君への憧憬
「総悟君はあまり汗をかかないよね」
「…え?」
我が物顔の太陽が居座る夏空の下。
日頃から働き者の隣家のおねえさんは,庭でせっせと洗濯物を干していた。
俺はその後ろ姿を縁側に座って眺めていた…ガツガツくん食いながら。
つまりは思いきりぼんやりしていたから,おねえさんの言ったことがすぐには頭に入って来なかった。
おねえさんはくるっと振り返ると,額を手で拭いながらこっちに近づいてきた。
なので,俺は慌てて姿勢を正した。
「羨ましいな。わたし,汗っかきだから。総悟君はいつも涼しそうで」
「そうですか?むしろ暑くてしょうがないんだけど。今」
「うそ。顔に汗かいてないじゃない,全然」
「…!」
そう言っておねえさんは俺の額にぴたっと手のひらをくっつけてきた。
…やわらけェ手。
つーか,いきなり触られてかなりびっくりした。
イヤなわけじゃない。
そんなわけない。
むしろ…その逆で。
思わず浮かんだ俺の笑みを見て,おねえさんもまた笑った。そして,
「女優みたいね」
「…女優?なんで?」
「『女優は顔に汗をかかない』って言うのよ」
「へェ。知らなかった。ははっ」
俺が声をたてて笑うと,おねえさんは額から手を離した。
その際に前髪が乱れたらしく,おねえさんのやさしい手が俺の前髪を数度梳いた。
姉上みたいだなって一瞬思ったけど。
でも…姉上相手にはドキドキしないから。
このひとは…『おんなのひと』だ。
俺にとって 初めての。
「総悟君が夏の暑さに強いのは,夏生まれだからかもね」
「そんなに暑さには強くないけど…夏は好きです」
「ふふ。いいね」
おねえさんは笑って頷いて,
「ヒマワリの男の子,だね」
「?」
なんだか不思議なことを言った。
首を傾げる俺に,おねえさんはすぐ側の庭先で咲いているヒマワリを指差した。
鮮やかな黄色い花が,でっけェ顔を太陽に向かって伸ばしている。
「似合うよ,ヒマワリ。総悟君,よく笑うもの」
「よく笑う…僕が?そう?」
そんなこと,今まで誰にも言われたことがなかった。
むしろ『子どものくせに仏頂面』とか『姉上と違って愛想がない』とか…そっちのが多い。
驚いて聞き返すと,おねえさんの方もびっくりしたように目を丸くした。
「笑ってるよ!いつもニコニコしているじゃないの」
「…本当に?」
「うん!さっきだって。わたしが洗濯物干してるの見ながら笑ってたわ」
「………ああ」
なるほど。
合点がいった。うん。
俺はひとり頷いて手を伸ばし,ヒマワリの葉に触れた。
「たしかに笑ってるかも。おねえさんの前では」
「…え?」
「僕,ヒマワリだから」
「?」
葉から茎へ。
茎から花へ。
俺は手を移していき,花の部分をぽんぽんと撫でた。
きょとんとしているおねえさんの顔に,ヒマワリの花をくいっと向ける。
それから,ニッと歯を出して笑ってみせた。
「『ヒマワリ』は『太陽』に向かって笑うもんでしょ」
「!」
・
・
・
「真っ赤な太陽だね」
「…」
おねえさんの頬が赤くなったのは,暑さのせいだけじゃないはずだ。
「してやったり」と笑う俺を,おねえさんはちょっと困ったように見ている。
そして,
「…おませなヒマワリね」
くすっと笑って俺の額を指先でついた。
ヒマワリの花言葉…「憧れ」「あなただけを見つめる」
幼き頃の思い出は,セピア色になっても,美しいままで。
2010/9/20 up...
八代目・拍手お礼夢その1。