「ねえねえ,電卓占いって知ってる?」
「ああ。昔流行ってたやつ?」
「違う違う。それじゃなくて最近新しく出来たやつ」
…今にして思えばすべてはあれから始まっていたんだと思う。
Love Factor
「あははは!!ねえねえ,近藤君と相性94%だよ!高い~無駄に高っ!!はははは!!」
「ちゃん…ちょっと笑いすぎじゃない?微妙に傷つくんですけど?」
ごにょごにょと口の中に隠すようにして近藤君がぼやいた。
今年も残すところあと数日。
毎年恒例・終業式前日の校内大掃除。
何の因果かわたしの班は『学園花壇』という最悪の場所になってしまった。
ただでさえ大掃除なんて面倒くささの極みだというのに…よりにもよって花壇ってなんなの。
名前は『校内花壇』なくせに『内』じゃなくて『外』だし。
そりゃ学校の敷地内にあるわけだけど外だから寒いも寒いし,風を遮るものもない。
今年は暖冬らしく吹きすさぶ風も去年に比べてそんなに冷たくないけれど,それでもやはり冬は冬。
「口笛の練習かいっ」とつっこみたくなるような音を立てて風が流れてゆく。
どうしたって寒いもんは寒い――わたしは手にしている電卓ごとブルッと体を震わせた。
こんな寒い中真面目に掃除をする気にはなりませんってなワケでして。
わたしは近藤君と肩を並べてこっそり電卓占いにいそしんでいた。
「だって94%ってさぁ…いくらなんでも高くない!?…ッぷ!!」
なぜか見事につぼに入ってしまってわたしは笑い転げた。
「いやいくらなんでも笑い過ぎだからね,ちゃん!?マジでぐさぐさ刺さってるからね?!」
近藤君は心臓あたりを手で押さえながら「ぐはっ」と苦しそうな声を上げる。
そんな彼の背中をばしばし叩いてわたしは笑い飛ばした。
「ごめんごめん!あ,でもわたし近藤君のことキライじゃないよ。むしろ好きだし」
「えええ!?そっそうなの?!いや…ちゃんの気持ちは嬉しいけど俺にはお妙さんという心に
決めた女性が,」
「わたしも無理だよ,ゴリさん。悪いけどタイプじゃないもん」
「さくっと否定したよ,このコ!しかもゴリ!?」
「あ!そういえばさ,近藤君とお妙ちゃんの相性は96%だったよ」
「マジでェェェ!!!???えっちょっ…マジでェェェ!?」
わたしがそう言った途端に近藤君は感動の涙で目をきらきら輝かせた。
つくづくわかりやすいおにいさんだ。それが彼の良いところでもあるけれど。
こうして2人で喋っていると,白い息が冷気の中へふわふわ溶け出してゆく。
冬の寒さは嫌いだけど…白い息を吐くのは好きだ。
なんだか自分がとても暖かい生き物のように思えてくるから。
「で,他の奴らとの相性はどうだったんだ?」
お妙さんとの高相性にひとしきり興奮した後,近藤君が訊いてきた。
「えーとね,新八君が77%で…ヅラ君は83.4%。沖田君は72%で,土方君が70%」
「って,わざわざメモったの!!?」
内ポケットから生徒手帳を出して名前&数字を読み上げると,近藤君は横からそれを覗きこんで
目を見開いた――うるさいなあ…せっかくだからメモっておいたんだよ,悪いか!
わたしがそう言い返そうとした時,
「。掃除中に何してんだ?」
ゴミ袋を片手に風紀委員・副委員長の土方君が,眉間に皺を寄せてこちらに近寄って来た。
まずい――サボってんのがバレた。
わたしは電卓と生徒手帳を無駄に上下に振りつつ,なんとか言い訳を試みた。
「何って…えっとね…だ,だから…皆が集めたゴミの数を電卓でね…こう計算してね,」
「いやそんなもの計算してどうするんだ,ちゃん」
「ちょっ近藤君酷い!話合わせてよ!自分だって遊んでたくせにっ」
「いくらなんでも合わせらんないよ,そんな下手くそな言い訳に!無茶ぶりも良いとこだから!」
…たしかに無理がありすぎる言い訳(にもなってない)だったけど。
わたしと近藤君のやりとりを見て,土方君はそりゃあもう深~い溜息をついた。
「。遊んでねェでこれ捨てて来い」
右手のゴミ袋をずいっとこちらに押し付けて来た。
「…はーい」
これ以上土方君を怒らせると,さらなる制裁を受けそうな気がするので素直に受け取った。
「,いっきまーす」
「「ガンダムか」」
近藤君と土方君の息の合ったツッコミを背に,わたしはゴミ収集場まで歩き出した。
向かい風が強く吹いて,髪の毛が後ろに持っていかれそうになる。
ふと横を向くと校舎の窓ガラスに自分の顔が映っていて,前髪が強烈に反り返っているのが見えた。
いうなれば『前髪のイナバウアー』って感じだ。
(うわっ!おでこ大解禁!?)
