを1つ手にとった。

「どっちから食べれば良いの?」

頭からか,お尻からか,という疑問のようだ。
…そういうことを訊かれたことは,未だ嘗てない。
結構マジメな人なんだな,と思いながら,

「特にどちらから食べなきゃいけない,という決まりはないですよ。頭からでも
 お尻からでも」
「そうなんだ。じゃ,アタマからにしよっと。いただきまーす」

しゃりっと良い音を立てて,ウサギさんはリンゴのウサギを食べた。
あれ…?よく考えたら,これって共食いになっちゃうんだろうか。
でも,ウサギさんは嬉しそうだから,いいか。

「うん。普通のリンゴより美味しいな」
「そんなに喜んでいただけると,こちらも嬉しいです」

実際は普通に切ったリンゴと味は変わらないと思うけど。
こういうのは,得てして気持ちの問題だ。
なんにしろ,ウサギさんは,リンゴのウサギを大変お気に召したようだ。
最後の1個を食べたところで,

「これ,どうやって作るの?」
「包丁でチャッチャと切るだけですよ」
「やってみたいな」
「お教えしますよ」

丁度リンゴはたくさんあるし。
つい先日わたしの実家からドーンと1箱送られて来て,1人ではとても消化出来
そうにないので,万事屋に持ち込んだのだ。

「ありがとう,。リンゴはどこ?」
「台所に箱があります」
「俺が運ぶよ」

当然の任務だと言わんばかりの素早さで立ち上がって,彼は玄関の横の台所へと
向かったのでわたしもその後についた。
ウサギさんは,お世辞にも軽いとは言えない(むしろわたしにとっては凄く重い)
リンゴの箱を,発砲スチロールの空箱でも持ち上げるかのように,片手で軽々と
持ち上げた。
1箱全部運ぶ必要は無いはずで,切る分だけ持って行けば良いはずなんだけど,
ウサギさんの予想外な豪腕に驚いて,ツッコミそびれてしまった。
リビングに箱を置いてもらって,

「リンゴを切る前に,手を洗いましょうね,ウサギさん」
「はーい」

素直に返事をして手を洗いに行くウサギさんは,なんだか微笑ましい。
ほんわかした気持ちになりながら,わたしも手を洗って,ボウルに塩水を入れて,
包丁とまな板を2つずつ用意した。


「はい,では始めますよ。ウサギさん,包丁を持ったことはあります?」
「んー…小さい頃に何回か」
「そうですか。まずは,8等分にリンゴを切るんですけれど,添える方の左手は
 軽く『ネコの手』です」
「ネコの手?こんな感じ?」

にゃん,と言いながら手をグーにするウサギさんを見て,

(そっか…これが世に言う『あざとかわいい』というものか)

と,わたしは妙に納得しながら,「そうですよー」と平静に返した。
ウサギさんが切ったリンゴは大きさがまちまちで,『等分』になっていなかった
けれど,「小さい頃」以来に包丁を持つのだから当然といえば当然だった。

「んで,次に芯の部分と種を取り除きます。ここ,ちょっと難しいので,指を切ら
 ないように気をつけてくださいね」
「うん…切ってもへっちゃらだけど,気をつけるよ」
「…?」

ウサギさんは何事かボソボソと言ったけれど,よく聞き取れなかった。
わたしもウサギさんのペースに合わせて,彼の横でリンゴを実際に切ってみせる。

「それで,皮のこのあたりにV字に切れ込みを入れます」
「…難しいね」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「…うん」

非常に真剣かつ神妙な顔つきで,ウサギさんは包丁を扱った。
丸っこい目尻が少し吊り上がって,きりりと引き締まった表情になっている。

「で,最後にウサギのお尻にあたるところから皮を剥いていって…完成です」
「…」
「…」

わたしのまな板の上に置かれたリンゴのウサギと,彼のまな板上のウサギ。
…正直,彼のウサギは少々個性的というか,いびつというか,なんというか。
ウサギさんは,ふーっと溜息をついた。


