<こんばんは。今日はお月様がきれいですね。
ところで,今度2人でどこか行きませんか?>
「この『ところで~』の前にもう1・2文入れるべきですか,山崎さん?」
スマホのメール作成画面をこちらに向け,真剣な眼差しを送ってくる同僚に,
「あー……そうだねえ」
「やっぱり今のままだと『ところで』が唐突過ぎますよね。
『丸いお月様を見ると,ホットケーキが食べたくなりませんか』
みたいな1文を入れた方が自然ですかね?」
「良いんじゃない?」
なんでも,という語尾は言わずにおく。
俺の隣に座る『沈黙の部隊』隊長は,さらさらと画用紙にサインペンで書き,
【「ホットケーキ」ではなく「パンケーキ」と言った方が流行に乗ってるっぽいZ】
いつも通り無言のまま,画用紙を彼女の方にスッと向けた。
「本当だ!ありがとうございます,斉藤隊長!」
彼女は素直に喜んで,スマホのキーをペタペタと指先で打った。
<こんばんは。今日はお月様がきれいですね。
丸いお月様を見ると,パンケーキが食べたくなりませんか。
ところで,今度2人でどこか行きませんか?>
仕事終わりに一杯ひっかけていくか,という話になり,なんとも珍しい組み合わせの3人で居酒屋に入ったのは,もう四半刻前だ。
同僚の彼女は,つい最近付き合い始めた万事屋の旦那を,初デートに誘うためのメール文面を考えるのにずっと悪戦苦闘している。
…たった一通のメールを送るのにどんだけ時間かかってんだ。
「…これでもまだ唐突な気がする。どうしてでしょう,山崎さん?」
「さあ…」
【せっかくパンケーキの話題を出したんだから,パンケーキの店に誘ってみるのはどうだろうZ】
「すごい!それすごく良いです,斉藤隊長!」
「ああ…旦那甘党だしね」
なにしろ糖尿病一歩手前らしいからな。
いやそれむしろ良いのか,パンケーキ屋なんか行って。
けど,ホットケーキとパンケーキの違いは「砂糖が入っているか否か」で,パンケーキには砂糖は入っていないらしいから良いのか。
その(さしてどうでもいい)うんちくを俺に言って来た一番隊隊長をふと思い出し,
「…この前,沖田隊長が行ったお店のパンケーキはかなり美味しかったらしいよ」
「沖田隊長が褒めてたんですか?それなら,絶対に美味しいですね!何というお店ですか?」
「えっと…たしか『雪ノ上』って。並ぶかもしれないけど」
「調べてみます!ありがとうございます,山崎さん!」
ぱあっと顔を輝かせて,彼女は再びスマホの画面に視線を落とした。
「…というか,わたしのメールって女子にしては殺風景なのかな。もっと絵文字とか使った方がいいですかね?
でも,絵文字ばかりだと鬱陶しいような気もするし…」
「…2文に1つくらいにしとけば?」
俺はビールを飲みながら,ぼやくように言った。
たった一通のメールを送るのにどんだけ時間かかってんだ(2回目)。
<語尾にハートマークがあると,きっと嬉しいZ>
「やだ!ハートマークなんて…恥ずかしくて使えませんよ!斉藤隊長ったら!」
なにげに斎藤隊長は的確なアドバイスばかりする。
こういう話はむしろ苦手そうなのに,なんか意外だ。
…俺は苦手だし,もはや面倒臭くなってきたんだけどな。
「というか,女子のわたしから初デートに誘うことがそもそもどうなんでしょう!?
はしたないかな!うざいかな!なに浮かれてんだこの女,って思われないかな!?」
<大丈夫,そんなことないZ 頑張るんだZ>
「…ちょっとトイレ」
激しく唸り始めた彼女と,それを励ます斎藤隊長を尻目に,俺は逃げるように(まさに一旦逃げるためなのだが)立ち上がった。
…なんかリア充に延々と惚気られているような気分になってきた。
死ぬほど白けてきた。
彼女は至って真剣に悩んでいるんだろうけど。
べつに惚気ているつもりもないんだろうけど。
これだから付き合いたてほやほやのカップルってやつは困る。
まだまだメールを送るまでには時間がかかりそうだなあ,と思いながら厠へ行く途中,偶然通り過ぎた個室から聞き覚えのある声が響いてきた。
「ぬあああああ!でも,付き合い出した途端デートに誘うなんて,がっつき過ぎてると思われたらどうしよう!というか,メールじゃなくて
電話で誘うべきなのか!?『メールで誘うなんて男らしくない』って思われたらどうしよう!?」
ひょいと簾越しに覗いてみると,見覚えのある天パ銀髪がケータイを片手にギャーギャー苦悶していて,
「銀ちゃん,頑張るアル!大丈夫,男は度胸ネ!」
「銀さん,応援してますから!勇気を出して!」
その向かい側では,これまた見慣れた少年少女が,彼にエールを送っていた。
(はあ…)
…この彼氏彼女は,同じような場所で同じようなことをお互いがやっているなど,微塵も予想していないだろう。
もう 本当の,本当に。
これだから付き合いたてほやほやのバカップルってやつは困る。
まったく。
かれこれ30分経過。
惚気話は,苛立ったら負け。
2016/12/20 up...
十五代目・拍手お礼夢その1。