わたしはゴミ袋を持っていない方の手で髪の毛を押さえた。すると,
「おい」
窓ガラスに新しい人影が映る。わたしは「あ」と小さく声をあげ,背後に現われた彼を振り返った。
「高杉君。おつかれ」
「ん」
「高杉君もゴミ捨て?」
「…ゴミ持ってるように見えるか?」
「…見えませんね」
「だろ?」
素でボケてしまったわたし(地味に恥ずかしい)に,眼帯少年は歪んだ微笑を向けた。
「で?俺とはどうだったんだよ?」
「え?」
彼の質問をすぐには理解できなくて訊き返す。
「なに?」
並んで一緒に歩き始めた彼を,わたしはきょとんとして見上げた。
『俺とは』って――何が?
マフラーを直しながら首を傾げると,高杉君は喉の奥を震わせるようにして笑った。
「女は本当に占いが好きだよなァ?」
「あ!なんだ。電卓占いね!」
わたしは納得して数度頷いた…いやでも待って。違う疑問が頭に湧く。
(どこで話を聞いてたんだろ?ていうか高杉君の掃除場所ここじゃないよね?)
「何%だったんだよ?」
「へ?…ああ,うん」
色々とおかしな点はあるけれど深くは考えないことにする。
『考えすぎると女は幸せになれねェぞ~』って銀八先生言ってたし。
いや今全然関係ないけどね,そんな大人の生き字引。
「高杉君との相性は…」
「ん」
軽く促され,わたしはすうっと息を吸い込んだ。
「23%」
革靴の先に当たった石が,寂しげな音を立てながら転がって行った。
冷たい土の感触が踵を伝って心臓にまで響いた。
「23%ねェ…そりゃまた低いな」
あまり感情のこもっていない,というより感情が読めない声音で高杉君は言った。
そしてわたしが持つゴミ袋をもぎ取るようにして奪う――収集場まで持ってくれるみたいだ。
「ありがと」
「おう」
短くお礼を言うと短い返事が返って来る。
空いた両手をこすり合わせながら,わたしは暗い声でぼやいた。
「相性悪かったんだね。わたし達」
「まァ所詮は占いだな」
「それ言っちゃおしまいだし。それに皆『これは当たる』って言ってるよ」
「全く根拠無ェのになんで『当たる』ってわかんだよ」
「そりゃそうだけど…はあ」
溜息が出てしまう。
沈んだ気持ちで吐いた息は,こころなしか灰色に曇って見えた。
実を言うと――高杉君との相性は1番最初に占った。
特に意味はないけれど。
1番最初に思い浮かんだ顔は彼だったから。
電卓画面に表示された『23』という数字を見た時,わたしの胸はビシッと氷が割れるような音を
立てた。冷たくて辛くて苦しくて…すごく心が痛くなった。
「当たってないと良いなあ…」
重い呟きを地面に落とし,上を向いて空へ溜息を放した。
細かい雲が群をなす冬の空――まるで青いパレットに粉雪を散らしたみたいだ。
「…」
高杉君の足がぴたりと止まった。
「?」
つられてわたしも立ち止まり隣に目をやると,彼もまたわたしを見ていた。興味深そうにじっと
わたしの目を覗きこみ,
「なんでだよ?」
「ん?何が?」
「なんで『当たってなけりゃ良い』って思うんだよ?」
「え…」
まさか問い詰められるとは思わなかった。
こちらを見下ろす高杉君の視線から目をそらさず,わたしは正直に答えた。
「なんでって…嫌だったから。『仲が良くない』なんて結果。たとえ占いでも」
改めて言うのもなんだけど,わたしと高杉君は仲が良い――と思う。
わたしの中の彼の第一印象は『目付きの悪い黒豹』だったけど。
ちなみに彼の中のわたしの第一印象は『寝てるカピパラ』だったらしい(どういう意味だ)。
まあそれはともかく,話してみると高杉君は意外にも普通の男の子だった。
むしろ普通の男の子より優しかった。
油断すると見逃してしまうほどさりげない優しさなんだけど。
彼は心優しい男の子だ。