「…やり方はわかったよ」
「…はい」


そして,まるで決闘にでも挑むかのような目つきで,残りの7つもウサギの形に
しようと切ってみたけれど…
…やはり,どうしても形がきれいにならない。
初心者だから無理も無いんだけれど,


「…もう1個やってみて良い?」
「はい。どうぞ」


ダメとは言いづらい凛とした真顔で問われ,一も二もなくわたしは頷いた。
「随分負けず嫌いな人なんだなあ」と思いながら,わたしは不揃いなウサギ達を
ボウルの塩水に漬けた。
ぷかぷかと水に浮かんでいる大小さまざま,耳の長さまちまちな林檎ウサギ達も,
これはこれで可愛いとわたしは感じた。




「うん。結構上手くできるようになったかな!」
「…そうですね」


――結局,ウサギさんは実に箱半分のリンゴをウサギにしてしまった。
途中で止めなかったわたしが悪いんだけれど,あんなにも意地をむき出しにして
リンゴをウサギ型に剥いてゆく青年に「もう止めてください」とは,とてもじゃ
ないけれど言えなかった。言える雰囲気でもなかった。
実際,最後にはその努力が実って,ウサギさんは綺麗なウサギを作ることが出来る
ようになっていた。

「ありがとう!のおかげだよ」
「…どういたしまして」

邪心の欠片もないあどけない表情でお礼を言われると,もう何も言えなかった。
箱の半分は残っているわけだから,いいか(神楽ちゃん…ごめん)。

「あらためて,いただきまーす」
「…いただきます」

胸の内で一言侘びて,わたしも山盛りの林檎ウサギを口に運ぶことにした。
ウサギさんは本当に嬉しいようで,にこにこ笑ってリンゴを次から次へと食べて
いく。でも――

(…あれ?)

彼は意図的に選んで林檎ウサギを食べているようだ。
時々,指先にふれそうになったリンゴを避けて,別のリンゴを手に取るのだ。
どういう法則の元に選んでいるのかは,わからないけれど。


「ウサギさん…選んで食べていませんか?」
「んー…不細工なのは食べたくない」


…って,あなたが切ったんでしょうが。
ツッコミが喉元まで出かかったけれど,とりあえず飲み込んだ。
彼が最初の方に切った林檎ウサギたちは,たしかに歪だ。
でも,だからと言って「食べたくない」って…どんだけワガママなんだか。
きっと周りの人たちに普段から甘やかされているに違いない。

「味は他のと同じですよ?」
「…」
「…ウサギさん?」
「…」

…あれ?
もしかして聞こえないふりをしてる?
しょうがないウサギさんだな…

(あ…そうだ)


いいことを思いついた(本日3回目)。


「そんなこと言ったら,林檎ウサギが可哀想ですよ」
「『かわいそう』?」

怪訝な表情をするウサギさんの目の前に,わたしはいびつな林檎ウサギを掲げて
みせた。

「『僕たちが,いびつだから嫌なんだね…ひどいよ』」
「…」

少し高めの声色をつくって,林檎ウサギに泣く動作をさせる。

「『ウサギさんのために,美味しくなったのに…食べてくれないんだね』」

しくしく…と泣き声をつけて,林檎ウサギを俯かせる。
ウサギさんはじっとそれを見つめて,ばつが悪そうに口をへの字に曲げた。
そして,


「ごめん…食べる」


わたしではなく,いびつな林檎ウサギに向かって謝った。
…しゅんとした仕草がとても可愛くて,不覚にもきゅんとしてしまった。
ウサギさんはもそもそと不揃いなウサギ達を食べながら,

「うん…いびつでも美味しい」
「そうでしょう?」
「…ねえ。はさ,小娘が好き嫌いした時も同じようなテを使ってんの?」

『小娘』とは神楽ちゃんのことだろう…たぶん。

「…まぁ,そうですね。同じようなこと言ってますよ」

神楽ちゃんは好き嫌いがほぼ無いけれど,一部の野菜を稀に嫌がることもある。
その時に,さっきのような(名付けて)『食べ物・擬人化作戦』をすると,大抵の
ものは渋々ながらも食べてくれるのだ。

