わがままなお姫さま



「小姫様」
「…」
「姫様!」
「ん~?なあに,伊東先生?」

姫は窓の外を眺めたまま,こちらを振り返りもせずに語尾の伸びた返事をした。
窓辺に腰掛けて頬杖をつくその姿は,それだけで絵の題材になりそうな程可憐だが…如何せん今は勉学の時間真っ只中だ。

「お席にお戻り下さい,姫」

そんなに堂々とサボらないでいただきたい。
ちょっと目を離した隙にすぐこれだ。まったく。
僕が小さく溜息をつくのと同時に,小姫はくるりと振り返って窓の外を指差した。

「騎士団の鍛錬を見ているのよ。土方卿もいるわ」
「!」

僕がわずかに反応したのに目ざとく(失礼)気付き,姫はクスッと笑った…こういう仕草が母王妃にそっくりだ。
実際,母君譲りの冠たる美貌や,利発さと我が儘さの絶妙なバランスで構成された御気性は,民草より愛されて久しい。

「安心してね。私は伊東派よ」
「…なんですか,その派閥は?」
「宮廷の女人達の派閥よ。知らないの?」

まだ幼い色の残る双眸が,きょとんと見開かれた。
おそらくそう遠くない未来に,この愛らしい瞳は,人を魅了して支配する瞳へと変わるのだろう。

「私,土方卿はキライなの。お母様に色目を使うんだもの」
「…どこでそんな言葉を覚えたのですか」

僕は呆れたように言い返しながらも,心の中では噴き出していた。
僕と共に『騎士団の双璧』と呼ばれるあの男も,姫の中では『母に色目をつかう男』であることが可笑しかった。
たしかに,土方と王妃の仲については,宮廷内の専らの噂だ。
騎士と妃の道ならぬ恋だなんて、まるでランスロットとグウィネファみたいね,と侍女達は色めき立っている。
もっとも,どこまでが本当でどこまでが嘘かは杳として知れない。
それはそれとして,だ。

「もういいですから,早くお席にお戻りを。内親王殿下」

僕は窓辺の姫に歩み寄り,少々畏まった呼び方をした。すると,王女は愛らしく小首を傾けて僕を見上げてきた。

「ねえ,私を抱き上げて。席に戻して。それなら,お勉強するわ」
「…はあ」

溜息半分,了承半分で僕は曖昧に頷いた。
このくらいの我が儘には最早動揺しなくなってしまった自分が哀しいような,情けないような。
仰せのままに姫を抱き上げると,薔薇の香りが僕の鼻腔をくすぐった。

「…良い香りでしょ?」

姫は僕の耳元に息を吹きかけるように囁いた…一丁前に(失礼)誘惑している。でも,

「良い香りですね」

そんなに簡単に誘惑されてさし上げる程,僕もウブではない。
姫はつまらなさそうに唇をすぼめ,ぷいとそっぽを向いた。しかし,お席に座らせると,即座に机の上に身を乗り出して,

「これから集中して勉強するわ。集中出来たら,ご褒美ちょうだい」
「何をお望みですか?」

言い出したら聞かないことは,ここ数年のお付き合いでもうわかっている。とにかく,早くちゃんと勉強していただきたい。
僕は特に身構えずに聞いた。

「デート1回!」
「…」

身構えずに聞いたのが間違いだった。
姫の突飛な言葉は,強烈な一撃となって僕を張り倒して…僕の顔は不覚にも赤くなった。
そんな僕を見た姫はというと,期待に目を輝かせてこちらをじっと見つめてくる。
「自分のお願いを聞いてくれないわけがない」という,それはもう無邪気かつ傲慢な瞳だ。とんでもない瞳だ。が,

「……どちらへ行きたいのですか?」

結局,勝てないのである。
断れないのだ――断る理由も思いつかない。

「やったぁ!私,頑張るわ!」

僕の返答に姫は飛び跳ね,心底嬉しそうに笑った。
――この笑顔を見るためなら,負けても構わないのだ。
ああ,完敗だ。

しかしこの後「あのね,伊東先生と一緒に馬に乗りたいの!」という無茶な言葉が姫の口から飛び出し,「王族の女性が馬に
乗るなどとんでもない!!」と,説教することになるのだった…。



あの女王にして,この姫あり。



2015/04/02 up...
 13代目・拍手お礼夢その2。小姫の母君は,土方拍手夢『騎士として守るべきもの』の王妃です。