Pixie Hat
I had no idea about this side of my personality either until I met you that it.
「んじゃ,この例文。訳してみなせェ」
「えっと…『わたしはあなたと会うまでは,わたしの性格のこの側面について知らなかった』」
夕焼けがカーテンの隙間から差し込む放課後,吹奏楽部の練習音が,この生徒会室にまで響いてきていた。
今度の文化祭でやる曲は,寺門通の『Everydayポニーテール』か…あのメガネが喜びそうな選曲だねィ。
聞くともなしに音を聞きつつ,俺は風紀委員の後輩の宿題を手伝っていた。
「間違いじゃねェけど…ぼりぼり…それじゃ直訳過ぎるだろ…もぐもぐ…もっと…ばりばり」
「…総悟先輩」
「ん?なんでィ?…ぼりぼり」
ちなみに宿題のお供は『とんがりコーン(焼とうもろこし)』だ。
もちろん十本の指全部に差し込んで,尖った爪みてェにしてから食べている。
差し込まずにはいられねェこの魔力はなんなんだろうねィ……と思っていたが,
「どうしてそういう食べ方するんですか?」
どうやらこの生真面目な後輩に,そういう魔力は効かないらしい。なんでィ。
「はあ?なにお前,知らねェの?これがトンガリコーンの正しい食べ方だろ」
「そんなの知らないですよ」
はメガネの位置を指先で直し,ちらりとこちらを上目遣いで見た。
…この堅物嬢にそんなつもりは絶対に無ェんだろうけど,しぐさがドSな女教師っぽい。
「ていうか,教えてもらっといてなんですけど。食べながら教えるの,やめてくれません?」
「やだ。俺ァ腹減ってんだ」
「…じゃあ,その食べ方やめてください」
「なんででィ」
俺的にはこの食べ方をしたことのないこいつの方が,よっぽどおかしいっつーの。
誰でも一度はやるだろ,これ。
時々入り口(と言っていいものか)が窄んでて,なかなか指にフィットしねーこともあるけど。
「食べ物で遊んでるみたいで。よくないです,そういう食べ方」
「…真面目だねィ」
ホントつくづく真面目な嬢ちゃんだ。そんなに真面目で窮屈じゃねーのかねィ。
…まァそういう堅物な女は今時珍しいし,嫌いじゃねェけど。
こういう生真面目な女をなかせるとこ,想像しただけで興奮するし。
「いくらお前の頼みでも,この食べ方はやめられねーな」
俺は両手の指全部にとんがりコーンを再び装着して,を横目で見た。
「なんでですか」
「これがないと…お前を食べられねーからだー!」
「えっ」
「がーおーっ」
尖った爪を振りかざしながら覆いかぶさろうとした…が。
あろうことか,堅物嬢は下敷きで垂直チョップを,俺の脳天にぶちかましてきた。
…地味に痛い。かなり痛い。
「なにすんでィ」
「こっちの台詞です」
はこほんと咳払いをして,下敷きを元通りノートの下に挟んだ。
ぱっと見,いつも通り冷静沈着な態度だ。
でも,髪の毛の間からちらりと見えた耳が,わずかに赤いのを俺は見逃さなかった。
「あ…遊んでないで!は,早くはずしてくださいっ」
「…へーへー。わかりましたよ」
俺は言われたとおり,指からとんがりコーンを外していった…が。
最後の一本,左手の人差し指についたとんがりコーンを外す時,
「あれ…はずれねェや」
「え?」
ちょっと嘘をついてみた。
「抜けねェ」
「…うそでしょう」
「ホントホント。このままじゃ勉強できねーなー」
「…」
は疑わしそうに,俺の顔と俺の人差し指とを交互に見ている。
普通ならまず引っかからない嘘だ。
でも,とんがりコーンで遊んだことのないこいつなら…引っかかるんじゃね?
俺はにやりと笑って,後輩の目の前に人差し指を突きつけた。
「抜けねェから,お前食べなせェ」
「…はい?」
は目を細め,これ以上ないという程に怪訝そうな表情をした。
そして,さっきよりも耳や頬が赤らんでいた。喜ばしいことに。
「お前が食べれば,抜けるだろィ」
「ぬ,抜けるっていうか…な,無くなりますからね」
「だろ?」
「…」
まあ,こいつがそんなこと出来るなんて思ってねェけど。
なにせ『根っから堅物女』だ。
「なーんて,冗談…」
「…」
「…へ?」
がしっと手首を握られた。誰に。目の前の堅物女に,だ。
「…」
眼鏡の奥の瞼が伏せられて,長い睫がレンズにくっつくんじゃねェかと思った。
はほんの少し唇を尖らせて,俺の指に(というかとんがりコーンに)顔を近づけた。
ぽり,ぽり,ぽり…
あんなに響いていたはずの吹奏楽部の音が,なぜかその時はまったく耳に入らなかった。
聞こえたのは,とんがりコーンを慎ましく食べていく,こいつの歯の音だけだった。
「食べましたよ」
「…」
指先にひんやりとした空気を感じ,自分の指先がほんの少し濡れていることに気付いた。
舌をつけられたのだから,当然といえば当然なんだが……いやいやいや。
「これで勉強に集中できますね」
「…そだな」
真面目ちゃんは口調こそは至って普通だが,顔全体がありえねェ程に赤い。たぶん…俺も。
(…なんでィ)
からかってやろうと思ったのに。
あたふたと慌てふためるところを見てやろうと思ったのに。
完敗だ。
今回は,完全に自分の負けだ……けど,
(…悪くないねィ)
こういうのも。たまには。
I had no idea about this side of my personality either until I met you that it.
(自分にこんな一面があるだなんて知らなかったよ,君に会うまでは)
勝っても負けても(ある意味)美味しかった。
2014/6/00 up...
十二代目・拍手お礼夢その2。テーマ『お菓子な関係』