そんな高杉君と仲良くなれたことは嬉しいし,一緒に笑い合えることはわたしの自慢でもある。
『良い友人とめぐり合えた』ってことは,人生における最高の自慢だと思うんだ。
――なのに『23%』って。
たかが占い,されど占い。
ショックなものはショックだ。
(高杉君はショックじゃないのかなあ)
なんかそれはそれで凹むんですけど。
わたしがじとっとした目で彼を見上げていると…なにを思ったか高杉君は前髪を片手でかきあげた。
「?」
彼の指の間を黒髪が静かにすりぬけていく――サラッという音でも聞こえてきそうだ。
そのまま長い睫毛を伏せて流し目でわたしを見下ろしてくる。
曖昧な曲線を描く口の奥でククッと彼が笑うと,その喉仏が上下するのが目に入った。
それで「ああ男の子なんだな」と再認識させられた。
――ていうかなんでいきなり『色気モード』になってんの?
わけがわからず,かといって目をそらすこともできず,わたしは高杉君を見つめた。
すると彼は花が咲くように唇を開いて,低く甘い美声を紡ぎだした。
「お前,俺のこと好きだろ?」
…
……
………
…………ん?
「…はい?」
やばいやばい。
あやうく放送事故になるところだった(違)。
(えっ今この人なに言った?えっ『好き』?)
誰が誰を?
アイドリング状態の思考がぐるぐるとわたしの頭を回る。
石化しているわたしをよそに高杉君はにやにや笑って頷いている。
「俺のこと好きだから占いの結果がショックだったわけだな」
「…むしろ高杉君のおめでたい脳みそがショックだよ」
「あ゛?」
「ナルシストは落ち葉に埋もれて恥ずかしいポエムを口ずさんでると良いよ。じゃ,ゴミよろしく」
わたしは踵を返して学園花壇へ戻ろうとした――が,
「待て」
そうは問屋が許さない,ようだ。
ひどく不機嫌な声で呼び止められた上に,手首をがしっと掴まれた…でも全然怖くないもん。
ほかの女の子たちは怖がるかもしれないけど(というより泣くかもしれないけど)。
高杉君は女の子に手をあげるようなことは絶対しないって,わたしは知っている。
「…なに?」
だから思い切り半眼で睨み付けてやった。
こちらの激怒オーラが伝わったのか(わたしはナルシストが大嫌いなの!),高杉君は「うっ」と
短く呻いた。それでも(なんとかどこかで)踏みとどまってわたしを睨み返してきた。
「…この鈍感女が」
「どっ『ドカン女』!?酷い…しょうがないじゃん!冬は太るのが当たり前なの!!」
「ドカンなんて言ってねェ!『鈍感』って言ったんだよ!…じゃあ訊くけどなァ,」
「なに!?」
噛み付くくらいの勢いでわたしが訊き返すと,彼はまたもや意外なことを問いかけてきた。
「誰との相性を最初に占った?」
「…」
1番最初に占った相手は…
1番最初に浮かんだ顔は…
1番最初に知りたいと思ったのは…
「…アナタですね」
「だろ?つまりはそういうことなんだよ」
「…」
そういうことって――ソウイウコト?
え。やだ。ちょっ…ちょっと!ちょっとちょっと(ザ・〇ッチ風)!
たしかにわたしは高杉君を好きですヨ?
だって顔良いし(メンクイですがなにか)。
だってちょい悪だし(不良ってかっこいいよね)。
だって眼帯だし(血とか包帯って…なんかカッケー憧れる)。
それになんていったって優しいし。
すごく優しいし。
「わたしが,高杉君を,好き?」
「ん。そうなんだろ?」
「…」
そりゃあ…ねえ。
わたし以外の女の子(『その睫毛ひじきですか』てくらい分厚いマスカラのお嬢さん連中)と
高杉君が喋っているのを見てちょっとムカッ腹が立ったり。
2人で映画(動物のドキュメンタリー物)を見に行った時同じシーンを見て泣き始めたことが
すごく嬉しくてなぜか照れくさくてそわそわしてしまったり。
そういうことは度々あるけど。
…
……
………
…………あれ?
