素直にメリクリ。



上司の気まぐれで久しぶりに降り立った侍の国は,北風が繁華街の街路樹を震えさせる季節になっていた。人々は忙しなく
通りを歩き,その彼らの頭上にはイルミネーションが雪の結晶のようにきらきらと輝いている。

「なんか前に来た時と様子が違うね。侍の国のお祭りでもやってんの?」

神威様は,商店の扉に吊られているリースや,ショーウィンドゥの中に飾られているクリスマスツリーを物珍しそうに眺め
ている。そんな彼に対し,サンタクロースの格好をした女の子が,笑顔でティッシュを手渡した。神威様は元々丸い目を
さらに丸くして,

「ああいう赤い格好のコ,よく見かけるね。なにあれ?なんであんな格好なの?返り血浴びても大丈夫な服が流行ってるとか?」
「全然違います」

とんでもないことを言い始めた上司にツッコミをいれ,これ以上物騒なことを彼が考え始める前に,わたしは早口で説明した。

「あれは『サンタクロース』という人の格好を真似してるんですよ。今,侍の国は『クリスマス』というもので盛り上がっている
 そうです。『キリスト教』という宗教の行事なんですって」

かく言うわたしも,「クリスマス」を知ったのはつい最近のことだ。
今日この国に降り立つ前に,天人向けの旅行誌『大江戸ウォーカー』を読んで予習しておいたのだ。
…ここんとこ神威様はなにかと侍贔屓だから。
もちろんそれは「戦う対象」としての「贔屓」であって,むしろ贔屓にされる方はたまったもんじゃないだろうけど。
神威様は「贔屓」にしている人々のことなら,なんでも知りたがった。
まるで純粋無垢な子どもみたいに。

「へえ。侍が信じる宗教の祭なんだ」

神威様は俄然興味をそそられたようで,サンタクロースとトナカイを模したからくり時計を指差し,

「わかった!『サンタクロース』が神で,あの鹿みたいなのが眷属でしょ」
「…いえ。たしかに,彼らもクリスマスに降臨するのを待ち望まれる人達ではあるんですけど。違います」

目を輝かせて得意げに曰う上司を否定するのは,とても心苦しかったが,そこはやんわり否定しておく。
神威様は頭に片手を当てて,

「なーんだ。違うの?」
「『サンタクロース』は神様じゃなくて聖人です。鹿みたいなのは,トナカイという動物です。それに,『クリスマス』が
 『侍の宗教の祭』というのも語弊があるようで」
「そうなの?」
「はい。この国では『キリスト教』の信者は,わずか2%くらいなんですって。統計の取り方によっては,1%ということも…」
「ふーん?じゃ,その1%がこうして集まって来てるんだ」
「いえ…『キリスト教』の信者以外も盛り上がってるんですって…」

言いながら自分でも不思議に思えてきて,ついつい声があやふやなものになってしまう。
しかし,自分の興味あることに対しては非常にしつこい…もとい粘り強い探究心をもつ神威様は,

「なんで?」
「なんでって…えっと…?」
「なんで信じてもいない神の行事でこんなにまで盛り上がれるの?解せないな」
「…わたしに言われましても」

わたしだって,不思議なんですけど。
でも,神を信じてはいないけど,こういう煌びやかなイベントに心がワクワクする気持ちは,わかるような気がする。
というか,よくわかる。

「まあ,俺も神なんて信じてないけど」
「はい。わたしもです」
「だろうね。神を信じてる夜兎なんていない。それにしても,は詳しいね?クリスマスのこと」
「そ,そうですか?」

侍贔屓の上司のため,この国に降り立つ際はいつも時事情報やら流行物やらを事前に調べるようにしている。
今回も例によってチェックした結果,「12月の侍の国は,『クリスマス』で盛り上がっている」と知った。
クリスマスが宗教的な祭だと認識した当初は,「神威様にもわたしにも関係無いな」と思ったのだけど…。

「,俺の為に調べてくれてたんだね。エラいエラい」
「…頭撫でないでください。子どもじゃないんですから」
「イヤなの?」
「…イヤとは言ってないです」
「それなら,素直に喜びなよ。子どもじゃないんだから」
「…(わりかし大人だから素直になれないんですけど)」

調べていくうちに,
 【侍の国におけるクリスマスは,宗教的な趣旨はさておき,いわゆる恋人達の一大イベントとして広まっている】
 【イルミネーションも物凄く凝っていて街中が綺麗】
ということが分かり,わたしの好奇心はいたく刺激されたのだった。
なにせ『恋人達の一大イベント』だ。
ソフト肉食系(?)女子としては,常日頃からちょっと気になっている上司を誘わないテはない。

