「うっ…ひっく…」
「え~と」
「ひっく…ううっ…」
「いやホントごめんな,」
Sweet Check
義務よりも権利,規律よりもプライバシーがやたらと重視される現代の小中学校および高校。
生徒に媚びる教師が増加した上に『モンスターペアレント』という名の,
「横文字にすりゃかっけーとでも思ってんのか!そんまま『怪物保護者』って呼んでみろよ!
それになあ,『ニート』ってとどのつまりは『ごくつぶし』だろーが!」
的な存在まで現われる始末です(後半部分は関係皆無)。
…とはいえ,昔からある「伝統」とか「慣習」とかそういうのを突然変えることができないのも
人間社会というやつです。いくら欧米からの受け売りで「人権」を叫んでみたところで,昔から
根付く義務は一朝一夕・一世紀では変わらないのが現状。
つーか変わるな。
保守的であれ,日本人よ!
…まァそれはともかく,です。
要は,いくらプライバシーがどーのこーの叫ばれたところで,昔からある慣習はなかなか無くなら
ないわけです。たとえそれが忌むべき慣習でも。例えば――
――『持ち物検査』
生徒の自由とプライバシーを尊重する(放任主義ともいう)銀魂高校では,個別の持ち物検査は
行われていません。
銀魂高校の場合『持ち物検査』とは即ち「部室のチェック&部員のロッカーの所持品検査」を
指しているのです。
ちなみに前回の持ち物検査では,剣道部がやり玉にあがりました。
部室に隠していたエロ本や夜の玩具を,銀八先生に見つけられてしまったのです。その時先生は,
「自分がどこに隠すかを想像すればなァ,見つけることは簡単なんだよ!」
と,ものすごく無意味に胸を張っていらっしゃいました。
結局いやらしい品々を没収された挙げ句,剣道部の全員が正座をさせられました。
でも…そこはやはり個性派ぞろいの剣道部です。一筋縄ではいきません。
黙って泣き寝入りをするどころか,怒鳴って寝込みを袋だたきにするような連中です。
正座で痺れた足をさすりながら,とても立派に反論しました。
「けど先生。俺達ァ健全な高校生男子なんで,エロ本の1冊や2冊くれェ読んで当たり前でさァ。
男だらけの部室に花とかぬいぐるみとか飾ってある方がよっぽどキモいんじゃねェですかィ?」
お気に入りのSMグッズを取り上げられ,むしゃくしゃしている沖田君が挙手しました。
すると銀八先生はちょっとすまなそうに苦笑いをしました。
「まあなァ…俺としても見逃してやりてェのはやまやまなんだけど。バカ校長に『手を抜いたら
給料下げる』って言われてんだよね。だから俺の給料のためにお前らは潔く諦めてくれや」
「なんっだそりゃ!自分の給料のために生徒を犠牲にすんのかよ!」
土方君も威勢良く叫びました。
彼のこの科白だけを聞くと至極真っ当な意見のように聞こえますが,彼もまた何か没収されたこと
には変わりません。一体何を没収されたのかは知りませんが,この瞳孔の開きっぷりから察するに
とても大事なものだったのでしょう(合掌)。
銀八先生は面倒くさそうに土方君に向って「しっしっ」と手を振ります。
「いや犠牲もなにも,そもそも学校に必要ねェもん持って来てんのはそっちだからね」
「異議ありィィ!先生だってジャンプとかお菓子とかいっぱい持って来てるでしょう!?」
大量のエロ本を隠し持っていた近藤君も,逆転裁判さながらに大声を張り上げました。
近藤部長の怒声に土方副部長,エース沖田君も一斉に援護射撃を始めます。
「俺ら知ってんだぞ!先生が服部先生とエロビの貸し借りしてっこと!」
「なんで教師はよくて生徒はダメなんでさァ?むしろ思春期の俺達にこそ必要でしょ?」
「あーもーうっせえなァ。わかったわかった」
銀八先生は両手を耳に当てて溜息をつきました。
「今回はもう仕方ねェから諦めろ。その代わり,次回の検査で何か注意を受けて没収されたら…
そのブツがお前らにとっていかに大切でいかに役立つものか…正当性をレポートにしろや。
こっちも納得できるような文章を書けてたらさァ,没収したもん返してやっから」
要は『反省文を書けば返してあげるよ』ということです。
青少年になかなか理解のある柔軟な対応と言えるでしょう。
銀八先生の提案に剣道部員たちも「まァそういうことなら…」と,とりあえずは納得しました。
しかし――
――これが後に起こる悲劇のきっかけだったのです。
++++++++++++++++++++
季節が1つ過ぎ去って…今回も剣道部の検査担当は銀八先生でした。
剣道部員たちは一致団結して対策を練ることにしました。
対策もなにも「検査の日だけヤバイもの持って帰ればいいだろ」って話ですが,彼らはそんなに
