ときめき料理教室


カラスが鳴きながら飛んでゆく夕暮れ時。
今日のご飯は何にしようかな,と悩みつつ立ち寄ったのは小さな書店さん。
自由気ままな1人暮らし,自分だけのために凝った料理を作る気になんてならなくて,どうしても毎度
簡単な献立で済ませてしまうけれど。
たまには凝った料理を作ってみたいな~と思いながら,お料理の本を立ち読みした。
でも生来ものぐさなせいか,目で追ってしまうのは『簡単にできる!』とか『2分で仕上がる!』とか
言った文字の列。

「へえ…電子レンジだけで3品もいっぺんに作れちゃうんだ。すごいなあ」
「いやいや手を抜いた方法でデコレーションケーキなんて作れねェって。糖分の道は1日にしてならず
 だって」
「菓子類は店で買うのが一番美味しいんでさァ,結局のところは。普段の料理は凝ってしかるべきだと
 思いやすけど」
「…ん?」

ひとり言に対して返事があったことに(それも2つの声で)首を傾げ,左右を交互に見ると…
いつの間に隣に立っていたんだろう。
顔見知りの2人がそれぞれ料理本を立ち読みしていた。

「銀さん,沖田さん。こんにちは」

声をかけると,銀さんはお菓子のレシピ集から,沖田さんは創作料理のレシピ集から顔をあげた。

「おう。奇遇だな」
「買い物の途中ですかィ?」
「うん…今日の献立悩んじゃって。そうだ!」

ここで会ったのもなにかの縁。相談してみよう。
わたしは料理本を閉じて(題名『電子レンジで出来る楽々おかず』)2人に問いかけた。

「銀さん,沖田さんは料理する?」
「「は?」」

示し合わせたんじゃないかってくらいぴったり2人の声が重なった。
そ,そんなに意外なこと訊いたかな?
でも,こんなところでお料理の本立ち読みするくらいだし…ちょっとはするよね?
2人は一度顔を見合わせて,再度わたしを見下ろした(身長の違い上必然的に)(ちびで悪かったな)。
先に答えたのは銀さんで,

「うちは当番制だから。週に2回はすることになってんの」
「そっかあ…そういえば銀さんはお菓子作るの,すごく上手だよね?」
「まァな。糖分王として当たり前さ」
「ふふ…すごいなあ」

わたしはお菓子を作ったことがあまりない。
1g単位で材料を量らなきゃいけない作業が…なんか,こう…わたしには面倒くさいんだもの。
その点銀さんはすごいと思う。ものすごく本格的なケーキを作れるんだもの。

「沖田さんは?」
「たまに」
「え!?沖田君,料理すんの!?」

大声をあげたのは銀さん…うん,正直言ってわたしもびっくりした。訊いておいてなんだけど。
目をまじまじと見開いている銀さんとわたしの前で,沖田さんは携帯を開いて「ほらっ」とこっちに
向けてきた。そこに映っているのは,大きなロブスターやらローストビーフやらビシソワーズやら…
ものすごく凝った料理の数々だ。
きらきら輝いて見えるくらいにすごい料理だ。

「わあ…すごく凝った料理だね。フルコースっていうか」
「これマジでお前が作ったの?」
「バカ共(=隊士達)に食わせようと思いやしてね。人も料理も見た目が9割でさぁ」
「…どういうこと?」
「こんくれェ仕上げとかねェと,あいつらもう俺の料理に手をつけねェからな(前科アリ)。味は舌が
 火傷するくれェの檄辛でさァ。これ食べた時の土方の顔が傑作で,」
「もう!料理で遊ばないの!」
「…すんません」

わたしが怒ると,沖田さんは渋々謝って携帯を閉じた。
でも(くだらない)いたずらのために,ここまで凝った料理を作れる沖田さんってある意味すごいかも。

「2人共器用だなあ…料理,上手いんだね」
「なに。お前,料理下手なの?」
「下手じゃないとは思うけど…凝った料理を作ったことなくて。お菓子とか,フルコースとか」
「ふーん」
「たまには凝った料理を作って食べようかな,って」
「なるほど」

数秒間の間を置いて,2人はほぼ同時にわたしを見下ろした(身長の違い上…以下略)。

「教えてやろうか?」
「教えてあげやしょうか?」

言葉の細部さえ違うものの,同じことを銀さんと沖田さんは口にした。

「えっ本当に?」
「「うん」」
「わあ…ありがとう!助かる!」
「いや~困った時はお互いさまさ。ご近所じゃん」
「困ってる人を助けるのが警察の仕事でさァ」
「ありがとう!」
「「で」」
「え?」

ウキウキと飛び跳ねるわたしに,2人は爽やかな笑顔を向けた。
…ん?
いや,よく見ると爽やかじゃないなあ。
なんか,ちょっと含みのある笑顔かも。

「どっちに教えてもらうつもりだ?」
「どっちに教えてもらうつもりでィ?」

なんか,ちょっと怖い笑顔かも?ていうか,

「…え?」
「お前,ある程度料理はもうできるんだろ?だったら菓子作りを覚えた方が良いと思う。うん。手作り
 お菓子もらって喜ばない男はいないからね」
「なに言ってんでさァ。さっきも言ったけど,菓子類は店で買うのが一番なんですって。凝りまくった
 フルコース作れた方が良いって」
「えっと…」

熱心な目で2人共語っていたけれど,不意にわたしから目をそらしてお互いを見やった。
『見やった』というか,笑顔で睨み合いを始めた。

「なあ,沖田君。引っ込んでてくんない?300円あげるから」
「そっちこそ帰ってくれやせん?家で飢えたバカ娘とクソメガネが待ってるでしょ」
「大丈夫ですぅ。今日は2人共志村家でご飯の日ですぅ。残念だったな,ドS小僧くん」
「ドS小僧は旦那だろィ。俺はドS王子ですから。新聞公認の。イケメンですいやせんね」
「あの…」

わたしは銀さんの袖と,沖田さんの裾を同時に引っ張った。くいくい,と。
2人の目が同時にこっちを見下ろしてくる(身長の以下略)。

「あの…2人一緒は?」
「「は?」」
「ね。お願い,助けて。2人で」
「「!」」
「ね?」

首を傾げて2人を交互に見上げた。
…だけのつもりだったんだけど。

「神様,ありがとう。俺生きててよかった」
「究極の眼福でさァ。ゴチ」
「…?」

一体なにが2人の心の琴線をくすぐったのだろう。
銀さんも沖田さんも,ぐっとガッツポーズをして天を仰いだ。
…どうしたんだろう。
でも2人共喜んでくれてるみたいだから良いか。

「んじゃ行くか。お前ん家の台所,3人並んで立てんの?」
「うーん…ぎりぎり」
「立てなかったらジャンケンですよ,旦那」
「よし,わかった」
「??」

やっぱりよくわからない…男の人って変なの。

「じゃ,行きやしょう」
「うん……えっ?」
「ちょっ!なに手握ってんだよ!」
「良いでしょう,べつに。減るもんじゃねェし」
「ずりィ!んじゃ俺は左手だ!」
「えっ……ええ?」

右手に沖田さん。左手に銀さん。
こういうのなんて言うんだっけ?
あ…『両手に華』だ。
ちょっと恥ずかしいけど,いっか。
なんだか幸せな気持ちだし。


今日の夕ご飯はすごく美味しくなりそうだね。




袖ひっぱり+上目遣い+「お願い助けて」=単細胞男子はすぐ堕ちる


2011/5/08 up...
九代目・拍手お礼夢その3。