「信じもしない神の祭で馬鹿騒ぎするなんて,侍も大概いい加減だなあ。親近感わくよ」
「神を信じる信じないはともかく,侍の国では『クリスマス』が『キラキラと街が輝く時期』ってことは間違い無い
 ですよ。ほらっ,これを見てください!」

わたしは鞄から『大江戸ウォーカー』を取り出して,クリスマス特集ページを神威様に見せた。

「この広場の木々の枝には,ハート形のライトがたくさん付けられてるんですよ!しかも,正面から見ると,ハート形の
 ライトが集まって,更に大きなハート形になるんです!」

神威様はわたしの手から雑誌を取って,しげしげとそのページを眺めた。

「こんなの,いくらでも宇宙船から見てるじゃないか。ていうか星の方がよっぽどキレイだよ」
「…こんな形の星なんて無いもん」
「ふーん。この広場,ここから近いね」

そりゃその広場に向かうよう密かに誘導して歩いていましたから。
なんてことは億尾にも出さず,

「興味が有りますか?」
「ううん。興味無いよ」
「そ,そうですか」

にっこり笑って ばっさり切る。
神威様の得意技だ。
この十八番により,過去何十人の部下達の意見・提案が爽やかかつ無慈悲に却下されてきたことか。

(神威様と見たかったなあ…ハート形)

ちなみに,だ。
そのハート形イルミネーションにはジンクスがあったりして。
【ハート形イルミネーションと共にカップルが写真を撮ると,そのカップルはずっとラブラブでいられる】
…という。
ベタだけど。
ベタ過ぎるほどベタだけど。
というか,よしんば神威様が一緒に撮ってくれたとしても,そもそもわたし達は「カップル」じゃないし。
ジンクス適用外かもしれないけど。

「俺は興味無いけど,は興味あるんだよね?なら,俺が連れて行ってあげる」
「えっ」

軽々と白線を跳び越えるような口調で,神威様がさらりと言った。
言われたわたしはというと,驚いて思わず立ち止まってしまった。
神威様はほんの少し前で,わたしを振り返りきょとんと首を傾げた。

「…なにそのポカンとした顔。嬉しくないの?」
「いえ!…嬉しいです」

慌てて頭を横に振ると,神威様は肩を竦めて微笑んだ。

「それなら,もっと喜んだ顔しなよ。本当に素直じゃないよね,って」
「あの…嬉しいんですけど,少し意外で」
「なにが?」
「神威様が…その…ご自分の興味が湧かないことに,付き合ってくださるのが」
「付き合うよ」

彼の声のトーンが,心なしか張り詰めたような気がした。その小さな変化の真意を知ろうと,わたしはその瞳を黙って見つめた。
神威様の空色に近い青い目が,確かな熱をもって静かにわたしに訴えかけていた。

「『興味が無い』と『付き合わない』は必ずしも結びつくわけじゃない。
 たとえ興味が無くても,付き合う意味のあることには,俺は付き合う」

飛んでゆこうとしている風船の紐を掴むかのように,神威様は素早くわたしの手を握った。

「に付き合うことは,俺にとって意味がある。だから,付き合うのは当たり前」

行くよ,と宣言して神威様が歩き始めたので,必然的にわたしも歩みを進めることになった。
繋がれた手の熱さに,身体全体が心臓にでもなってしまったかのように物凄くドキドキする。

(…頬が熱い)

神威様は,わたしの気持ちに気付いているんじゃないかな…って時々思う。
そして,自惚れかもしれないけれど,勘違いかもしれないけれど「満更でもない」と思ってくれているんじゃないかな…と。
でも,本当は全然そんなことはなくて,ただ妹みたいに思っているだけかもしれないし。

(神威様は,わたしには優しい…でも…)

好きな人から優しくされるのは,本当に嬉しい。
とっても嬉しくて――ちょっと苦しい。



++++++++++++++++++++++++++



「わあ…」

そのイルミネーションを見上げた時,白い息と共に感嘆の声が口から零れた。
沢山の人達が行き交い集う広場の樹々には,赤やピンクや白のハート型のライトが幸福そうに輝いていた。
中央に聳える1番大きな木には,特に沢山のハートが飾られていて,真正面から見ると,小さな白いハートが集まって大きな
ハートの光を形作っていた。

「…とっても綺麗。宇宙船から見る星々とは,また違った美しさで」

大きなハート型イルミネーションの前は,写真を撮りたいカップルで更に混雑していて,あそこに飛び込むのはなかなか
骨が折れそうだった。
…でも,やっぱり神威様と一緒に撮りたいな。
あんなに綺麗なんだもの。