「ふーん…それで,小娘にもさっきみたいに料理を教えてるの?」
「そうですね。神楽ちゃんにも教えていますよ。神楽ちゃん,お料理の勉強熱心
 だから…それが何か?」
「…うん」

ウサギさんは複雑そうな目でわたしを見つめてきた。
つい先程までの楽し気な笑顔ではなくて,泣き笑いのような表情で見つめてくる
ものだから,わたしはなんだかどきどきしてしまった。
彼は,楽しい記憶と悲しい記憶の両方をまぜこぜにした深い色合いの眼差しで,


「きっとお袋のこと思い出してるだろうな」
「…え?」


わたしに聞かせるつもりで口にした言葉ではないのだろう――よく聞こえない。
科白を息の中に包み隠すかのように,彼は曖昧に呟いた。


「あいつ,君のことニガテだろうなあ。大スキだろうけど」


何事か小声で言って,ウサギさんはわたしの頬に指先で少しだけ触れた。
彼の手からは 甘酸っぱい林檎の香りがした。

「あの…?」
「…こっちの話」

振り切るかのように,ウサギさんは口角を上げてはっきりと笑った。

「本当にありがとう,」

お礼を言うと同時にわたしの頬から手を離して,彼は立ち上がった。

「何かお礼がしたいけど,ごめん。今日は時間切れだ」
「…え?」
「もう帰らないといけない」

はっとして壁の時計を見上げると,ウサギさんが来てからもうすぐ2時間が経と
うとしていた。リンゴを切るのに夢中になっていて,全然気がつかなかった。
わたしも慌てて立ち上がって,

「ごめんなさい。結局,銀さん帰って来なくて…」
「ううん。当初の目的は果たせなかったけど,おかげさまで楽しかったよ。
 ご飯もすごく美味しかったし。林檎ウサギにも出会えたし」
「…はい」
「それから,君にもね」
「…はい?」
「にも出会えたし」
「…」

黙り込んだわたしの瞳を覗き込んで,ウサギさんはいたずらっぽく目を細めた。
わたしは頬の熱が集まっていくのを自覚しながら,

「あの…『タコさんウィンナー』はご存知ですか?」

なんとも色っぽくないことを訊いた。ウサギさんはきょとんとした表情になって,

「知らない。どんなの?」
「タコの形のウィンナーなんです。お弁当のお供です」
「へえ。それも美味しそうだね」

食べてみたいな,となんとも可愛く笑ってくれたので。

「あの…また遊びに来てくださいね。今度は,タコさんウィンナーを用意してい
 ますから」
「うん。絶対来るよ」

力強く頷いて,彼が右手を差し出してきたので,わたしもつられて右手を出した。
ウサギさんはわたしの手をしっかり握りしめて,


「またね,」


その澄んだ双眸にわたしを映して,夏の青空のように晴れやかに笑ってくれた。





「ええ!リンゴ,こんなに減っちゃったアルか!?」
「神楽ちゃん,本当にごめんね…お客さんに出しちゃったの」
「…客が箱半分のリンゴを食べたアルか?」
「…うん」
「客ってなにヨ。牛か熊でも来たアルか?」
「牛でも熊でもないよ…ウサギさんだよ」
「はあ???」




「ほら見てよ,阿伏兎。ウサギさんだ」
「帰って来るなり厨房に行ったかと思いきや,何やって…って,なんだそりゃ」
「ウサギさんだよ,ウサギ。林檎ウサギ」
「……可愛いな」
「でしょ?ホント,侍の国って面白いよね」





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2016/03/12 up...
 銀魂のキャラクターの中で『こいつに包丁を持たせたらダメだろ』ランキング優勝候補は神威だと思うのです。