あなただけを想う
「これからどうするつもり?」
「…」
ずっと長いこと『お墓』の前で佇んでいる背中に,わたしはそっと声をかけた。
お墓といっても,立派な墓石なんて一つも建っていない。
盛土の上に生前の愛刀が差されたり。あるいは,兜が置かれたり。
「坂本君は宇宙に行っちゃったし。銀さんも桂君も旅に出ちゃったし…」
土の下にある亡骸も,ほとんどが遺体の一部だけだった。
散っていった仲間達の身体を,戦場から全て抱えて帰ることなど到底無理な話で。
髪や腕のみを持って帰るのが限界だった。
「…」
短い黒髪が風になびき,彼はゆっくりとわたしの方を振り返った。
その表情は ひどく静かで。
「…お前は?」
「え?」
「お前はどうするんだよ」
「…わたし?」
問い返されて,言葉に詰まった。
これからどうするか,決めていないわけじゃないけれど。
どうしたいのか。
どう生きたいのか。
それは――とっくにわかっているんだけれど。
「…ねえ,知ってる?」
わたしは晋助の隣に立って,赤い花束を掲げてみせた。
燃えさかる炎のように咲く 彼岸の花を。
束の中から一輪とって差し出すと,彼は素直にそれを受け取った。
「彼岸花ってね,異国では『相思華』って言うんだって」
「…相思華?」
「うん」
死んだ同志たちのためにわたしがしてあげられることは,墓に供える花を探すことくらいだった。
季節や場所によっては,花すらも手に入らなかったけれど…。
でも…この季節のこの地では,煌々と輝く彼岸花を見つけることができた。
わたしは一つの盛土に一輪ずつ,彼岸花を置いていった。
「花が咲いている時には葉がなくて,葉が生えている時には花がないでしょ?
だから『花は葉を思い,葉は花を思う』んだって。それで相思華」
「…へえ。うまいこと言うもんだな」
どこかぼんやりとした口調で,晋助は言った。
「うん…先生が,」
言おうか言うまいか。
迷ったのは一瞬だけだった。
「松陽先生が教えてくださったの」
「…そうか」
寂しそうに笑うと,晋助は小さく項垂れた。
まるで主を失った仔犬のように。
(…わかっているよ)
晋助が――これからどうするつもりなのか。
本当は,聞かなくてもわかっていた。
「これからのことなんだけど」
「…ああ」
「わたしは…傍にいようと思ってるの」
「…」
晋助は――どこまでも,松陽先生を『追いかける』だろう。
先生の影を追い続けるだろう。
「傍にいたいの。晋助の,傍に」
「…」
たとえそれが 先生の幻影に過ぎないとしても。
たとえそれが 幻だと気付いていたとしても。
「…幸せにはしてやれねェぞ」
「いいよ」
結局のところ,彼は松陽先生以外の人を見てはいないのだ。
誰のことも目に入っていないのだ。
それでも,わたしは――
「幸せにしてもらいたくて一緒にいたいわけじゃないから」
わたしは――彼を好いていた。
そんな弱い彼のことが 好きだった。
彼がわたしのことを見てくれなくても構わない。
わたしが彼のことを見ていられるのなら,それでいい。
「どうせ想い続けるなら,近くで想い続けたい。それだけ」
最後の墓の上に彼岸花を捧げ,わたしは晋助を振り返った。
否――
「それでも,だめ?……!」
――振り返ろうと,した。
けれどもそれは叶わなかった。
彼が…晋助がわたしを背中から抱いたことによって。
「…離してやれねェぞ,一生」
そう呟く彼の声は,心なしか震えていた。
その声を聞いて,わたしは諦めにも似た確信を抱いた。
この人は――ほんとうによわいのだ。
前へ進むことも,後ろへ逃げることもできずに。
ただ 蹲っていることしかできないのだ。
「いいよ」
わたしも…一緒に蹲ってあげるから。
一緒に隠れてあげるから。
体の前で交差する手の片方に,彼岸花が握られているのが目に映った。
ああ,なんて素晴らしい朱色だろう。
なんて美しい想いの花だろう。
たとえ――永久に重なることのない想いだとしても。
「のぞむところだよ」
魂の抜け殻が眠る土の真ん中で。
わたしたちは,どちらからともなく接吻を交わした。
なにかの儀式のように。
あるいは契約のように。
天上の花たちが 旅立つ者たちを慰めていた。
死へと旅立つ者たちを。
そして――
生へと旅立つ者たちを。
彼岸花の花言葉…「想うはあなた1人」「悲しい思い出」
あなたになら壊されても構わない。あなたの記憶の一部になれればそれでいい。
2010/9/20 up...
八代目・拍手お礼夢その3。