After School Wars


「高杉君」
「…あ?」

見るからに空気しか入ってなさそうな薄っぺらい鞄を肩に,高杉君が下足箱を通り過ぎようとしていた
ところ,わたしは声をかけた。
彼は振り返るのも面倒くさそうに,わたしの方へ肩越しに視線を投げ返した。

「帰る間際にごめんね。これ…」
「?」

この冷血硬派君の怠け癖(と言って良いものか)(ちょっと違うかもしれない)は今に始まったことじゃ
ないので,わたしは気にせずプリントとシャーペンを彼の目前に差し出した。
高杉君は怪訝そうに片眉を上げて用紙に視線を落とし,「で?」とでも言うようにわたしの顔を見た。

「学園祭のアンケート。まだ出してないの,高杉君だけなの」
「…」

わたしの説明に対して,高杉君はなんとも分かりやすく目を細めて口を半開きにした。さらには長い
溜息をついてみせて,痩せた全身から『面倒くさいオーラ』を放出させた。
そう…彼は一見ひねくれて見えるけれど,実はただ単に『自分の気持ちに正直な人』なんだ。
それをわたしは知っている。

「今日中に銀八先生に出さなきゃならなくて」
「ンなもん面倒くせェ」
「そこをなんとか…ね?」
「!」

それに,だ。
高杉君は『怖い』とか『暴君』とか『リーサルウェポン(笑)』とか噂されている割に,女子が心を
込めて頼んだことを無碍にはしない,ということ。
それもわたしは知っていた。

「さらさらっとで良いから。お願い」
「…」

わたしが首を傾けて再度頼むと,彼は無言のままひったくるようにしてプリントとシャーペンを取った。
廊下の壁に用紙を押し付けて,高杉君は『不良』と呼ばれる人々には不似合いなほど綺麗な字で解答欄
を手早く埋めた。
そして,特に汚れているわけでもない紙面をさっさと手の甲で払い(意外と几帳面だ),

「ん」
「ありがとう!」

わたしの手のひらにぽんとプリントをのせてくれた。わたしはそれを他のアンケート用紙の一番上に
して「よかった,これで帰れる」と職員室に向かおうとした。すると,

「お前,それ提出したら帰るのか?」
「え?…うん。そのつもりだけど」

予想外なことに高杉君はわたしの横に並んだ(気のせいか,いそいそと)。

「なら一緒に帰,」
「あっ桂君」
「!」

高杉君が何か言おうとしたその時,桂君が教室から出てくるのが目に入った。桂君もわたしと同じく
アンケートを集める係だ。彼は長い髪をなびかせつつ(邪魔じゃないのかな),こちらへ小走りに駆け
寄って来た。

「アンケート集まったか?」
「うん。集まったよ」

はい,と桂君にプリントの束を渡すと,彼は細い指先で丁寧に一枚一枚を数えた。

「ふむ。たしかに」
「あるでしょ?」
「うむ。では,職員室に持って行こうではないか」
「うん」

頷くわたしの肩に,桂君は手を回した……って,ん??

「そして一緒に帰ろう。清く正しく美しく。高校生男女の夕焼けこやけのピュア下校…これぞ青春だな。
 はっはっはっ」
「『はっはっはっ』…じゃ,ねェ!!」
「ひでぶ!」

爽やかに笑う桂君の側頭部に,高杉君の後ろ回し蹴りがクリーンヒットした。
…「ひでぶ」ってリアルに叫ぶ人,初めて見た。
桂君は頭をさすりつつ,鼻血を拭いつつ(倒れた時に打ったらしい),膝を震わせながら立ち上がった。

「いきなりなにをするのだ,高杉」
「いきなり割り込んできたのはテメェだ,ヅラ!」
「ヅラじゃない,桂だ!」
「あべし!」

いつものキメ台詞(と言って良いものか)(たぶん違う)と共に,桂君の裏拳が高杉君の後頭部に見事
クリティカルヒットした。
…「あべし」ってリアルに叫ぶ人,初めて見た。
高杉君はすぐさま立ち上がると,桂君の胸倉を掴み上げた…と同時に桂君もまた高杉君の胸倉を掴んだ。
…息ぴったりだね(と言って良いものか)(だいぶ違う)。

「うるせェ!ヅラはヅラらしく禿散らかしてツルっぱげ頭に夕日を反射させてろ!」
「なにををを!!!お前こそ不良は不良らしく盗んだバイクで走り出して電柱にでも激突しろ!」
「ちょ,ちょっと2人共…喧嘩はやめ,」

あわあわと2人の間に割って入ろうとしたら,桂君がギュッとわたしの右腕を握った…
……って,なんで!?

「そうだな!こんな不良に構わず,一緒に帰ろう!」
「え。ちょっ」
「てめっ!そんな電波バカ放っといて,俺と帰るぞ!」

高杉君がわたしの左腕をガシッと掴んだ…
……って,だからなんで?!

「えっ。ま,待って…アンケートを提出しなくちゃ,」
「そんなもの明日でも良いだろう。どうせ銀時のことだ。適当に読み流すに決まっている」
「いや『銀時』じゃなくて『銀八先生』だよ桂君!3Z設定なんだから!」
「そんなもんどっちでも良いんだよ。どうせ俺に主役をとられたうすら馬鹿教師だからな」
「いやいや頑張ってたよ,銀八先生!恰好良かったよ!ていうか,離してーーーーー!!!」

わたしの叫びなど全くお構いなしで,2人はすたすたと廊下を歩いて行く。
問答無用で両腕を抱え掴まれずるずると引き摺られるわたしは,さながら懲罰房へと連行される囚人の
ごとく(と言って良いものか)(良いと思う)。

「ねぇ!離してったら!」
「うむ。何を話そうか。ここはひとつ今日の授業中に描いたノートの落書きの話でもするか。いかにも
 高校生って感じで良いではないか」
「それ高校生じゃなくてむしろ小学生!ていうか,その『話す』じゃなくって!」
「んじゃ,明日の授業フける約束しとくか。一緒に屋上でさぼろうぜ,4限。あ,俺の弁当にはタコさん
 ウィンナー必須な」
「どこからツッコメば良いかわからない台詞を言うのは止めてくれる,高杉君!?」

2人それぞれが勝手な妄想を膨らますのに,わたしがツッコミを入れる。
夕焼けの中,極めて騒がしい3人の声が下校ルートに響きわたる。
これも…『夕焼けこやけのピュア下校』と言って良いものか?


…
……
………いや やっぱり違うと思う。


仲良きことは美しきかな。


2011/9/10 up...
十代目・拍手お礼夢その1。