Lovely Mommy
調理実習があった日の放課後。
これは,あれだ。ちょっとドキドキする時間帯だ。
「誰かに今日作ったやつ渡す?」「やだ~渡さないよぅ!」「大丈夫だって!頑張りなよ!」みたいな。
そんな感じだ。
しかも,だ。
今日の調理実習は,『カップケーキ』というなんとも女の子っぽいお菓子なのだ。
これは,あれだ。とてもドキドキする。うん。
あくまで,あくまでさりげな~く。
意中の相手にお菓子をあげられる,とても良い日なのだ。
「ね,そこの君」
「は?」
るんるんと歩くわたしを呼び止めたのは,裾の長い学ラン(どう見てもうちの高校のものじゃない)を
着た三つ編みの男子だった。
彼はにこにこと笑いながら近寄って来ると,わたしの鞄を指差した。
「食べ物持ってるでしょ?甘い匂いがする」
「持ってるけど…」
これは銀八先生のために作ったカップケーキで………いや違う。
別にわたしの自発的な意思であの先生に渡すわけじゃないんだから!
だって…あの人が朝からずっと「今日は調理実習だな」だの「俺甘い物ならなんでも好きだから」だの,
ウザいくらいにまとわりついて囁くから!
あくまで仕方なく!
仕方なく,渡しに行くわけなんだけど…
三つ編み男子のお腹が『ぐう~~~』っと鳴るのが聞こえた。
「…お腹空いてる,とか?」
「うん。とっても」
「…食べる?」
「いいの?」
「まあ,うん」
「ありがと」
多めに作ったし,少しくらいなら良いかな。
そう思ってわたしは鞄の中からカップケーキを1つ取り出した。すると,彼は突然わたしの手をがしっと
掴んだ。しかも,
「!」
「美味いね,これ」
そのままわたしの手の中にあるカップケーキに口を近づけて,がぶりと噛みついた。
…びびびびっくりした!!!
「君が作ったの?」
「…うん。今日,家庭科が調理実習で,」
「いいね」
もぐもぐと口を動かして,彼はごっくんと音を立ててケーキを飲み込んだ。
そして,
「俺,神威。君,俺の子ども産まない?」
「…はあ?」
にこにこと無害そうな笑顔を張り付けたまま,さらりととんでもないことを言ってのけた。
…と,そこに,
「待て待て待て!!!!」
「先生!」
一体どこから見ていたのか(そして聞いていたのか),銀八先生が砂煙を上げてこちらへ駆け寄って
来た。先生はゼェゼェと肩を上下させた後,バッと背筋を起こし,三つ編み男子――『神威』と名乗った
彼を睨みつけた。
「他校生は勝手に校内に入らないでくれるー?ていうか帰れ,この不良が」
「言ってくれるね,不良教師が」
銀八先生はささっとわたしを自分の背中に隠した(少しキュンとした)(あくまで『少し』!)。
「お前が食べたカップケーキはなー,こいつが俺のために作ってくれた貴重な糖分なんだよ!何人たり
とも譲らねェ!」
「貴重な糖分,ねェ…確かに美味かったよ,うん」
「べっ,別に先生のために作ってないから!!」
「ふーん…じゃあ,」
わたしの叫びなんか聞こえていないかのように,神威君は不敵に笑った。そして,
「『そっち』はあげるから。『こっち』はくれない?」
「「なっ」」
どういう風に動いたのか,早すぎて見えなかったんだけど…
わたしはいつの間にか神威君の隣に並ばされてて,わたしの鞄は銀八先生の腕に押し付けられていた。
なにこれどういう手品??
「料理上手いし,ボンキュッボンで良いよね。強い子産んでくれそう」
「ひゃあ!!!」
「だあああ!!どこ触ってんだ,テメェは!」
銀八先生は怒鳴り声をあげて神威君に右フックを叩き込もうとした(けど避けられた)。
「なに。譲ってくれてもいいじゃん。教師は生徒のために譲るべきでしょ,色々」
「お前こそ。『目上の者を敬って諂え』って教わらなかったか,お前は!」
「教わるわけないでしょ,俺不良だもの」
「いいから譲れ」
「そっちが譲ってよ」
「ちょ,ちょっと!!」
さっきから人のことをまるで物のように!ていうかわたしが置いてけぼりだし!
堪らずわたしは叫び声をあげた。
「ゆ,譲るもなにも!わたしは誰の所有物でもないし!」
「譲れ」
「譲ってよ」
…って,聞いてないし!
こうなったら!最後の手段!!!
「えい!!」
「「!!」」
ばくっ
ぱっくん!
鞄から取り出したカップケーキ2個それぞれを,2人の口の中に放り込んだ。
なにこれどういう手品??
いや自分で言うのもなんだけど!
「ちょっほきみなにひゅるんやよ」
「いひなりなんだよこえうまひ」
「何言ってるんだかわかんないけど…とにかく!」
ケーキをもぐもぐと頬ばる2人を交互に見て,わたしは仁王立ちで腰に手を当てた。
「とにかく,喧嘩はやめなさい!!」
「「…」」
「返事は!?」
「「…(もぐもぐ)(ごっくん)はい」」
「よろしい」
大人しくなった2人に「うん」と頷いて,
「じゃ,バイバイ」
わたしは颯爽と背中を向けた。
…色々と予定外のことがあったけど,銀八先生にお菓子を(一応)渡せたし。
あの神威君はちょっと怖いけど。いろいろな意味で。
(でも,まあ,とりあえずは良しってことで!)
鞄をしっかり握り直して,わたしは鼻歌まじりで学校を後にした。
今度の調理実習はいつだっけ。
今度はもっと多めに作っておこうかな…なんてね。
「…あのコ,いつもあんな感じ?」
「…まァな」
「女に叱られたの,おふくろ以来」
「…頬染めながら言うことじゃねーな」
「あんたもね」
「…」
男は誰しも少しはマザコン。
2011/9/10 up...
十代目・拍手お礼夢その3。