あんたは 世界で1番 あったかい
どこに行っても 帰れるように
どこに行っても 凍えぬように
いつだって 俺を 照らしてくれる
いつだって 俺を 温めてくれる



ともし火



――『なんとかは風邪をひかない』って言うのは嘘だったんですね。

なーんて,俺をからかっていた女中がものの見事に風邪をひいた。
しかも俺を見舞った次の日に(さらに言うなら俺はその日に全快した)。
まァ普通に考えて…俺のがうつったんだと思う。
は細ェ体しているわりに丈夫で,今まで滅多に風邪をひいたことが無かったっつーのに。
罪悪感…とまではいかねェけどバツの悪さを感じる。けれどもそれはそれとして,
「『なんとかは風邪をひかない』っつーのは嘘だったんですねィ?霧沙」
にやにや独り言を言いながら(真正のドSなんだから仕方ねェだろ),

トントン

盆に乗っけた1人分の雑炊鍋を片手に,俺は女中部屋の襖を叩いた。すると,
「…はい」
部屋の中から幾分くぐもったの返事が聞こえたんで,俺は襖を足で開けた。
「ー,入りやすぜ」
「…沖田隊長」
すっぽり頭まで布団をかぶっていたが,俺の声を聞いて掛け布団を少しだけ下げた。
苦しげに赤く染まった頬といい,頭に乗った濡れタオルといい,昨日の自分を見ているみてェな
気分になる。その枕元に遠慮なくあぐらをかいて座ると,
「隊長…ごめんなさい」
はなんでか知らねェけど,弱々しく俺に謝ってきた。
「は?藪から棒に何でィ?」
「だって…こんな格好で」
もごもごと口ん中で言葉を転がすようにしては言った。
(なんでェそんなことか)
たしかに今のは所謂『寝巻き姿』なわけだが,
「風邪ひいてる時におしゃれしてる方がおかしいでさァ」
「…そうですけど」
やはりぼそぼそとは呟いた。
こういう時まで自分の格好気にするなんて,女だねィ。
俺は肩を軽くすくめてみせると,部屋ん中を見回した。

「…なんですか?」
「女中部屋初めて入った…けっこー広ェな」
「女はいろいろとスペースが必要なんです」
「なるほどねィ」

女中部屋は4・5人で使用される合同部屋だ。
1つの大部屋にそれぞれがスペースを確保して普段生活しているわけだが…
(の場所はどのへんかねィ?)
あー。あの『宇宙怪獣ステファン』(Lサイズ)。ありゃ間違いなくのだな。
前に一緒に祭り行った時に俺が射的で当てた奴だ。
あん時ァこいつ本当に嬉しそうにあれ抱きしめてたな。あんまり可愛がってるからムカついて
俺がステファンにボディーブロー入れたら顔真っ赤にして怒ってたっけ,こいつ。
あんなの大事に飾ってんだな…つーか,付いてなかったはずのリボンが付けてあるし。
まァ,取ってあげた俺としては結構嬉しい(殴って悪かったな,ステファン)。

「熱は何度あるんでィ?」

俺がに目を戻してそう訊くと,布団の中の娘はちょっと思案するように「んー…」と目を
閉じた。そして,
「…50度」
「…へえ」
小生意気なの返答を聞いて,俺の顔にニヤリと笑みが浮かんだ。
額のタオルをとって,ぴたりと手のひらをくっつけてみる。
「あ,ホントだ。こりゃ高ェわ。100度くらいあるんじゃね?」
「…それじゃ沸騰してるじゃないですか。…37.5度です」
「ふーん。けどは平熱が低いからな。37.5度でもかなり高ェな」
「…ん」
顎を引くようにして頷くは,ほてった顔に涙目で…なにげに色っぺェなと思った。
でも不意にごほごほ咳き込み始めたんで,俺はの肩にそっと手をかけて,寝住いを仰向け
から横向きに変えさせた。横向きに寝る方が,いくらか咳をしやすいからだ。
時折喘息を起こしていた姉上の看病をしている内に知ったことだ。

