Drive Our Dream
卒業証書の入った筒を 鞄に詰め込んで。
校舎裏の駐輪場で 桜の木に背中を預けて。
いつもと同じように彼を待っていると,遠目にその姿が見えた。
彼は友達と並んで歩いていたけれど,わたしと目が合うと何ごとか彼らに言葉をかけた。
それから足早にこちらへ駆け寄って来て,
「お前,もういいのか?」
仲良しの子と写真撮ったり。
卒業後の連絡先を教えあったり。
お世話になった先生に挨拶したり。
いろいろなことを含めて「もういいのか」と。晋助はそう訊いてきた。
「うん,大丈夫。晋助は?」
「俺も。いい」
彼は笑って頷くと,先程まで一緒にいた友達に向かって軽く手をあげた。そして,
「帰っか」
「うん」
停めていた自転車の鍵を外し,薄い鞄を前籠に放り込んだ。
鞄から飛び出ていた証書筒がコツッと音を立てた。
わたしが後ろに乗ったのを確認すると,晋助は自転車をこぎ始めた。
2人の乗った自転車は,桜並木の道をゆっくり走ってゆく。
「こうして晋助と自転車で下校するのも最後だね」
「…だな」
「毎日乗っけてくれてありがとね」
「ん」
「自転車君も。ありがと~」
自転車の車輪に向かってお礼を言うと,「なんだそれ」と晋助の背中が苦笑した。
舞い散る花弁が彼の髪や肩にくっつくのを,わたしはじっと後ろで見ていた。
「この道を晋助と自転車で走るのも,これが最後…だよね」
「まァ…そうだろうな」
「寂しいな。やっぱり」
「…」
高校に通った3年間――毎日この道を2人で走った。
『3年』という月日が
ひとの人生において
長いのか,それとも短いのか。
正直…まだよくわからないけれど。
「車の免許とったら,」
「え?」
「助手席乗せてやるよ」
「!」
でも――この3年間には 大切な瞬間がたくさん詰まっている。
その『大切な瞬間』の中に…こうして自転車で登下校する晋助との時間も含まれている。
それはたしかだ。
「考えとけ。行きてェとこ」
「うん…いろんな所つれてってくれる?」
「ん」
晋助が頷くと,黒髪にまとわりついた花弁がひらりと飛んでいった。
「つれて行ってやるよ」
どこにでも。
どこまでも。
「…ひゃ!」
とび出した敷き石を車輪が踏み越えて,がたんっと自転車が揺れた。
思わず晋助の背中にしがみつくと「あぶねーからずっとそうしてろ」って言われた。
ずっと…いいの?
それじゃ お言葉に甘えて。
見た目よりもずっとがっしりした背中に わたしはぎゅっと抱きついた。
学ランの生地が頬にちくちくとあたって少しだけ痛い。
彼の学ラン姿も今日で見納めだ。
そう思うとやっぱり残念。でも――
「晋助ー卒業おめでとー」
「ああ。お前もな」
「うん。それで…これからもよろしくね」
「…ああ」
――きっとまた 新しい『あなた』を見せてくれるよね。
新しい『あなた』に会わせてくれるよね。
わたしも――新しい『わたし』になるから。
楽しみにしていてね。
「卒業おめでとう」
新しい『ふたり』に。
今 あいにいこう。
大人になるのも悪くないね。
2010/3/28 up...
七代目・拍手お礼夢その1。