わたしのだもん。
居酒屋で軽く酒をひっかけたら,どうしてだかわからねェけど会いたくなった。
けどまぁ男ってやつァ『帰巣本能』が強ェらしいし。
酒が入るとさらにそれが強くなるらしいし。
そんでその本能にしたがってちょっくら家に立ち寄ってみりゃァ…
「何怒ってんでさァ?」
「…」
家に上げてくれたものの,はどうやら怒っているらしい。
ろくに口も聞いてくれやしねェ。
さっきから無言で洗濯物をせっせとたたみ続けている。
こっちを見ようともしやがらねェ。
「…怒ってません。お酒くさいので近寄らないでください」
「…」
「…」
「…やっぱ怒ってんだろィ」
「怒ってません!」
同じ言葉を繰り返すと,はカッと口を開いて叫んだ。
八重歯がちらりと見えて,なんだか癇癪もちの小鬼でも見ているような気分になった。
「なーに怒ってんでィ,?」
肩を寄せようと手を伸ばしたら,ふいっと身を捩って拒否された。
…一体なんなんでィ。
ムッとして軽く睨むと,全力でこっちを睨むの目とばちりと合った。
「…あのコ誰ですか?」
「は?『あのコ』って?なんのことでィ?」
いきなりなにを言い出すんだか。
間違っても浮気なんてしちゃいねェ。
だって浮気なんてしたら絶対ェこいつ泣くし。
怒ったら泣きながら殴ってくるし。
結構痛ェんだよなァ,あれ。
酒が入ってて幾らかぼんやりした頭で色々と考えた。
けど,いくら考えてみても身に覚えは無ェ。
だから呆れ顔で問い返したわけだが…の口から思ってもいなかった言葉が飛び出た。
「ツインテールの女の子です!3日前一緒に歩いてたでしょう!しっしかも…そのコに首輪つけて!」
「……あー」
一気に合点がいった。
ひょっとしなくてもあれか…メガネの文通相手か(正確には文通相手はその姉だったわけだが)。
たしかに…首輪つけたけど。
でもありゃちょっとした悪戯心っつーか。
ドMっぽい女を見るとドSの本能が解放されるっつーか。
しかもホントどーでもいい女だと何の躊躇いもいらねーわけで(嫌われてもどうってことねーし)。
かえって本命には試せねーわけで(嫌われたらマジで洒落になんねェ)。
頭ん中でいろいろと言い訳を思い浮かべたけれど,結局どれもを怒らせることになりそうで。
俺が黙ったままでいると,高ェ声では再び叫んだ。
「信じられません!不潔です!あんな…あんなこと!」
大声を出したことで感情が高ぶったのか,見る見る間に目に涙が溜まる。
は瞼の上をこするようにして両手で涙をぐしぐしとぬぐった。
でも1度流れ出したもんはなかなか止まっちゃくれねェようで。
顔を覆った手の隙間から,滴がぽろぽろ零れていくのが見えた。
「…」
他意はなかった。
ほんっとに全く他意はなかったけれど,すげェ悪ィことをした気がした。
目の前で泣く彼女が可哀想で,でも可愛くて。
そーいや「可哀想」と「可愛い」ってちょっと似てんなァ,なんてどーでもいいことを思った。
「!」
「…ごめんな,」
そっと抱き寄せて謝った。
自分にしちゃァ随分と殊勝な物言いだ。
はびっくりしているみてェで、小声で「へ?」と呟くのが聞こえた。
俺だってびっくりだ。
自分自身にびっくりだ。
…酒に酔ってるせいだな,絶対。
「けど誤解でさァ。あれは…ちょいと事情がありやしてねィ。話すと長くなりやすけど」
本当に普段の自分じゃ考えもつかないくれェに素直な言葉が口から出て行った。
説明がひと段落すると,腕の中にいるはおずおずと口を開いた。
「…じゃあ,あのコとはなんでもないんですか?」
「なんでもねェよ」
「…」
再び無言になった彼女の顔を覗きこむと,嬉しそうに頬をほころばせていた。
あ,やばい。
そんな可愛らしい表情されっとドSモードに火がついちまうじゃねェか。
「やきもちですかィ?」
からかう気満々で耳元で問いかけると――
――予想外の答えが返ってきた。
「うん」
「…!」
頷くと同時に。
どさっとに圧し掛かられた。
「…へ?」
ものすごく呆けた声が口から飛び出た。
全くの不意打ちだったのと,酔いが回っているせいで何の抵抗もできずにあっさり押し倒されて
しまった。
(…あ,ありえねェ)
普段は間違ってもこんなことをする女じゃねェ。
一体どーしたってんでィ。
ひょっとしてこいつも酔ってんのか?
「わたしのものだもん」
「…」
の手が俺の頬をゆっくり撫でる。
逆光になったその顔は,不思議といつもより色っぽく見えた。
「誰にも渡さないもん」
「…ん」
頬を往復する手のぬくもりが気持ちよくて,俺はその手の上に自分のそれを重ねた。
俺ァあんまり束縛されんの好きじゃねーはずなんだけどねィ。
それに,押し倒されるより押し倒す方が好きなんだけど…
(…でもたまには良いかも)
そんなことを思っちまうのは,酔っているせいか。
酒に,ではなくて。
…彼女に。
ふわふわとした思考の中,の声が響く。
その優しい声は「好き」を何度も何度も繰り返してくれた。
俺はその声を一瞬も洩らすことのないよう耳を傾けて。
俺ァどうせ溺れるんなら,酒じゃなくて彼女がいい。
…なんてな。
しょーもないことを頭の隅で思い浮かべ,そのまま瞼を下ろした。
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2009/03/20 up...
二代目・拍手お礼夢その3。