「でも…良かったですね」
「何がでィ?」
「沖田隊長,元気になりましたね」
「…」
「わたしの雑炊が効いたんですよ」

すげェ辛そうに咳をしてんのに,は嬉しそうに笑った。
それは本当に心から喜んでる笑顔だったから…胸が締め付けられるみてェに痛くなった。
(…良くねーっての)
お前に風邪うつっちまってんだろィ。
なのにそんなに喜んでるなんて頭おかしいんじゃねェか?
(ホント…なんでこんなにバカなんだ)
なんでこんなにバカみてェに優しいんだ。

咳が収まったところで,俺はの髪を撫でながら訊いた。
「食欲は?」
「あまり…でも林檎のすりおろしたのを食べました」
「…誰が持って来たんでィ?」
思わず声が低くなった。
俺の先を越してこいつを見舞うなんざ許さねェ。
バズーカお見舞いしてやらねェとな。見舞いの礼なだけに。
そんな俺の真っ黒な頭ん中など露知らず,はきょとんとして答えた。
「誰って…女中頭の中川さんです」
「あーあのオバチャンか。なら良いや」
恰幅の良い食堂の主を思い出し,俺はあっさり頷いた。
そんで横に置いといた雑炊の盆を手に持った。
「食べなせェ」
「それ…もしかして沖田隊長が?」
の目が丸々と見開かれたんで,俺はすまして応えた。
「俺ァ料理も上手いんでさァ。どこぞの嬢ちゃんと違って」
「…いじわる」
涙のにじんだ目が少しだけキッと尖った。
いや,でもの作る飯は…お世辞にも美味くねェ。ほんとに。
苛めるつもりで言ってるわけじゃなく。
ま,食べられねェ程マズイってわけじゃねェし,一所懸命作ってるってことはわかるから残さず
食べやすけどねィ…。随分前に血まみれのりんご(たぶんウサギの形に切ってるつもりだった)
を出された時ァさすがにひいちまったっけ。

「起きれますかィ?」
「ん」

もぞもぞと掛け布団をどけたを,抱きかかえるようにして俺は起き上がらせた。
(軽ィなあ)
普段から食が細ェから風邪ひくんじゃねェの…いや俺のがうつったのか。
俺はレンゲで雑炊を一掬いすると,ひょいとの前に持ち上げた。
「はい,アーン」
「え…?」
は右の手のひらをこっちに差し出したまま固まった(レンゲを受け取るつもりだったらしい)。
それからぱちぱち瞬きをして,俺の顔とレンゲの雑炊とを見比べる。
「口,開けなせェ」
「あの…自分で,」
「食べたくねーんですかィ?…せっかく作ったのに」
俺がわざと拗ねたような声を出すと,はふるふると首を横に振った。
「そっそんなことないです…いただきます」
律儀に両手を合わせてから,は俺が差し出すレンゲをぱくりとくわえた――おっエロい。
ンなこと言ったらこいつ食べなくなっちまうから言わねェけど。
「…美味しい」
「当たり前でさァ」
「…なんか悔しい」
そう言って俯くは「悔しい」というより「悲しい」表情を浮かべている。
自分の料理の腕がアレだから本当に不甲斐なく感じてるみてェだ。けど,
「俺が出来るんだから,あんたは別に出来なくても良いだろィ…」
「え?今なんて?」
「…なんでもねェ」
俺は土鍋ん中をレンゲでぐるぐる回して,続けてそれを差し出した。
「ホイ次」
「…ん」
そうして繰り返し,ひょいパクひょいパクしているを見ていると,なんか…
「なんか…」
「はい?」
「雛鳥みてェだな」
ドSにも『庇護欲』って感情あるもんだねィ。
いやむしろドSだからこそあるのかもしれねェな。
『俺がいねェと死にそうなところが可愛い』って気持ちはドSにしかわからねェよな…
…なんて(くだらない)ことを思っているとはクスッと笑った。
「じゃあ沖田隊長は親鳥ですか?」
「そんなとこ」
「ふふっ」
は少し咳のまじった声で笑うと,両手を合わせて頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
「おー全部食べたな。さすが俺」
「もう…自画自賛しないでください。でも本当に美味しかったです」
そう言って実に幸せそうに笑うもんだから,俺は反射的にから目をそらした。
「…そーかィ」
なんだかねェ…こいつに褒められるとホント照れる。
柄じゃねェなって自分でも思うけど。
俺は空っぽになった土鍋を適当に横に置いた。かちゃりと音を立てて鍋の上をレンゲが滑る。
その間もずっとはこっちを見てたんで,俺は「横になりなせェ」と声をかけた。すると素直に
ぱたりとは布団に倒れた。俺は今まで他所によけておいたタオルを手にとって,洗面器の中の
水に浸した。
それをぎゅっと絞って頭にのせてやると,は気持ち良さそうに瞼を下ろしかけた。
けど,その途中でふと気付いたように目を開いて,側の壁にかかっている時計を見た。
「沖田隊長…そろそろ市中見回りのお時間でしょう?」
全く考えてもいなかったことを言われて(サボる気満々だった),特にひねった答えもできずに
俺は素直に頷いた。
「ん?そーだけど」
「わたし,寝ますから…もう行ってください」
は微笑と寝ぼけ顔の中間のような表情でそう言った。
「…」
こいつの言ってることは間違っちゃいねェ。
市中見回り,そりゃ行かなきゃなんねェだろうよ(土方もうるせェし)。
でも――気に食わねェや。