「俺のこと好きなんだろ?」
あろうことか高杉君は少し身を屈めてわたしの耳元で囁いた。
憎らしいくらい艶っぽい声がダイレクトに耳に響いて,反射的にわたしの肩はびくっと跳ねた。
おそるおそる高杉君を見ると,柔らかく細められた彼の瞳とばっちり合ってしまった。
「………っ!!!」
まままま待って待って待って!
こっ…この胸を染める桃色の靄は…
この理不尽に甘い胸の疼きは…
間違いなく――!!
「やっと気付いたのかよ」
ホントしょうがねェ奴だなお前。
いつの間に持ち替えたのか,高杉君はわたしの手首ではなく手のひらを握っていた。
その体温を意識した途端――自分の顔がボッと熱くなるのを感じた。
「いっ…やだーーーーーーーー!!!!」
絶叫と同時にブンッと手を振ると,それほど力が込められていなかった高杉君の手はあっさり
わたしから離れる。これぞチャンスとばかりにわたしは全速力で駆け出した。
とにかく高杉君から少しでも離れたかった。
思いがけなく自分の気持ちに気付かされて,穴があったら彼を突き落として逃げたいってくらい
恥ずかしかった。
しかもよりにもよって張本人に気付かされたって一体なに!
いやだ!恥ずかしすぎる!
もう死んじゃいたい!
…いややっぱり死ぬのはやだ!だってなんか痛そうだもん!
どんな死に方でも絶対痛いに決まってるよ!
だって『死』だよ!?痛いって!
「おい!おまっ…なんで逃げんだ!」
方々に飛びまくるわたしの思考に背後から怒声が割り込んできた。
ぐぎっと首を回して後ろを見ると(走りながら振り返るって意外と難しいなって初めて気付いた)
恐ろしい表情の眼帯少年が凄まじい勢いで追いかけてきていた。
そりゃあもう疾風のごとく……って!!
「きゃーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
わたしはさらにスピードを上げて学園花壇へと猛ダッシュした。
肺が盛大な悲鳴をあげて酸素を求め,わき腹にぐぎゅぎゅっとおかしな激痛が発する。
いやわたし運動部じゃないから!
映画同好会の幽霊部員だからね!
このまま走り続けたら心臓破裂してホンモノの幽霊になっちゃうから!!
「助けて沖田君!!」
花壇の隅で2つのケータイをいじっている沖田君(なんで2つ?でもなんとなく片方は土方君の
ものな気がする!)にわたしは泣きついた。
「んー何でィ?嬢何やらかしたんでィ」
「眼帯ナルシストと言う名の高杉君が来るの!助けて!」
「は?高杉に何かしたんですかィ?」
「その逆!」
「誰が眼帯ナルシストだ!」
「いやああああ!!!」
わりと近い背後からツッコミが聞こえ,わたしは止めかけていた足で力一杯地面を踏んだ。
「やだーーーー!ヅラ君助けてっ」
「ヅラじゃない桂だ」
「空気読んでよバカ!ヅラ!バカヅラ!ヅラバカ!」
「なにを言っている,。俺は馬鹿面ではない。それに『ヅラバカ』って言ったらなんかそれ
『鬘しか能がない人』のように聞こえるではないか。さながら『体力バカ』のごとく,」
「どーでもいいーーーー!!!!」
「,待ちやがれ!つーか走るな!スカートめくれてんだよ,てめェ!」
「ふむ。やはり日本女性たるもの純白が一番だな」
「ヅラぁ…後で目ェ潰してやっからな,覚えとけよ」
「2人共大っ嫌いだ,バカーーーーーーー!!!!」
なんで今日に限ってスパッツ穿いてなかったのよわたしのバカぁぁぁ!
こんなに寒いのに!
あ,でも毛糸のパンツを穿いてなくてよかった(たまに穿きますがなにか)!
