高貴なロシアンブルー


※肉球星産のお米とマタタビ星産の餡子を使った,新しい味わいのお団子です。
 肉球のように柔らかいお米で,マタタビのように甘い餡子を優しく包みました。
 香ばしいハーモニーをどうぞお楽しみくださいませ。
 ただし,この広大な宇宙…星人の体質によっては猫化する場合があります(平均2~3時間)。
 鮮度を保つためにも開封後はお早めにお召しあがりください。


「…フニャ~ゴ(そんな馬鹿な話が)」

…いや待てよ。
この団子,うまいこと利用すれば軍事兵器として利用できそうではないか。
これを敵の元に送りつけ,奴らが猫になった頃合いを見計らって攻め入れば…楽々と一網打尽にできる
ではないか。
これぞ本当の『生物兵器』だ!
…冗談だが。 

などと柄にも無くふざけてみたところで(いまだ混乱中),僕の姿は依然猫になったままだ。
松平公がお持ちになった和菓子を食べたら,こんなことになってしまった…。
菓子箱の中に入っていた説明書を読んだ時には,既に後の祭だ。

(2・3時間経てば元に戻るのか…しかし)

僕はそわそわと辺りを見回した。

(もうすぐが来てしまうではないか)

道場の裏にあるこの芝生は,人目を忍ぶ者達にとっては絶好の場所で,僕と彼女はよくここで落ち合って
色々なことを話した。
今日もここで会う約束をしている…のだが。
待っている間に体が縮んで,あっという間に猫に――ロシアンブルーになっていた。
(一体にゃぜ,いや,なぜロシアンブルーなのだろう?)
あの団子を食べた人物は僕以外にもいると思うが,彼らは何猫になったのだろうか。
…そんなことはどうでもいいか。ぐったり溜息をついていると,

~♪

柔らかな鼻歌と,芝生を踏む足音が聞こえてきた…だ。
(どうしたものだろうか?)
この姿のまま会ったとしても,は気が付かないだろう。
かといって,ここで立ち去っては彼女との約束をすっぽかしたことになってしまうし。
いや,会っても会わなくても,この姿のままではどちらにしろ同じことか。
僕がああだこうだ考えている間に,はひょっこり現われた。

「伊東先生…は,まだ来ていないのね」
「ウニャニャフニャンニャ(いや来ているんだ。僕が君を待たせるわけないだろう)」

いつもの定位置に座ったに,僕はすかさず近寄った。

「あら。人懐こい猫さんね」
「ニャーンニャフニャニャ(誰にでも懐くわけじゃないよ)」
「それにしても…先生が遅刻するなんて珍しいこともあるのね」
「フニャッニャッウニャーニャッ(これには理由があるんだ,僕は遅刻などしない)」

必死に説明してみるが,当然のことながら彼女には通じない。
通じはしないけれど,は僕の遅刻(ではないのだが)に怒ってはいないようだ。
穏やかに微笑みながら,僕の頭から背中にかけてをゆっくり撫でてくれた。

「野良猫…ではないのよね,きっと。野良のロシアンブルーなんて滅多にいないもの」
「ウーニャ(たしかに)」
「きれいな毛並み…」
「ニャニャン(ありがとう)」

僕が少し俯くと,は微笑みながら耳の裏をふわふわと撫でてくる。
…気持ちがいいな。
にゃぜ(なぜ)こんなに気持ちいいのだろう。
僕が恍惚として目を細めていると,突如彼女は「あっ」と小さく叫んだ。

「猫じゃらし!」
「!」

の視線を辿るとなるほど,すぐ側の木の根元に猫じゃらしが生えていた。
(…嫌な予感が)
すいっと彼女は手を伸ばして猫じゃらしを1本摘むと,僕の鼻先でぽんぽんと左右に振ってみせた。

「ほらっ」
「ナーウニャウ…ンニャ…ン…ナウ(誰がそんなもの…そんな…もの…に)」

…んん?

「こっちこっち」
「ン,フニャッフニャ…(か,体が勝手に…)!」

…にゃ,にゃぜ(なぜ)だ!?

「今度はこっち」
「ニャ,ウニャ…ウミャッ(な,なんで…ああっ)」

意思に反して僕の目は,手(前足)は,耳は『それ』を追いかけてしまう。
の手によってぱたぱたと振られる猫じゃらしを,どうしても無視することができない。
無視どころか,極めて気になる…!
ものすごく気になる!!

「ほらほらっ」
「フニャ,ミャン…ンナッ(ちょ,ちょっと待っ…くっ)」

あっちへぱたぱた,
こっちへぱたぱた,
そっちへぱたぱた…
気になる…!
どうしても!気になって仕方がない!!

「ふふっ」
「二,ニャァ(く,屈辱だ)」

こんな草ごときに翻弄されるだなんて,屈辱以外のなにものでもない!
伊東鴨太郎,一生の不覚だ!
でも――

「可愛い」

――が 本当に楽しそうに笑うから。

「素直な猫さんね」
「…ニャ」

これはこれで構わないかな,とも思えた。
が喜んでくれるなら。
が笑ってくれるなら。
少しくらい自分が笑われても構わない。

…
……
………あくまで『少しくらい』だ。

やっぱり普段は格好つけていたい。
好きな女性の前では。

…君の前では,ね。



案外,満更でもなかった。


2012/09/22 up...
十一代目・拍手お礼夢その2。