My White School Angel



数時間前に卒業証書授与式が終わり,最後のHRもいつも通り騒がしいままに幕をおろした。
屋上から見下ろす校庭には,まだまだたくさんの人間がいて。
写真を撮ったり立ち話をしたりと,高校生活最後の思い出作りに余念がない。
俺はそういった喧騒に少し疲れたため,ひとり屋上で煙草なんぞを吸っていた。
ついさっきまで近藤さんや総悟もいたが,それぞれの『思い出づくり』にくり出しに行ってしまった。
…まあ,あいつらとはまた近い内に会うからいいとして。

(制服で煙草吸うのも今日で最後か)

なんて,我ながら風紀委員の風上にもおけない感傷にふけっていたら――
――背中をぱしっと叩かれた。

「いてっ」

本当はたいして痛くなかったが反射的にそう言いながら振り返ると,
すっかり顔なじみの女教師がにっこり笑っていた。
…いつの間に屋上に入ってきたんだ。

「卒業おめでとう,土方君」
「ウス」

先生は白衣をひるがえし,俺の隣に立った。
白衣と言ってもあれだ…天パの担任のような用途不明の白衣ではなくて。
彼女はれっきとした保健室の主だ。
横に立つ先生から石鹸の匂いがふわふわ流れてきて,俺の鼻先をくすぐった。

「こういう日くらい煙草やめなさいよー。何度言ったらわかるの,もう」
「何度言われてもわからないっス」
「こら。キミ,わたしのことなめてるでしょ」

先生はじろっと俺を横目に睨んだけれど,すぐに鈴の音のような声で笑った。
彼女がこういう笑い方をする時,大抵のことはゆるしてもらえた。

「学校出たら今度こそ禁煙しなさいよー」
「…努力はするっス」
「ここは『します』って嘘でも言っときなさい」

しょうがないんだから。
先生は肩をすくめて 微笑んだ。
そうやって苦笑いする時――いつも片目だけが細くなった。
猫みてェだなって。
そう思ってた。

「土方君のせいで保健室に煙の匂いついちゃって大変だったんだからね」
「そうっすか」
「校長はわたしが吸ってるんじゃないかって言い出すし。本当に大変だったのよ。ごまかすの」
「ふーん。すんませんデシタ」
「キミ,謝る気0でしょ」

こつんと頭を小突かれて――胸の中心が騒ぐ。
彼女は風に乱れた後れ毛を 細い指先でそっと直した。

石鹸の匂いとか。
鈴音のような笑い声とか。
猫みたいな苦笑いとか。
後れ毛とか 指先とか。

いつも――おもっていた。

「あと2年だけ待てば堂々と吸えるんだから。そのくらい我慢しなさい」
「2年だけねえ…たしかに。『だけ』っスね」
「え?…!」

この手で触れたい,と。
いつもそう思っていた。
強く願っていた。

初めて抱きしめた先生の体は,あまりにも華奢で。あまりにも柔らかくて。
どうしてだろう 焦燥感に駆られて。

「土方く」
「先生」

靴底で煙草を踏みつけ,腕にさらに力を込める。

「俺,3年も待ったんで」

3年『も』。

強調して囁くと,先生の小さな耳が真っ赤になった。
なにやらもぞもぞ必死になって腕を解こうとしているらしいけど。
…そういうの逆効果っスよ,先生。

「せんせー今までお世話になりましたー」
「ちょ…土方君放して!『世話になった』って思ってるなら放して!」
「俺は今日限りをもってこの学校の『生徒』やめるんで」
「!」

――これからは 本気出しても良いっスか。

彼女の髪にくっついていた 桜の花弁をそっと取る。
指先の花弁は 風に流されて すぐに見えなくなる。

先生は心底困ったように眉を寄せていた…でも。
やがて 鈴を転がしたかのような声で笑った。
彼女がこういう笑い方をする時――大抵のことはゆるしてもらえた。

今度は…ゆるしてもらえるんだろうか。

どうしても離れ難くて。
どうしても触れていたくて。

春の穏やかな風の中で
俺はもう一度 彼女を抱きしめた。

――卒業おめでとう。
腕の中から そっと小さな声がした。



×生徒&先生→◎男&女。




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七代目・拍手お礼夢その2。