Long Good-bye,Blue Sky
屋上の中でも1番空に近い場所で,その人は煙草を吸っていた。
青い空に,灰色の煙。
桜の嵐に…銀色の髪。
少し猫背な白衣の後姿を,わたしは目に焼き付ける。
「銀八先生」
「んー?」
「皆が写真一緒に撮ろうって」
「あー…そう。今行く」
猫みたいに伸びをして,銀八先生はこっちを振り返った。
その目はいつも通りなんだか眠そうで。
「先生,黒板見ました?」
「ん?ああ。見た見た」
また明日も その次の日も…
…ずっと その瞳に会えるんじゃないかって。
当たり前みたいに,また明日からも会えるんじゃないかって。
そんなことを思ってしまう。
「すごいでしょ!皆で一生懸命書いたんですよ。『銀八先生ありがとう』!」
「お前ら,ああいうことにはめっちゃ力入れるよなあ」
他のところに力回しなさいよーまったく。
先生はぶつくさ言いながら,鼻の頭をこすった。
それ。その仕草。
照れている時の癖ですよね,せんせ。知ってるんですよ,わたし。
「わたし達が卒業しちゃうと寂しいでしょ?」
からかい半分で訊いてみる。
この人は 絶対に「寂しい」なんて口にしないだろうけれど。
生徒の前では 自分の弱さを絶対に見せない先生だから。
そういう強がりなとこ,かっこいいなって思ってた。
でも…ちょっとだけ寂しくもあったんだよ。
「そうだな」
「…え?」
素直に頷く先生にびっくりしていると,先生は「お前らが騒がし過ぎたせいだよ」と苦笑いした。
いつもと同じ『苦笑い』。
少し照れくさそうで。少し不本意そうで。でも やさしい笑い方。
なにからなにまで いつもと同じ。
でも――明日からは ちがうんだね。
「…先生」
「ん?」
屋上を薄紅の風が駆け抜けてゆく。
「前にわたしが言ったこと,憶えてますか?」
先生に――気持ちを伝えた時。
あの時 彼はいつになく目を大きく見開いていた。
「憶えてくれていますか?」
それから…とても真面目な表情で「ごめんな」と言った。
「冗談言うなよ」って茶化すこともなく。
「ガキが何言ってんだ」ってバカにすることもなく。
1人の『女の子』としてのわたしに。
1人の『男性』として。
ちゃんと こたえてくれた。
「憶えてるよ」
ちゃんと 憶えてる。
あの日 わたしに頭を下げた先生の表情は――
今まで教室で見てきた どの瞬間の彼よりも
『教師』な顔をしていた。
「よかった」
それなら いいんです。
それだけで。
「先生」
わたしは背筋をぴんと伸ばした。
「3年間お世話になりましたー」
優等生らしくぺこりと一礼。
するとわたしの上に影がさして,下げた頭の上に温かな重みが加わった。
「お前さー」
「はい?」
ぽんぽんとわたしの頭を撫でながら,先生は言った。
「きっとイイ女になるよ。お前」
「!」
顔をあげたら――飛び込んでくる 笑顔。
「卒業おめでとう」
いつも通り 特別な 先生の笑顔。
わたし…この人のこと ちゃんと好きだった。
心から 好きだった。
「好き」という気持ちに「アイ」って名前を付けるには わたしはまだ幼過ぎたけれど。
でも 大好きだった。
「ありがとう,先生…ありがとう」
いつか また。
いつか あなたの言う『イイ女』になった その時に
また――会えるといい。
果てしない青空と
春風のような あなた
銀色の あなた
さようなら
大好きだった わたしの…
わたしの 先生。
ずっと笑っていてください。
2010/3/28 up...
七代目・拍手お礼夢その3。