トライアングル弾き語り
旧春雨(えっと…阿呆提督?)との事実上の決裂,それにともなう新春雨(なんか可愛くて怖い笑顔
の人)との交渉。
この1ヶ月間,いろいろなことがあって忙しかったけれど。
ここ最近はようやく皆落ち着いてきて,自分達のペースを取り戻しつつあった。
「いや,違ェよ。だから,糸は爪で押さえんだって」
「えっと…こうですか?」
「違う。爪つっても爪の背が当たるくれェまで曲げろ」
「え~とえ~と」
精神的な余裕ができたのは,この鬼兵隊総督様も同じだ。
こうして空き時間に部下に三味線の弾き方を教えてくれるほどに。
休憩スペースの隅で,高杉さんが機嫌良さそうに弦を弾いているのを見て「わたしもやってみたいな」
と呟いたら「覚えろ。教えてやる」と畏れ多くも手招きされた。
でも,わたしは生来ぶきっちょだから,さっきからずっと同じような注意ばかり受けていて,なかなか
先に進めない。
「…難しいですね。楽譜を読むのさえ四苦八苦です」
「最初はそんなもんだろ。そのうち慣れる。あと,お前は手が小せェから弾きにくいんだろうな,たぶん」
けどまァ気にすんな,と高杉さんは小さく口角をあげて三味線に目を落とした。
いつも張り詰めた空気をまとっている総督様が,なんとも柔らかい雰囲気で楽器を見つめているもの
だから,わたしもつられて笑ってしまう。
「ん?なに笑ってんだ」
「楽しそうですよね,高杉さん。三味線を弾いてる時」
「あ?」
高杉さんの片眉が怪訝そうにつり上がったけど,わたしは気にせず人差し指を総督様の鼻先あたりに
向けた。
「すごく楽しそうに弾いてて,可愛いなあって」
「はあ!?かわいい?!ナメてんのか,てめぇは!」
どうしたことか,高杉さんはいきなり癇癪を起こして三味線を床に置いた(さすがに乱暴な置き方は
しなかったけど)(楽器は大事に扱いましょう)。
…わたしそんなに悪いこと言ったかな?
「ナメてなんかいませんよ?本当に可愛いと思っ」
「かわいいなんて言われても全く嬉しかねェんだよ!」
「ど,どうして!?誉めてるのに!」
「うるせェ,黙れ!」
怒鳴ったかと思えば,高杉さんはあろうことかわたしの頭をぐしゃぐしゃとかき回し出した。
そりゃあもう「お痒いところはありませんか~」な美容師レベルにぐっしゃぐしゃに。
…なっなんで!?
「やっやめてください!髪!髪の毛乱れる!」
「お前が変なこと言うからだ!…ハンッ変な髪形だな!」
「誰のせいですか,誰の!お,おかえし!」
「バカ,やめろ!包帯ずれるだろうが!」
放置された三味線の横で,高杉さんとわたしはお互いの頭をぐしゃぐしゃとかき回し合った。
高杉さんの方が腕力あるし,上背もあるからなかなかやり返せないのが悔しい。
でもそこはそれ,隙をついて攻撃するのみ!
…傍から見たら「なにやってんだ,あいつら」状態かもしれない。
「なにをやってるでござるか,おぬしら」
あ,やっぱりそう思いますよねー。
高杉さんの前髪を掴んだまま,そしてわたしの横髪を掴まれたまま,声の方を見ると万斉さんが呆れ顔で
立っていた。
呆れ顔というか,白けた顔というか…ん?ちょっと怒ってるのかな,あの顔?よくわかんない。
なんだか読めない表情をしている万斉さんに向かって,わたしは大声で訴えた。
「わたしは誉めただけです!三味線弾いてる時の高杉さんは可愛いって!」
「だから!嬉しかねェんだよ!むしろ不愉快だ!」
「ひ,酷い…もういいです!高杉さんには三味線教えていただかなくて結構です!」
「こっちこそお前みてェにカンの無ェ弟子は願い下げだ!」
「な,なんですって~!」
「なるほど…」
今の会話ですべてを理解してくれたらしい。
さすがは鬼兵隊の常識人です。「賢者は一を聞いて十を知る」ってやつでしょうか。
万斉さんはすたすたとわたし達の方に近寄ると,お互いを掴み合ってるわたしと高杉さんの手を下ろ
させた。そして,
「うむ。女子のぬしには理解しにくいかもしれぬが,男は『可愛い』と言われるのがあまり好きでは
ないのでござるよ」
「…そうなんですか?」
「さよう。よかれと思って言ったのでござろうが,『可愛い』と言われて喜ぶ男は少数派でござる。
言わぬ方がよかろう」
「わかりました。万斉さんがそう言うなら」
「なんで万斉には素直なんだよ」
「それに…」
ぶつくさと溢し出した高杉さんを無視し,万斉さんはわたしの頭に手を置いた。
そのまま優しくなでなでと………って,あれ?
「それに,ぬしの方が100億倍可愛いでござるよ」
「…え?」
さっきの乱戦(?)で破滅的にもつれたわたしの髪の毛を,万斉さんの長い指が丁寧に梳いてくれる。
あれ…なんか,ちょっと,ドキドキしてきた,かも。
「万斉…てめっ…なにバカ言ってんだ」
「バカなど言っておらぬ。ただ口説いてるだけでござるよ」
「くどっ!?」
「抜け駆けは許さぬ」
なぜか慌てている高杉さんにぴしゃりと言い放ち,万斉さんはわたしを見下ろして笑った。
「三味線なら拙者が教えてやるでござるよ。自慢ではないがこれでも副業が成り立つ程の腕でござる」
「いや明らかに自慢だろーがそれは!」
高杉さんが万斉さんの胸倉を掴めば,万斉さんは高杉さんの包帯(わたしの攻撃で垂れ下がっている)
を掴む。
「今更なんでござるか。『カンの無ェ弟子は願い下げ』と言っていたでござろう」
「い,言ってねェよ!俺が先に教えてたんだから,俺が最後まで教えるに決まってんだろ!」
「そんなに髪を乱した男から教えを乞いたい女子などいるわけがないでござる」
「髪乱したのはそこの小娘だ!つーかお前も見てただろうが!俺はいつもちゃんとしてる!つーか,俺の
三味線の腕をナメんな!」
「ハンッ…晋助のは所詮素人の道楽でござろう。拙者はプロフェッショナルなテクニシャンでござるよ。
あ,楽器だけじゃなくて夜の方も」
「何の話してんだお前は!」
「…」
「あれっ。何してるんスか?」
「…また子ちゃん」
「今暇っスか?これから女中頭の中谷さんが希望者に二胡の弾き方教えてくれるそうっスよ。時間ある
ならどうっスか?」
「暇。行く」
かわいいなあ,ふたりとも。
2011/5/08 up...
九代目・拍手お礼夢その1。