素直な青少年ではないのです。むしろ問題児軍団なのです。
「ここで持って帰ったら負けを認めたことになる」などとよく意味のわからない闘志を燃やし
ているのです。
で,持ち物検査の対策について。
検査の際には部員1人以上の立会いが求められるのが原則です。
いくら教師といえど,生徒のいない所で生徒の持ち物を検めることはできません。
そこで――
――立ち会い人として,剣道部員はを指名しました。
彼女は今学期に入って3年Z組に転入してきた女の子であり,剣道部のマネージャーになって
くれた清楚で可憐な女生徒です。
銀八先生からいたく気に入られていますし,どうやらも先生に対してほのかな恋心を抱いて
いるようでした。
というわけで。
『契約を結ぶ際には社内で1番の美人にお茶を入れさせろ』
という一般企業の接待ルールと同じ発想で。
少しでも有利に事を運ぶため,彼女に依頼をしたのでした。
お人好しなは二つ返事で引き受け,銀八先生が担当だと知ると嬉しそうに微笑みました。
今回の持ち物検査はスルーパスも同じだ,と剣道部の誰もが安心しきっていました。
そして――悲劇は起こったのです。
剣道部の部室はそれほど散らかっていません。
がマネになる前は,際どいポーズをしたグラビアアイドルの写真が掲示板に貼られていたり,
エロ本の付録についていたポスターが壁に貼られていたりしました。
テーブルの上には「ここはそっち系専門の本屋か」とつっこみたくなるくらいの数のエロ本が積み
重ねられていたし,防具棚の奥にはカラオケボックスやら焼き肉屋の割引券が入っていました。
さらにはラブホの割引券と,コンドームのバラになった袋が床に放置されていることもありました。
しかしがマネになって以来,部員達はそういうデンジャラスな品々はちゃんと自分のロッカー
の中に隠すようになったし,によって毎日部室の掃除が行われるようにもなりました。
そのため以前より格段にきれいになっていました(ロッカーの中以外は)。
「ん。良いんじゃね?やっぱマネがいると部室もキレイになるもんだな」
銀八先生の言葉には頬を染めてはにかみました。
毎日一生懸命掃除しているのを,好きな人に褒めてもらえたことが嬉しくて仕方がないようです。
「って掃除好きなの?」
「掃除が好きっていうか…部屋や物がきれいになっていくのを見るのが好きで」
「ふ~ん。じゃあさ~今度俺の部屋も掃除してくんない?」
「ぎ,銀八先生ったら…冗談でも生徒にそんなこと言っちゃダメですよ」
「いやいや~冗談じゃないって。にフリフリのエプロン着て部屋掃除してもらいてェわ」
もはやセクハラ以外の何ものでもありません。
自分の欲求を隠そうともしやがらない駄目教師です。
ムッツリスケベではなくガッツリスケベです。
どっちもどっちでキモイ存在です。
けれどもは所謂『恋は盲目』状態に他ならないため,銀八先生と2人きりで話しているのが
嬉し恥ずかしドッキドキなようです。
そう…『セクハラ』の定義は即ち「その女性に嫌がられるか嫌がられないか」という非常に曖昧で
紙一重なものに他ならないのです。
「は家事全般得意そうだよなァ。料理はする?」
「料理ですか?お弁当なら毎朝自分で作っていますよ」
「マジでか!今度俺にも作って来てよ」
「そ…そんなこと言ったら本当に作って来ちゃいますよ?」
「おう!是非作って来て!」
部室に2人っきりなのを良いことに,検査なんかそっちのけでイチャコラしています。
なんてしょーがない教師なのでしょう。
いや,「しょーがない」というよりむしろ「どーしよーもない」の方が適切でしょう。
この教師,さっきからことあるごとにの頭やら肩やらを触っています。
訴えられたら間違い無く敗訴するでしょう。
そして剣道部員がこれを見たなら,銀八先生は袋叩きにされるに違いありません。
でも,そこはそれ…『恋は盲目』状態な上に,少~し他の人よりのほほんとしているです。
銀八先生に触られても顔を赤らめるだけに留まっています。
「は良いお嫁さんになりそうだな」
「そ,そんなことないです…」
「そんなことあるって。絶対可愛い奥さんになるよ。そんで毎日パフェ俺に作ってくれる?」
「もう…か,からかわないでくださいよ」
「からかってないよ~?先生,超マジだからね。パフェの食べさせ合いっことかしたいからね」
なんかもう聞いててイライラしてきます。
これではただのエロおやじです。もはやエロ教師ですらありません。
でもの頭の周りでは「プロポーズされちゃった」とヒヨコがぴよぴよ鳴いていました。
…とどのつまりは,ただのバカップルです。
仮にも部室で何やってんだ,という話です。
