勉強熱心
長期の出張から屯所へ戻り,隊士らの待機部屋を横切ろうとした時,1人の女中の姿が目にとまった。
その女中はなにやら熱心に手元の本に読みふけっていて,僕が近づいても全く気付く様子がない。
ちなみにそんな彼女の側には,スイッチを切られた掃除機が一休みしている。
…見るからに『掃除している最中に気になる雑誌を見つけて手が止まっている主婦』だ。
僕は苦笑しつつ,彼女に話しかけた。
「掃除しているんじゃなかったのかい,君?」
「わあ!!」
急に声をかけられて驚いたのか,君はひどく慌てた様子で僕を振り返った(しかもその拍子に
掃除機を派手に倒した)。
「いいいいい伊東さん!!!!かかかかか帰っていらっしゃったんですか!!!」
「…?慌て過ぎだろう?何をそんなに真剣に読んで…」
「あああ!!違うんです!見ないで下さい!」
「は?………あ」
君の手元を覗き込んで,その本の『内容』に気付いた。
どうして彼女がこんなにも慌てているのか,一瞬にして合点がいった。
「成人向け漫画か…」
「ちっ違うんですよ!わたしのじゃないですよ!!」
「いやそれはわかっている」
おそらく掃除している最中に,隊士の誰かが隠したものを見つけてしまったのだろう。
僕が「まったく誰のものなんだか」と言うと,彼女は少しだけホッとしたような表情になった。
が,なにやらハッとして直ぐにまた必死の形相になった。
「しっ真剣に読んでなんていませんよ!ただちょっと『あれ?これ何かな~?』って思って読み始め
たら止まらなくなっちゃって」
「…止まらなくなったのか」
思わずつっこむと,君は「しまった」という顔をした。
しかし,さらに機関銃のごとく言葉を立て続けに連射した。
「だ,だっておかしいですよ,こういう雑誌の漫画に出てくる女の人!こんなに胸の大きな女なんて
普通いません!人としておかしいです!メロンどころかスイカじゃないですか!かえって気持ち
悪いです!」
「…気になるのはそこなのか」
「だって胸っていうものはそもそも授乳のための器官なんだから,こんなに大きかったら赤ちゃん
窒息してしま」
「わかった。わかったから…捨てて来なさい」
僕が制止すると,彼女はなぜか目を丸くした。
「えっ?捨てちゃうんですか?」
「なんでそこで聞き返すんだ」
「捨てるならもらって良いですか?」
「ばっ…!」
ずっこけそうになるのをなんとかこらえ(イメージというものがあるからな),僕は眼鏡の真ん中を
指先で押し上げた。
「…何を馬鹿な。何故こんな本を欲しがるんだ?」
「実はわたし今までこういうえっちな本読んだことなかったんですよ。知らないことばっかりで…
勉強しなくちゃいけないってことがよくわかりました。だから捨てるなら,」
「だっ駄目だ!君にはまだ早い!」
「早くありません!わたしはもう結婚できる年なんですから!」
そ,そうだった…君はたしか沖田君と同じ年齢だった。
…けれどもダメだ。絶対にダメだ。
他の誰が読もうとも別に構わないが,彼女がこんな汚れた本を読むのは――我慢ならない。
「そ,そうかもしれないが,駄目だったら駄目だ!!」
叫びながら本を取り上げると,君は不満そうに大声をあげた。
「あーーー!!そんなこと言って伊東さん,それパクるつもりですか!?ずるい!」
「違う!断じて違う!!」
「ストイックそうな顔して伊東さんだって読んでるんでしょ!?それとも伊東さんはエロ本派じゃ
なくて動画派ですか?!」
「ろくに読んだこともないのにどうしてそういう言葉がぽんぽん出て来るんだ,君は!!」
それから小1時間不毛な押し問答が繰り広げられ,なんとか君からその本を取り上げることに
成功した。
しかしそれにも関わらず,再度本を手に入れようとゴミ捨て場をウロウロしている彼女を発見し――
――僕はずっこけた(もはやイメージを考える余裕もなかった)。
そんな彼女の首根っこを捕まえて『収集業者が来るまで外出禁止』を言い渡すと,途端に彼女は拗ねて
しまい,その日は一度も目を合わせてくれなかった。
…そんなに欲しかったのか。
――そして,その後。
僕の提言で局中法度に『青少年に悪影響を及ぼす性的な書籍の持込禁止』が新たに加えられたのだった。
2009/05/16 up...
三代目・拍手お礼夢その1。