「…これは?」

 総悟のスマホに表示されている写真を見て,団子屋の看板娘はおっとりと首を傾げた。

 「…」

 お嬢さんの質問に,総悟はじっと黙って硬直しているので,やれやれと思いながら俺が答えた。

 「先日,そよ姫様の動物園ご見学に我々もご同行したんですよ。その際に撮った写真です。…なあ総悟?」
 「…はい。そうです」

 総悟は俺の問いかけに,聞こえるか聞こえないかの小声で答えた。お嬢さんは,

 「近藤さんも行かれたんですか?」
 「ええ。こう言っちゃなんですが,仕事でこういう所に行けたなんて得した気分です」

 わははと笑うと,お嬢さんもつられたようにクスクスと笑った。
 それをポーッとなって見ている総悟…すっかり春だ(頭の中が)。
 俺達は団子屋の店先に置かれている長椅子に,俺・総悟・お嬢さんの順番に並んで座っていた。
 空のお盆を持ったお嬢さんは,只今休憩中で,常連客の俺たちの話に付き合ってくれている。

 「可愛いですね,とっても。これはウサギですか?」
 「…」
 「あ,似ていますよね。それ,ウサギじゃなくてマーラなんです。ネズミの仲間だそうで」

 やはり総悟は答えないので,俺が答えておく。
 総悟は先程からもじもじしているばかりで,あまり喋らない。

 …いやいや一体誰だ,この初々しい純情青年は。
 こんなヤツ真選組にいたか?
 俺が「お前も喋ったらどうだ」という意味を込めて軽く肘で突つくと,やっとのことで総悟は自分からお嬢さんに話しかけた。

 「…動物は好きですか」
 「はい」
 「俺も好きです」

 微笑んで頷くお嬢さんに,総悟は熱い眼差しで同意した。
 まるで愛の告白でもするかのような真剣さだった(実際そういう気持ちで総悟は言ったんじゃなかろうか)。
 それを少し変に思ったのか,お嬢さんは「えっ」と声を出した。
 我に返った総悟は,カーッと顔を赤らめて念押しした。

 「いえ!動物が,ですよ。動物が,好きなんです」
 「…?はい,そうですよね。気持ちが和みますよね,動物を見ていると」
 「…はい」

 照れてしまって小さくなってゆく総悟は,いつも屯所でバズーカを撃ちまくってるヤツと同一人物とはとても思えない。
 …恋愛ってやつは人を変えるよなあ。うん。
 よし,ここらで今日のメイントークに移るか。
 本当は総悟が言うはずだったが,どう見ても言えそうにないからな。俺が言おう。

 「カピバラはお好きですか?」
 「はい。可愛いですよね,のんびりしてて」
 「今月いっぱい『カピバラの温泉タイム』が公開中なんですよ。この前行った時,警備配置の都合でお前は見られなかったんだよな,総悟」
 「…はい」
 「それは…残念でしたね」
 「…」
 「総悟と一緒に今度行ってやってくれませんかね?」
 「え?」
 「…!」

 お嬢さんが何の気なしに口にした一文字に,びくっと総悟の肩が揺れた。
 俺はその肩をぽんぽんと叩いてやりながら,

 「いやね,『見たいけど1人で行くのは嫌だし男同士で行くのもキモくて嫌だ』って。こいつワガママ言うもんで」
 「…」

 期待に満ちた,尚且つ不安そうな視線で総悟はお嬢さんをじっと見ている。
 お嬢さんはというと,少しの間思案するように虚空を見上げて,総悟と俺に視線を戻して,

 「はい。わたしなんかで良ければ」
 「「本当ですか!!」」

 俺達の声がぴったりハモった。
 総悟の顔の周辺に,花が舞っているように見えた(当たり前だが目の錯覚だ)。
 総悟は嬉しさを堪えきれないのか,頬を紅潮させて,

 「…楽しみです。カピバラ温泉」
 「そうですね。きっと可愛いんでしょうね」
 「可愛いです」

 先程と同じくこれまた真剣な眼差しで,お嬢さんに向かって頷いた。
 まるで「あなたは可愛いです」と熱弁を奮うかのようだった(実際そういう気持ちで総悟は言ったのだろう)。
 やはり変に思ったのか,お嬢さんは「えっ…」と目を丸くした。
 再び我に返った総悟は,ごほんごほんと咳払いをした後に念押しした。

 「…カピバラが,ですよ。カピバラが可愛いだろう,と」
 「…?はい」

 …こんな調子で2人だけで会うなんて出来るのだろうか。
 一抹の不安が過るが,そこはそれ。

 真選組の切込み隊長として,立派に戦(と書いてデートと読む)を勝ち抜いてもらわねば。

 (頑張れよ,総悟)

 俺は励ましの気持ちを込めて,総悟の背中をばしっと叩いた。

 いやはや,それにしても――



あいつの前とは別人だな。



 一緒についてきてください,というお願いは却下しました。

2016/12/20 up...
十五代目・拍手お礼夢その2。