でも「神聖なる剣道部の部室で何をやっているんだ!」とは全部員叫べません。
その神聖なる場所にエロ本を持ち込んだのは他でもない彼らなのですから。
さて,あとはロッカーをいくつか確認してもらえば終わりです。
そう…終わりのはずでした。
「よしっと。んじゃ適当に3つ選んでロッカーの中を見せて」
「はい!」
はまず自分のロッカーをお見せすることにしました。
隠さなくちゃいけないような物は特に入っていないからです…いたって真面目ちゃんなのです。
は他の部員と違って教科書をおきっぱなしにすることもありません。
タオルとTシャツ,ウエットティッシュ,デオドラントスプレー,洗顔フォーム,それにシューズを
入れているくらいのものです。
だからは何の躊躇もなくロッカーの扉を開き,その横に立ちました。
―――は知りませんでした。
今まで銀八先生は校長によって作成されたブラックリストから名前を選び,彼らのロッカーを開け
させていたのです。
そのため剣道部員は「真面目なのロッカーはチェックされないだろう」と予想していました。
そこで普段は個人のロッカーに入れている『デンジャラスな品々』を,あろうことかのロッカー
に入れていたのです。
しかし――銀八先生は部員たちの予想以上に邪まなことを考えていたのです。
に選ばせれば,真面目で優しい彼女のこと…必ず自分自身のロッカーを開くに違いない,と。
目の中に入れても痛くない程に可愛いのロッカーをチェックして,あわよくば何か適当に理由
をつけて私物を没収しちゃおっかな~なんて不埒なことを考えていました。
とんでもない変質者です。
教育者としてあるまじき変態っぷりです。
さっちゃんのことをストーカーだのなんだのと責められません。
つまり…部員たちが銀八先生の変人度を読み誤ったために起こった悲劇でした。
「…っ」
ロッカーの中を見てフリーズしてしまった銀八先生を前に,は首を傾げました。
先生はさっとロッカーから目をそらして,困ったように八の字型に眉を潜めています。
「…?銀八先生?」
は不審に思い,自分のロッカーを覗き込みました。そして――
「…ええっ!?」
中へ無造作に放り込まれているコンドームやラブホテルの割引券を目にして,の顔から一気に
血の気が引きました。
「やっ…!ああああのっ,これはっ…!」
「………あ~っと,だな」
ぽりぽりと首の後ろを掻きながら,銀八先生は言い難そうに口を開きました。
「…本っ当~~~に悪ィんだけどそいつら持って職員室に来てくれる?」
銀八先生もの様子で,何らかの手違いであることは察しました。
けれども今のは『剣道部代表』なのです。
立場上なんらかの責任をとってもらわなければならなりません…苦渋の選択でした。
は震える手で『デンジャラスな品々』を持ち,先生の後ろをトボトボついていきました。
偶然それを目撃した人達全員が,彼女に深く同情してしまうくらい悲しそうな表情をしていました。
でも,そのの前を歩く銀八先生もまた,今まで見たことのないくらい気まずそうな面持ちでした。
――そして,冒頭。
「え~っと…」
「うっうっ……ひっく」
想い人の前で,自分に非のない『デンジャラスな品々』をぶちまけてしまった恥ずかしさのあまり
は泣き出してしまいました。
職員室で話を聞こうと銀八先生は当初考えていましたが,道すがらが鼻をすすり上げ始め,他の
教師や生徒の視線に晒すのはあまりに酷に思えたため…自らの城=国語教科準備室へと彼女を招き
入れました。
「もう泣くなよ,。先生わかってっから。こいつらがのじゃねェって」
「…ひっく」
「わかってっから泣くなよ…なっ?」
銀八先生は優しく話しかけながら,泣きじゃくる教え子の頭をぽんぽんと撫でました。
「それで,だ」
の前に400字詰原稿用紙をゆっくりと差し出しました。
「…書ける?」
「か,書けませんっ…」
ふるふるとは頭を横に振りました。
…考えてもみてください。
コンドームの正当性を未経験のにどう書けというのでしょうか。
行ったことのないラブホテルの割引券の必要性をどう書けというのでしょうか。
書けるわきゃありません。
「つ,使ったことないのにっ…正当性なんてっ…ひっく…書けません」
「だよなァ」
銀八先生もそこのところはよく理解しています。
むしろ「スラスラ書き始めちゃったら俺どうしよう」と考えていたので,の至って純な返答に
内心ホッとしていました。
「あ~と…別に書かなくても良いぜ?」
「でっでも…書かなきゃ…返してもらえないんでしょ?」
「そうだけどさ。はいらないでしょ?」
「わたしのじゃ…ないけどっ…ううっ…没収されたら…困る部員が…」