(…『傍にいたい』って思ってんのは俺だけかィ)

俺の不機嫌なオーラを感じとったのか,は困ったように眉を寄せた。
「沖田隊長の代わりはいないんですから」
「…あんたの代わりだっていねーや」
俺が深く溜息をつくと,は戸惑いの声を出した。
「隊長?あの…」
「…あんたさァ」
すっと手を伸ばすと,の弓形の眉がぴくんと震えた。

「俺にいて欲しくねーの?」

いつもより熱いその頬を,ゆっくり撫でる。
「は俺がいなくても平気なんですかィ?」
「ちっ違…」
目元を歪めて否定したかと思うと,の瞳がみるみる内に涙でいっぱいになった。
「え」
「わっわたしだって…ほ,ほんとは…行って欲しくなんか…」
「お,オイオイ」
「でっでも…仕事…じゃま…いやだから…なのに…」
「わかった!わかりやしたから!」
俺は叫ぶように声を上げて,大粒の涙をぼろぼろ流すの頭を撫でまくった。
それでも全然泣き止む気配は無い。
ひっくひっくとしゃくり上げるの肩が,いつもよりもずっと儚げに見えた。
…たぶん熱で気持ちが不安定になっちまってるんだろうな。

「頼むから泣かないでくだせェ…」

俺はの隣に横になって,そろそろと細っこい背中に手を回した。
やんわり抱き寄せると,小せェ身体はまるで湯たんぽみてェに熱ィ。
「ちゃんと…市中見回り行ってください」
はぐしぐしと鼻をすすりながら,ウサギみてェに真っ赤な目で俺を見た。
「わかりやした…」
俺は渋々,ほんっと~に渋々頷いた。
(ンな目で見られたら,おとなしく言うこと聞くしか無ェだろィ)
正直言って――の泣き顔はかなり堪える。
人一倍我慢強くて,普段は滅多に弱音を吐かねェ奴だから。
「…でも,あんたが眠ってから行きまさァ」
最大限の譲歩で俺はそう言った。
けど――

「…やだ」

――いつものこいつからは想像もつかねェことを言い出した。
「そんなのやだ…」
「は?」
「行っちゃやだ…眠りたくない」
「ハイ!?」

どーしろっつーんだよ!!
行けと言ったり,行くなと言ったり…女心ってわかんねェや。
(つーか子ども返りしてねェ?)
これも熱のせいか?
どうすりゃいいのかわかんなくて,俺はとにかくの頭をひたすら撫で続けた。
「眠りなせェ」
「…やだ。眠ったら…行っちゃうんでしょ?」
「(行けって言ったのはお前だろィ)わかった…行かねェから」
「…だめです,行ってください……でもやっぱりやだぁ…」
「(もう一体なんなんだよ)とにかく眠りなせェ。眠らなきゃ治るもんも治らないでさァ」
俺だって泣いてるこいつを残して見回りになんて行きたくねェよ。
けど,眠って欲しいのはホント。
ちゃんと休まねーといつまで経っても治らねェし。
でも涙に縁取られたこいつの睫毛を見てると…「きれいな女だな」って。
こんな時なのにそう思った。
「早くよくなって下せェ…が元気ねェと…」
こいつがずっとこんままだったらどうしよう,って。
そんなことあるわけねーのに考えちまった。
そしたら…自分でも驚くくらい弱々しい声が出た。