「本当。キレイだ」
「…ちゃんと見てます?」

神威様はイルミネーションをろくに見ることなくわたしに笑いかけて来るので,ちょっと不思議に思った。
すると,神威様は「やだなあ」と首をふるふると横に振って,

「見てるよ」
「こっち見てるじゃないですか」
「,光ってる」
「…わたしがですか?」

よく意味がわからず聞き返すと,神威様はわたしの頭の上に手をのせた。それから髪についた花弁を取る時みたいに,指先で
髪を柔らかく掬い上げた。
それがあまりにも優しい手つきだから――不思議にさえ思う。
この愛情深い手が血まみれになるところを,わたしはこれまでに何度も見てきた。
きっと――これからも見るだろう。

「髪とか肌とか。光できらきらしててキレイ」
「…神威様もですよ」

イルミネーションに照らされて,神威様の髪の毛が淡い珊瑚色に光っていた。
この美しい髪の毛が赤く染まるところを,わたしはあと何度見ることになるのだろう。
何度でも見たい,と思うわたしは,夜兎としては間違っていない。
何度でも見たい――出来れば,1番近くで。
誰を 何を 犠牲にしたとしても。

「それから,の目も。きらきらしてるよ」
「ふふ…神威様の目も」
「俺は,いつもと同じ」
「え?」
「ほらっ」
「…!」

思わず目を見開いたわたしに,神威様はぐっと目を近づけてきた。
あともう少しでお互いの睫毛がくっついてしまいそうな程の至近距離に,わたしは凝固して動けなくなってしまった。
視界いっぱいに神威様の顔が広がっていて,まるでその青い双眸に縫い付けられてしまったかのように,わたしの目も微動だに
できない。
彼の残酷な程に澄んだ碧眼を,瞬きも忘れてただ見つめ返すしかなかった。

「俺,を見る時はいつも目が輝いてるでしょ。だから,俺はいつもと同じ」
「…」

瞳と瞳でキスをしているかのような錯覚に溺れそうになる。
この深い青が,わたしだけを写してくれたら良いのに。
今みたいに。ずっと。

「神威様…」
「ん?」
「き,気のせいかわたし口説かれているような気がするんです」

頭の中の理性をかき集めて,わたしはなんとか足に力をこめ後じさった。
なのに,神威様はすぐにまた素早く間をつめて来て,やはり至近距離で,

「気のせいじゃないよ,おバカさん」
「ううっ…」
「でもバカなとこも,可愛いと思ってるよ」
「…」

…なんでそういうことをさらっと言うのかな,この人は。
とても困る。
本当に。困ってしまう。
彼はあまりにも素直過ぎるから,かえってわたしには分かりにくい。
物事の裏を考え,他人の顔色を観察して生きてきたわたしにとって,神威様の素直さは理解し難かった。
神威様から好意らしきものを素直に示されても,「本当なの?」と問い返したい気持ちがいつも湧き上がっていた。
かといって,実際に問い返す勇気も持ち合わせていなかった。



――それで 君は? は 俺をどう思っているの?



彼の目にそう問いかけられる。
思えば――今に限ったことではなく,神威様からこういう視線を向けられる機会は時々あった。
でも,いつもわたしは彼の真意を測りかねてしまい,困って黙り込んでいた。
そして――


「…そろそろ行こうか。寒くなってきたし」


神威様は,いつも見逃してくれていた。
わたしの弱さに目をつぶって,逃げ道を用意してくれていた。
今みたいに。
気付かないふりをして,話題をそらしてくれていた。
回りくどいことが嫌いで,すぐに白黒はっきりつけたがる人なのに。
わたしの心を,尊重してくれていた。


「わ,わたしの目が,きらきらしてるのだって…」
「?」


だから今日こそは――わたしも,素直になろう。
素直になりたい。


「その…わたしだって,いつもと,同じですよ」
「うん?」
「わたしだって…神威様を見る時は…」
「…」
「あの…」



あなたを見る時 わたしの目はいつも輝いているのです。



「俺を見る時は…,なに?」
「だ,だから…」
「ん?なに?」
「その…いつも…目が…」
「…」

黙って見つめ返されると,余計に言いづらい。
…というか,この人やっぱりわかってるんじゃないのかな。
わたしの気持ちなんて,とっくの昔に。
そんな「俺はなんにもわかってないよ」みたいな笑顔を浮かべられても,到底信じられないんですけど!