「そりゃまァ返して欲しいだろうけどさ」
「だから…かっ書かなくちゃ…」
「…」
頬杖をついていた銀八先生の表情が少し変わりました。
先生のすぐ目の前で女生徒はぽろぽろ涙を流しています。
透きとおっていて,澄んでいて…たぶん,暖かくて。
きっとこのコは――今まで本当の意味で『傷を負ったこと』が無いんだろうな,と。
これからもずっとそうであればいいな,と。
このコが誰からも傷付けられずに生きていけたらいいな,と。
心からそう思いました。
けれども…それと同時に全く逆のことも思いました。
そう――逆のこと。
「…ホント可愛いね,」
「…ひっく…はい?」
「いや,なんでもね」
銀八先生は軽く首を振って,安心させるように二カッと笑ってみせました。
「わかった。提出は月曜日で良いから」
「うっ……待ってもらっても…」
は言いづらそうに言葉を濁しました。無理もありません。
いくら期限を延ばしてもらったところで,経験を積まない限りこればかりは書けないでしょう。
そんな彼女の呟きに,銀八先生はいたって爽やかに言いました。
「よし。先生が手伝ってやるよ」
「…?良いんですか?」
「うん。日曜日,空いてるか?」
「日曜は……はい,空いてます」
「んじゃ日曜日に一緒に書くの手伝ってやっから。今日は帰ってよし」
「ほんとに…?」
「ホントホント」
「あっありがとうございます!!」
は涙で潤んだ瞳で笑顔を浮かべました。
わざわざ休日を返上して生徒の作文を――しかも反省文を――手伝ってくれるだなんて,銀八先生は
素晴らしい教師だと思いました。
こんな人を担任に持った自分はなんて幸福なのだろう,と。
は幸せを深ーく噛み締めたのでした。
++++++++++++++++++++++++++
んで,部活動も全て終わった遅い放課後。
が玄関広場で革靴を履いていると,
「嬢!」
背後から自分を呼ぶ声が聞こえ,そちらを振り返りました。
「あっ沖田君!」
同じ剣道部のエース(切り込み隊長)がこちらに走り寄って来ます。
彼にしては珍しく大変焦っているようです。
沖田君はの前に立つと,ぱんっと両手を合わせて頭を下げました。
「近藤さんから事情は聞きやした…マジですいやせん!」
「ううん。わたしも確認しておかなかったから。気にしないで」
は微笑んでふるふると頭を左右に振りました。
本当にとても優しい心の持ち主なのです。
こんないたいけな少女の手に『デンジャラスな品々』を持たせたことを思うと,さすがの沖田君も
胸を痛めずにはいられなかったようです。
「けど…反省レポート書かなきゃならねェんでしょ?」
「大丈夫。提出は月曜日で良いって。それにね,日曜に銀八先生が書くの手伝ってくれるって!」
「…銀八が?」
(書くの手伝うって…)
コンドームとラブホ割引券の正当性を説明するのを…どうやって手伝うというのでしょうか。
「おー沖田。お前まだいたの?」
「銀八先生!」
飄々とした声と共に件の教師が姿を現しました。
想い人の登場には――もし彼女が犬だったならば尻尾がぶんぶん揺れているにちがいない,という
くらい――嬉しそうに笑いました。
「あの…センセー」
「ん?なんだよ?」
「嬢の反省文…手伝うって?」
「ああ,まァな。可愛い教え子のためにさァ」
「ありがとうございます!」
「いえいえ」
「…」
沖田君はほど純でもなければ,ぼんやりでもありません。
先生の微笑みの裏にある邪まな企みを即座に理解しました。
そうなのです――
――銀八先生は没収したコンドームとラブホの割引券を,さりげなく鞄にキープしていました。
「今回は大目に見てやるよ,剣道部」
「……そりゃどーも」
同級生の純潔が奪われようとしていることを,沖田君は的確に読み取りました。
よほど「今ここでこの教師を亡き者にしてやるか」とも思いました。
だがしかし,です。
結局のところにはベッタベタに甘い銀八先生です。
彼女が本気で嫌がるようなことはしないにちがいない,とも思いました。
「それではさようなら!銀八先生!」
「おー気ィつけて帰れよ」
「…」
とりあえず,週明けの同級生の様子をよく見ておこう,と。
沖田君は心に決意すると同時に,
「俺達の部室よりも…検査すべきなのはあいつの頭ん中だろィ」
良い奴なんだか悪い奴なんだか,いまいちわからない担任に溜息をつきました。
――まあなんにしろ。
週明けの彼女は『要チェック』。
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2009/01/24 up...
銀八先生の「おーい 誰でもいいから笛かせ できれば女子」は名言だと思います(笑)。