「助けてエリザベスー!」
『がんばれ!努力は実る(ハート)』
「なんの努力よ!?」
「おいオ〇Qもどき!にハートマーク使ってんじゃねーよ!」
「なにそのかなりくだらないジェラシー!!」
『そもそも嫉妬は総じてくだらないんだよ(ピースサイン)』
「なんかもっともらしいこと言ってるし!!!」
「新八君!」
「ごめんなさい!無理!」
「まだ何も言ってないのに酷っ」
「だってすぐ後ろに鬼のような顔した高杉さんが…うわわ!!」
「どけメガネぇぇぇぇ!!!!」
「ぎゃああああ!!!」
「近藤君!」
「高杉…その気のない女性を執拗に追いかけると嫌われるぞ」
「その科白そっくりそんままバットで打ち返してやらァ」
「って高杉君の言ってることの方が正しいしーーーーー!!!!」
「山崎君!」
「俺ジミーだからさ。気付かずに通り過ぎてよ」
「何悲しいこと言ってんのぉぉぉ!!!」
「まぁ骨は拾ってあげるから頑張ってよ」
「山崎どきやがれェェェ!」
「あれ?俺の名前知ってたんだ,高杉」
「…なんか泣けてくるんですけど!」
誰に縋っても皆一様に目をそらして逃げていく…この世に神も仏もいないってことですか!?
もう本当に体力的にも精神的にも限界なんだけど…!
女の子にあるまじき(さながら闘牛のような)激しい呼吸を鎮めることができない。
肺も心臓もわき腹も全部もうダメ――崩壊しちゃう!!
「なァ。男は女より狩猟本能が強いって知ってっか?」
「はいぃぃぃ!?(ていうかわたしはこんなに苦しいのになんで高杉君は余裕で話してられんの?)」
「逃げられると追いたくなんだよ,男は」
「だからなに言って…!」
そこでうっかり振り返っちゃったのがまずかった――不敵に笑う眼帯少年が視界に入る。
「獲って食ってやらァ」
「いやああああ!!!」
やばいやばいやばいやばいやばい!!!
あれ完全に捕食者の目だよ!
草食動物を狙う肉食動物の目だよ!
カピパラを追う黒豹の目だよーーーーー!!!!
もういよいよわたしも食べられちゃうのか,と諦めかけた。
けれども目の前に救世主の背中が見えて…最後の力を振り絞った。
「土方君!!助けて!!」
「ぐはっ」
走る勢いそのままにわたしは土方君の背中に抱きついた。
絵的には『抱きついた』というよりも『タックルした』という感じだったかもしれない。
全く不意打ちでわたしの体当たりを受けた土方君は,もう少しで倒れるってくらい派手にたたらを
踏んだ。でもなんとか転倒はせず踏みとどまり,背中にしがみ付くわたしを見て目を白黒させた。
「んなっ…バカっおまっ…!いきなりなんなんだよ,離れろ!」
「土方君風紀委員でしょ!?あの眼帯ヤンキーをバスチーユ監獄にぶち込んでよ!」
「そんなことできるわけねーだろ!本格的なバカかてめェは!!」
「あ…もうダメ。死ぬ。疲れた。さよなら土方君…」
「おっおい!!」
1度完全に止まった足,人に寄りかかった体はもうダメだった。
一気に疲労が押し寄せてきて自分の力では立っていられなかった。
ずるずると土方君の背中に体重を預けた――その時。
「捕まえたぜ…」
低い声が耳元に響いた。
しかも少しだけ息が切れていて,いつもにも増してセクシーな声になっている。
本能的にぞわっと首筋に鳥肌がたった。
背中に暖かい重さが掛かり,わたしは高杉君に後ろからふわりと抱きしめられた。
「やだやだやだやだ!離れてよ!」
かっと燃えた頬の熱を振り払いたくて,わたしはいやいやと首を振った。
「離さねェよ」
「離して離して離して!」
「離れねェって」
「離してったら!」
「おい…まずお前が俺から離れろ!」
高杉君と押し問答を続けるわたしに土方君が怒鳴った。
――そう。
今のこの状況。
土方君の背中にわたしが抱きついて。
そのわたしの背中に高杉君が抱きついている,という…かなり珍妙な状況なのだ。
「いや!お願い土方君!わたしを捨てないで!!」
「誤解を招く言い方すんな!俺を巻き込むんじゃねー!痴話喧嘩はよそでやれ,よそで!!」
「土方…俺のに抱きつかれてるからっていい気になってんじゃねェよ」
「なってねーよ!少しもなってねーよ!」
「ていうかいつからわたしが高杉君のモノになったのよぉぉぉ!!」
聞き捨てならない彼の科白に叫び声をあげると,高杉君は心底楽しげに体を揺らした。
「フッ…なに言ってやがる?俺のもんだろ。は俺に惚れてんだからよォ」
『惚れている』の言葉にわたしの心臓はどくんっと高鳴った。
走り過ぎて心臓が痛い,ていうのとは明らかに違う胸の疼きがすごく恥ずかしかった。
「ほっ惚れてないったら!相性も23%だったでしょ!!」
「いーや…惚れてるに決まってらァ」
語尾の母音を伸ばすような話し方を耳元でするのはやめてほしい。
なんかもう囁かれるだけで妊娠しそうなんだもん…いやそんなことあるわけないけど。
気持ち的にね,腰が砕けるんだよーちくしょう!