「も,もう良いじゃないですか。わ,わかるでしょう?」
「ダメ。わかんない。最後までちゃんと言って」
「いやです!絶対わかってるでしょう!」
「言わないと,一緒に写真撮ってあげないよ。ほら,あのでっかいハートをバックに俺と写真撮りたいんでしょ」

思わぬ反撃にわたしは仰天して聞き返した。

「ど,どうしてそれを…!?」
「あの雑誌に載ってたじゃないか。そうすれば一生ラブラブでいられる,って。は好きでしょ,そういうの。
 はこういう女の子らしいイベントを実は大好きだってことくらい,俺が見抜かないとでも思ってたの?」

ほら行くよ,と神威様は巨大ハート型イルミネーションの前までわたしを引っ張って行った。
そして,彼の望んだ言葉をわたしがいまだにはっきり口に出していないにも関わらず,神威様はわたしのデジカメをさっさと
構えて速やかに2人の写真を撮ってくれた。
『言わないと一緒に写真撮ってあげない』って言ったくせに。

――この人はいつだって 最後には 決まってわたしを甘やかしてくれているのだ。

とても嬉しいのに,感激しているのに,わたしの顔は可愛らしい表情をつくることも出来ない。
ただ 赤くなるばかりだ。

「って本当に素直じゃないよね。嬉しい時は素直に喜びなよ」
「…努力します」

かっかしてきた耳を押さえながら呟くと,神威様がやれやれと溜息をついた。

「うん。でも,素直じゃないとこも結構好きだよ」

甘い科白をいとも簡単に紡ぎだすこの人は,多分とんでもない誘惑力をもった悪魔だと思う。

「嬉しさを堪えてるんだろーなー,ってなんとなく分かるし。は素直じゃないけど,わかりやすいよね」
「…神威様は素直なのに,わかりにくいですよね」
「そう?かなり分かりやすくアピールしてたと思うんだけど」
「…」
「って,頭良いけどおバカだよね。考え過ぎてどん詰まるタイプっていうか」

寒いね,と言いながら神威様は自分がつけていたイヤーマフを外した。
言葉と行動が正反対だなあ,とほてった頭でぼんやり見ていたら,彼は外した耳当てをわたしの真っ赤な耳に着けてくれた。
神威様の耳の温度が,わたしの耳に伝わってくる。そして,



「でも,そういうところも好きだよ」



イヤーマフ越しにも聞こえるように神威様ははっきりとそう言った。
寒さを吹き飛ばすかのように,世界中に宣言するかのように,明確な意思をもって言ってくれたから…
…もう曖昧にして逃げることは出来ないし,そうしてはいけないと思った。
そうしたくもなかった。


「メリークリスマス,神威様」


わたしは雑誌で覚えたての言葉と共に,背伸びをして彼の頬にキスをした。
神威様の目が見る見る間に大きくなると同時に,顔も赤くなっていった。
きっとわたしの顔も同じくらいに赤いんだろうけれど。
すごくレアな神威様の照れた顔をよく見ようとわたしが身を乗りしたのと,神威様がわたしを抱きしめたのとは同時だった。
これじゃあわたしが神威様の胸に飛び込んだようなものだ。


「メリークリスマス,」


神威様も同じ科白を繰り返して,わたしを抱く腕に力を込めた。
真冬の夜の空気は幻のような乳白色から,じょじょに煌く雪の白金色へと変わり始めていた。
そして聖なる夜はどんな愛の告白も,素敵な色に染め上げてくれる魔法の時間だった。
幻と魔法の境目で,神威様とわたしはいつまでも抱き合っていた。




--------------------------fin.




2015/12/23 up...
りーや様リクエスト。
リクエストをお受け付けした当初は「高杉夢。和み系」とのことでしたが…
長い間お待たせしている内に(すみません!),「神威夢で和み系に変更出来たら…」とのお声をいただきまして。
神威単体の夢小説を書いたことがなかったのですが…いかがでしたでしょうか。
「和み系」ということ以外に特にご指定がなかったので,アップする季節的にクリスマスのお話にしてみました。
思えばヒロインが人外(=夜兎)なのも初めてです。そのせいかたまに感覚が変ですね,このコ。
油断するとヤンデレまっしぐらになりそうで,困りました。
ていうか神威が甘くてびっくりです。なにこいつ悪魔か(褒め言葉)。
あと,もうだいぶ前の話になりますがアニ銀の神谷さんの「今日からは――バカ提督です!」がすごくツボでした。
あの声で神威をだいぶ好きになりました。声優様ってすごい。
なにはともあれ,遅くなってしまい申し訳ありませんでした。メリークリスマス!