早朝の攻防戦
日焼けした障子の向こう側から朝日が透けてきて,のどかな雀の鳴き声がどこからか聞こえてくる。
「ん~」
現実と夢の狭間でまどろみつつ,布団の中で手足をぐっと伸ばす。
今日も平和で爽やかな朝を迎えることができて,すごく幸せ――って,あら?
「…あらら?」
寝返りを打った先に,わたしのものではない体温。
「もう…」
苦笑しながら布団をめくると,すっぽり隠れていた栗色の髪が朝日を浴びて光った。
「…また来ちゃったのね」
突然射した日光が眩しいのか,彼の眉が小さくしかめられる。
けれども起きる気配は全くなく「う~」と不満そうな声をあげて布団の中にもぐった。
その『ついで』といった感じで,こちらの方にぐぐっと寄り添ってくる。
「これで4度目よ,一番隊隊長さん?」
そう言いながら,目の前にある栗毛をわしゃわしゃと撫でる。
すると彼――沖田総悟はくすぐったそうに身をよじった。
(可愛い顔しちゃってまァ…)
幼さの残るきれいな寝顔は,普段の彼の振る舞いがなにかの嘘か幻なんじゃないかと思えるくらい,
無垢であどけない。
「天使の顔した小鬼君ね」
こっそり笑いながら,その鼻先を小さくつまんでみる。
「…」
それでも全然起きる素振りはない。それどころか,
「ん~」
「!」
彼はなにやら唸りつつ,もぞもぞとわたしに抱きついてきた。
『抱きつく』というか…むしろ『しがみつく』という感じだ。
「甘えん坊ね…沖田さんは」
この1週間で既に4度目。
目覚めてすぐこの可愛らしい顔と対面することが,いまや日課になってしまっている。
「沖田さん」
名前を呼んでみても,反応なし。
無防備に規則正しい寝息をたてている顔は,びっくりするくらいきれいだ。
「…きれい」
なんとなく,だ。
いたずら心みたいなのがわたしの胸にわいてきて。
「…」
柔らかい前髪をそっとかき上げて,唇で彼の額に触れた。
小さなリップ音を立てて,唇を離す。
当たり前だけれど,こんなことは起きている彼にはできない。
というか,なんで自分がこんなことをしたのか…よくわからない。
…なんとなく,だ。
もしも起きている時の彼にしたら,どんな反応をするのだろう。
どうってことないと流してしまうのか。それとも真っ赤になってうろたえるのか。
(どっちでも面白いかも)
自分の想像にくすくす笑っていると,ほんの数十センチしか離れていない唇が動いた。
「次は口にしてくだせェ…」
「いやそれはちょっと…って」
間。
「…いつから起きてたの?」
「あんたが起きる前から」
てことは今の今までタヌキ寝入り決め込んでた,てわけね…。
わたしのひとり言もばっちり聞いてた,てわけね…もう。
深く嘆息するわたしの眼前に,ずずいっと沖田さんの顔が現れた。
「さ,口にしてくだせェ」
準備オッケー!と親指立てそうなくらいハキハキと沖田さんは言うけど,
「…それはダメ」
断固拒否で。
「なんででさァ?遠慮はいらねェですぜ」
めちゃくちゃ不満そうに口を尖らせるけど,いくら可愛くてもやっぱりそれはダメ。
「遠慮してるわけじゃな………!」
突如。
視界が切りかわって,わたしの目には逆光の沖田さんとその背にある天井しか映らなくなった。
『押さえつけられている』ということに気が付いて,胸の中心が少しざわついた。
「こら…大人をからかわないの」
「…子供扱いしねーでくだせェ」
「ちょっ…」
どこか怒りを含んだ声で沖田さんは唸って,さらに顔を近づけてくる。
「俺ァあんたより背ェ高いし。あんたより声低いし。あんたより腕力あるし」
視界に彼の顔しか映らなくなる。
朝の日差しさえも見えなくなる。
「俺は男でさァ」
押し付けられた彼の唇は,乾燥して少しだけかさかさしていた。
まあ寝起きだからね,と冷静に頭の隅で分析してみるけれど,胸の奥はどきどきしていた。
何秒か経って,唇が名残惜しげにゆっくり離れた。
それでもまだわたしに覆いかぶさったままの沖田さんを見上げ,
「…子供扱いされたくないの?」
確認のために訊いてみた。沖田さんは眉の端をわずかに上げて,
「子供扱いされたい男なんていねェや」
「…大人の男として扱って欲しいのね?」
「だからそう言って…」
「そう。それなら…」
「!」
こちらから急に顔を近づけると,反射的に彼は体を仰け反らせた。
腕の力が抜けたのを見計らい,わたしは布団から出た。
しまった!という風に呆然としている沖田さんに向って,微笑んでみせる。
「それならもう布団に忍び込んで来ないでね」
「!!!」
電気ショックを浴びたように体を跳ねさせ,彼は目を見開いた。
「一緒に寝ること,そう簡単には許さないから。『大人の男』には」
「…」
わたしの言葉に,彼はなにか言いたそうに口をぱくぱくさせていたけれど――結局何も言い返して
こなかった。
とんでもない屈辱を受けたかのような表情で,顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。
ちょっとかわいそうになってしまい,わたしは沖田さんの頭をぽんぽんと撫でた。
「がんばってね」
「…なにをでィ」
「いろいろ」
「…」
いつかナかせてやっからな,などと空恐ろしい科白を彼は呟いているけれど。
彼は今のままでも十分『良い男』だ,と。
本当いうと心の中ではそう思ってる。
(早くわたしをうばってね)
すっかりヘソを曲げている青少年に,たっぷり愛情をこめて。
わたしはもう一度,彼の頭をゆっくりと撫でた。
大人の愛情は いつもどこか回りくどいの。
…ちょっぴりだけ ごめんね?
2009/08/15 up...
四代目・拍手お礼夢その1。