「と高杉晋助の相性が悪ィんだろ?」
「そうよ!」
「じゃあ俺と籍入れて高杉になった場合はどうなんだ?」
「…はい?」
我ながらかなり呆けた声が口から零れた。
『籍入れて』って…
…
……
………
…………それって!?
「高杉と高杉晋助の相性は…」
どこからともなく沖田君が現れ,電卓で計算をし始める。
ぱちぱち…とボタンの弾かれる音が静かに響いてぴたりと止まる。
沖田君はにんまり笑って電卓を裏返して画面をこちらに向けた。
「99.9%でさァ」
きゅっ!?
「99.9%か…あと0.1%ってのが気に食わねェな。けどまァ良いか。ほら…なァ?」
「なァ?じゃないってば!!」
満足げに頷く高杉君をなんとかして離そうと,わたしは必死になって体を左右に動かした。
この状態は心臓がやばいんだよ,本当に。心臓に悪いんだよ…本当に!
でも――99.9%かあ。
「…」
心に圧し掛かっていた重しがごく自然に外れていた。
反対になにかこうふわふわ浮ついた気持ちが,甘くて落ち着かない感じが胸を占めていた。
たかが占いじゃん。
されど占い…でも所詮は占いでしょ。
何の根拠もないし。
何の科学性もないし。
どんな結果だろうが別にこんなものどうでもいいじゃん。
なのに――なんていうか…
…すごく嬉しいかも。
「高杉ねェ…良い名前だな」
その声からは先程までのからかうような,じゃれつくような色合いが消えていた。
わたしがよく知る彼の『真直ぐな優しさ』がそのまま声に滲み出ていた。
何の打算も作意もない彼の素直な喜びが伝わってきて,わたしの照れは最高潮に達した。
「やだ!絶対嫌!」
つい思っていることと反対のことを叫んでしまう。
本当は違うんだよ。
全然嫌じゃないんだよ。
ただ――真直ぐな想いを上手く受け取れないだけ。
でも高杉君はわたしのそういう子供じみた混乱も全部わかってるみたいだった。
片手をわたしの頭に乗せると,その手の上に自分の顎を置いた。
頭のてっぺんが少しだけ重くなる…でも嫌な重みじゃない。
優しい重みだ。
「好きだぜ,」
「っっ!!!」
わたしの耳はきっとアツアツの真っ赤なのに。
高杉君は笑わずに真剣な声でそう告げてくれた。
「…」
対照的に土方君は動こうにも動けず,凍りついたままだった。
いやなんていうか――ごめんなさいねホント。
結局わたし達3人が離れたのは,
「おーい花壇掃除はどう……って,おまえら何合体してんのォォォ!?」
銀八先生が来てお説教を始めてからだった。
重ね重ね土方君――ごめんなさいっ。
んでもって――後日談。
高杉君は所構わず後ろからわたしに抱きついてくるようになった。
素直じゃないわたしは最初こそやだやだと逃げ回っていたんだけど…
…でもいつの間にかわたしも彼の方を振り向くようになっていて。
しっかり正面から抱き合うようになっていた。
いつか99.9%の相性を叩き出すその名前になれると良いな。
そして『この占い当たるんだね』て皆から言われるくらい仲良しになれると良いな。
そんな日が来ると良いな――なんて。
最近はそう思うようになった。
電卓を見るたびにわたしはにやにや笑っちゃって。
それを見た彼もやっぱりにやりと笑っちゃって。
わたし達は今日も 電卓弾いて 恋をする。
-------------------------------fin.
2008/12/26 up...
電卓占いに一喜一憂していた日々が懐かしいなあ…友達ときゃいきゃいはしゃぎながらやってました。