ノックアウト



最近浪士達による新撰組への襲撃が増えた,とのことで。
それでなくとも物騒な世の中だし,万が一に備えて女中達も護身術を少しは学んでおくべきだろう,
とのことで。
全女中が防犯訓練のようなものを受けることになった。

「こんな感じですかね?……って,痛ァ!!!!」

わたしは天井から下がったサンドバッグに蹴りを当てた。
けれども思ったよりサンドバッグは固くて重くて,当てたこっちの足の方が痺れて痛くなった。

「…そんなんじゃ案山子1本さえ倒れねーよ」

サンドバッグの後ろから土方さんが顔を出した。

「足の甲で打ったら痛いに決まってんだろーが。側面で打つんだよ。それと,もっと力こめろ。
 全身の憎しみをこめて叩きつけてみろ」

えっ『全身の憎しみ』って何?
そんなに憎むようなことないんですけど?
普通に生きてたらそんなにないよね?
…まあいいや。とにかく力をこめて蹴ろう。
ちょっと疑問点はあったけれど,わたしは気合を入れてサンドバッグを睨んだ。

「はい!!じゃあ…どりゃあ!!!」
「…!!!!」

バッキャァッッ!!

「あ」

手元が,いや足元が狂った。
わたしの足は思ったよりもずっときれいな弧を描いて――
――見事にクリーンヒットした。
ただしサンドバッグではなく…
…その後ろにいた土方さんの顔へ。

「…っ」

完全に不意をつかれた土方さんは,声もなくその場に倒れ込んだ。

「ひっ…」
「ふっ副長ォォォ!!!???」

山崎さんが慌てふためいてこっちへ駆け寄って来る。

「ひっ…」
「おおーこりゃ随分きれいに入りやしたねィ,嬢」

横で見ていた沖田隊長が非常に(非情に?)満足そうに笑う。

「ひっ…ひっ…」
「とっトシィィィ!!??なに白目剥いてんのォォ!!??」

青褪めた近藤局長が土方さんの体をゆっさゆっさと揺らす。

「ひっ土方さーーーーん!!!!」

わたしは叫び声をあげて,昏倒した土方さんに泣き縋るしかなかった。



++++++++++++++++++++



「ごめんなさい…!」
「…もういいって言ってるだろ」
「だって!…本当にごめんなさい!!」

救護室にて。
向い側の椅子に座った土方さんの頬には,でかでかと湿布が貼ってある。
見るからに痛々しい…その原因を作ったのは他でもないわたしだ。

「大丈夫でさァ。土方さんはドMですから内心じゃ今喜んでるんでさァ。だから心配いらねーよ。
 なんならもっと蹴ったり踏んだりしてみなせェ」
「喜んでるわけねーだろうが!テメェはいい加減なこと言ってんじゃねー!」 

なぜか救護室までついてきた沖田隊長に,土方さんがつかみかかる。

「あー怖い怖い。これだから短気な男はいけねェや。せっかく付き添ってやったっつーのに」
「お前はただ単にサボりてーだけだろうが!さっさと防犯訓練に戻りやがれ!!」
「…ちっ」

あーサボりたいからついてきてたんだ,沖田隊長。
忌々しげな舌打を残して,隊長は救護室から出て行った。

「あの…すみませんでした」

2人きりになったところで,わたしはもう1度頭を下げた。

「良いって言ってんだろ。お前の蹴りの一発や二発どうってことねーよ」

土方さんは大儀そうに肩を竦め,頬の湿布をぴたぴたと撫でた。
数々の死線を潜り抜けて来た人だから,本当にそうなんだろうけれど…
『副長の顔を蹴った女』なんて後にも先にもわたしだけなんじゃないだろうか。

「ごめんなさ,」
「謝んなって。いつまで謝り続けるつもりだ,お前は」
「だって…」
「…」
「す,すみませっ」
「もう黙れ…」

低い呟きと同時に,ぐいっと腕を引っ張られた。

「…ん?」
「…」

腕を引っ張られた先,目の前に広がるのは――
――土方さんの横顔のドアップ。
唇に当たるのは湿布の感触。
でも湿布の向こう側から確かに伝わってくる…土方さんの体温。
唇から伝わってくる…柔らかな頬の感触。

「んっ!?」
「…」

引っ張られた時と同じくらい唐突にパッと腕を放されて,わたしはすぐさま体を引いた。

「なっなっ!?」

真っ赤になったわたしの前には,なんとも不敵に微笑する副長。
曖昧に生々しい感触が,まだわたしの唇に残っている。
それが言い様も無く恥ずかしくて,ごしごしと袖口で唇を拭った。

「なにするんですかーーーーーー!!??」
「これでチャラにしてやる。だから謝んな」
「だっ誰が謝りますか!ていうかむしろ謝ってください!!」
「は?なにをだ?」
「『なにをだ?』じゃないですよ!乙女の唇をなんだと思ってんですか!」
「うっせーな。頬のキスくらいでがたがた言ってんじゃねーよ」
「がたがたなんて言ってません!」
「喩えだバカ!…それともなんだ,」

土方さんはこっちに手を伸ばして,すっとわたしの唇を指先で撫でた。
途端に体を強張らせたわたしに,にやりと笑う。

「口にして欲しいのか?」
「…っっ!!!!」

バッシーーーンッッ!!!

湿布を貼っていない方の頬に,わたしは思い切り平手打ちをかました。
再び不意打ちをくらって,土方さんは椅子から盛大に転げ落ちた。

「ばか!あほ!セクハラ副長なんて禿げ散らかしちゃえ!!」


ダダダダダダッ
ぴしゃっ


「…ああでもしないと,お前ずっと謝り続けるだろーがよ」

わかりにくい優しさをもつ彼は――大抵の場合損をする。




「…バカですね,副長。もうちょっとソフトに言えば良かったかもしれないのに」
「女心をわかってねー野郎はああなるんでィ」
「トシ…いつからあんなムラムラした子になったんだ!お父さんは悲しい!」

――陰でこっそり全部聞かれていたり。
しかも後日,
『土方は怪我にかこつけて女の唇を奪う奴だ』
という噂を流されたり。


2009/01/24 up...
初代・拍手お礼夢その3。