石造りに響く足音


白磁の白か,白桃の白か――それが問題だ。
俺は調色板の上で色を混ぜ合わせながら,自分の目の前でピアノを弾き続けている公女を見詰めた。
開け放した窓の外から差し込む陽光の中で,公女の白い肌はうっすらと輝いている。
その肌の色を,真っ白なそれにするべきか,温もりのあるそれにするべきか,俺は真剣に悩んでいた。

「…小姫様もお人が悪うございますわ」

曲が終わると,ぴんと伸びていた彼女の背筋から力が抜け,鍵盤を目で追っていた横顔がにわかに曇った。
俺は言葉の意味を図りかねて,

「…というと?」
「私のような地味な女の絵をご所望だなんて。絵に残していただくような大層な立場でも容姿でもありません」
「そんなことは無ェ」

国王夫妻からの寵を受ける公爵家の御令嬢でありながら,作曲家として活動もしている一風変わった公女様。
宮廷画家の俺と知り合ったのも,国王主催の音楽サロンでのことだった。
なんでも,父親である公爵からは「楽師まがいのことをするな」と苦言を呈されていたらしいが,あの母王妃そっくりの内親王
殿下(通称『小姫』)が「別に良いじゃない。私は公女の弾くピアノが大好きよ」ときっぱり言ってくださったことで,最近は
あまり小言を言われずに済んでいるらしい。

「あんたは音楽家であると同時に名門公爵家の御令嬢だ。『立場』という点では申し分無ェ。それに…」

俺は調色板と絵筆をテーブルに置き,片肘をついて公女に笑いかけた。

「あんたは絵に残しておきたい欲求を起こさせるくらいには,大層な『容姿』をしているぜ?」
「…お止しになって」

公女は潔癖に眉を潜め,咎めるように小さく睨んできた。
たいして怖くもない(むしろ不思議と可愛らしい)睨みに,俺は失礼と思いながらも笑ってしまう。

「あの姫様は鋭いとこあるからな。気をきかせてくれたんだろ」
「なんのこと?」
「とぼけるなよ」

俺は立ち上がり,公女に素早く歩み寄った。そして,

「満更でもないだろ。2人きりになれて」

鍵盤の上に置かれたままの無防備な彼女の右手に,自身のそれを重ね合わせた。びくりと震えた公女の指が,『ラ』の音を鳴らした。
一瞬目を大きく見開いた後,彼女は先程とは比にならない程目を尖らせて睨みつけてきた。俺の手を払おうともがきながら,

「お離しください,高杉卿。お戯れが過ぎますよ」
「そんな弱々しい抵抗じゃ,俺は止まらねェぜ?」
「なっ…」

少しの力を込めて手を引っ張っただけで,座っていた彼女を立ち上がらせることが出来た。その際に肘が鍵盤に当たり,今度は『レ』の音が鳴った。
有無を言わせず腕の中に収めると,公女の白い項が目の前に現れ――ちょっとした悪戯心が湧いた。

「ひゃあ!」

『それ』を実行すると,公女の身体が跳びはねた。いよいよ本気で腕を振りほどこうとする前に,俺は笑いながら彼女を離した。
公女は項を右手で抑えながら,目を白黒させて叫んだ。

「な,何?今のは!?」
「絵筆」

あっさり答えつつ,俺は人差し指と中指の間に挟んだ商売道具=絵筆をくるりと回してみせた。

「まだ使ってない筆だから心配するな」
「そういう問題じゃ…」

ちょっと毛先で項を撫でただけだというのに,なかなか良い反応だった…叫び声も可愛らしかったしな。
見る見る間に羞恥だか怒りだかで顔を真っ赤に染め上げる公女に,俺は肩を竦めた。

「なんだ。感じたのか?」

目の裏で派手な色彩が弾けた。
公女が俺に全くの情けも容赦もない平手打ちを放った。喧嘩などしたことも無いのだろう,手加減などまるで知らない,全力でお見舞いされたビンタだ。

「失礼させていただきます!小姫様に,こんな破廉恥な絵師のモデルになるなんて真っ平御免だと直訴します!」

もんどり打って倒れた俺を,公女様は仁王立ちになって見下ろしてくる。俺はぶっ叩かれた左頬をさすりながら,

「そういう顔も可愛いぜ?」
「~~~~っ!!!!」

もしも身分が許すなら,彼女が『公女』でなかったなら,きっと俺を踏みつけていただろう。彼女は一度だけ力任せにダンッと石の床を踏みつけ,ピアノに
置いていた譜面をひっつかんで部屋から出て行った。
遠ざかってゆく石造りの床に響く足音は,お世辞にも上品ではなかった。
まあ…品のないことをされたのだから仕方ないか。


今度はもうちょっとソフトに撫でてあげようと俺は思いました。
…作文?



偉大な芸術家のほとんどは変態。


2015/04/02 up...
13代目・拍手お礼夢その5。「小姫」は,伊東拍手夢『わがままなお姫さま』の姫。
そして「母王妃」は,土方拍手夢『騎士として守るべきもの』の王妃です。