「俺も困りまさァ」

目の端から枕へと零れ落ちる涙を,俺は親指で丁寧に拭った。
するとの瞼に一瞬きゅっと力がこもって,それからゆっくりと開いた。
濡れたビー玉みてェに光るの双眸が目の前にあって…
ただ――触れたいと思った。

「んっ…」

あくまで軽く。
軽~く唇を重ねた。
…つもりだったけど,やっぱもう少し味わっちゃ駄目か?
いいよな(即決)。つーか,味わいてェ(身勝手)。
そう思ってさらに口をつけようとしたけど…の手に胸を押されて,べりっと身体を剥がされた。
「お,沖田隊長…だめです」
目を開けての顔を見ると,熱のせいだけじゃなく頬が真っ赤になっていた。
押し剥がされたのが不満で,俺は目を細めた。
「なんで駄目なんでィ?」
「風邪がうつります…」
は小声でそう言いながら,俺からもっと離れようとして身を捩る。
(…手の中で雛鳥がもがいてるみてェだな)
聞分けの悪い華奢な身体を押さえ込んで,拒否されるよりも早く,俺はに顔を近づけた。

「そらァ元々俺の風邪でィ。返せ」
「でも……っ」

なんか言おうとした口を唇でふさぐ。
ともすれば逃げていきそうなの唇に,俺はなんでか『焦り』に近ェ感覚で自分の口を押し付けた。
こいつを眠らせようとか,こいつに言うことを聞かせようとか…そういうのは全部忘れて,番の鳥が
そうするように,何度も熱い唇をついばんだ。
「…」
好きなだけ唇を重ねた後,ようやく俺はその柔らけェ身体から離れた。
あんだけ必死に俺を押しのけようとしていた手が,いつの間にか俺のシャツをぎゅって握り締めて
いて,その矛盾がなんだか可愛かった。
「やすみなせェ」
の瞼は重たげにとろんとしていて,熱に浮かされて眠たそうにも見えた。
少しだけ汗で湿った髪の毛を梳いてやると,は心地良さそうに目を閉じた。
「…おやすみなさい」
「ん。おやすみ」
微笑を浮かべ眠りにおちていくを見てると――『良い夢を見て欲しい』って。
心からそう思った。
…ホント柄じゃねェんだけど。言ってやんねェけど。
(なんにしたって早く治ってくれィ)
風邪ひいてる間ろくにナニもできねェし。そんなに我慢したくねェし。
イロイロしてェし……うん,イロイロ。
あったけェの頭を撫でてる内に,俺まで眠くなってきちまって…その本能に逆らうことなく俺は
瞼を下ろした。
日だまりの中に寝転がってるみてェだな,って。
夢に入る寸前にぼんやりそう思った。

俺専用の 日だまり。
俺だけの ともし火。



あんたは 世界で1番 あったかい
どこに行っても 帰れるように
どこに行っても 凍えぬように
いつだって 俺を 照らしてくれる
いつだって 俺を 温めてくれる

――だから 決して 消えないで。




「…」
「そんなとこで何やってんだ,近藤さん?」
「うおっ!…なんだトシか。びっくりさせないでよ,もうっ」
「(…キモい)見舞いだろ?入らねェのか?」
「いや~とてもじゃないけど入るに入れないって感じ?みたいなァ?」
「何を言って………ぅおっ」
「ねっ?ねっ!?入れないでしょ!?」
「ったく,こいつらは…揃って幸せそうな顔して寝こけやがって」
「良いなァ。俺も一緒に隣で寝ちゃ駄目かなァ。川の字で」
「…総悟に殺されるぞ」


----------------------------fin.




2008/02/05 up...
だいぶ間が空きましたが『とまり木』の続編。
沖田隊長は好きな子には絶対面倒見が良いと思う。
ドSな人って,弱ってる人間にはとことん優しいと思う。