説明不足
白いシースルーのワンピースを着た女性が,ベッドの上からわたしの方を見ている。
色白・黒ロングヘア・寂しげな瞳…そしてなぜか襟元がはらりと着崩れて,ふくよかな胸がこぼれて
いる。いやまあ襟元がどうであろうと服がシースルーだからね,そもそも。
既にいろいろと見えてしまっているわけで。
純情で清楚な顔立ちをしているのに,体はなんというか…すごい。
顔は淑女,体は娼婦。
そんな女性がベッドに寝そべってわたしを見ている。
――もとい,そんな写真がたくさん載った『御本』をわたしは見ている。
ふと背後に気配を感じ,わたしは振り返った。
「あ」
「…」
その瞬間,微妙に細められている高杉さんの右目と目が合った。
彼は包帯で隠れかけた眉間に皺を寄せて,なんともいえない複雑な表情で口をへの字に結んでいた。
不機嫌というわけではないけれど,かといって機嫌が良さそうにも見えない。
敢えていうなら――『ばつが悪そう』といったところ。
「…」
「…」
「…」
「…」
「…あの」
「…なんだ」
「…その『なんか文句あるのかよ』的な視線を止めてもらえますか」
「…」
わたしがそう言うと,高杉さんはぴくりと目元を強張らせてあさっての方向を見た。
なにやら「そんな視線してねーよ」とぼそぼそ呟く彼の前で,わたしはその本をパラパラとめくった。
「高杉さんもやっぱりこういうの読むんですね~」
「…大抵の男は読むもんだろ」
「そうらしいですけど…」
ふとあることに思い至って,わたしは訊いてみた。
「ってことは,万斉さんも読むんですかね?」
「読むだろ。あいつはムッツリだからな」
なにもそんな0コンマ2秒で即答しなくてもいいのに!
「え~…なんかショックです。高杉さんはともかく万斉さんは清潔な感じがするのに」
「オイ。てことはなにか。俺は不潔な感じなのかよ?」
「(無視)万斉さんはどういうの読むんでしょうか?人妻系ですか?」
「知るかよ。…つーか人妻かよ。人妻が好きなのはヅラだぞ」
「(再無視)似蔵さんは…そもそも読むことができませんもんね。武市先輩は……やっぱりロリ系
なんでしょうか?」
「やめろ。想像させんな。怖ェだろうが」
「ごめんなさい。わたしも自分で言ってて怖くなりました」
背筋にブリザードが吹いたところで,わたしはもう1度その本に目を落とした。
件のページの女の人を「これっ」と指差して,
「とにかく高杉さんはこういう清純そうな女の人が好きなんですね?」
「…別にそーでもねェよ」
「うーん。わたし,頑張らなくっちゃ」
「…なにをだ」
「清純な女になるまで高杉さんとは何もしません。んじゃさよなら」
すっくと立ち上がって部屋から出ようと試みた。
けれどもそれは,背後から肩をつかまれたことで阻止された(チッ)。
「待て…お前ェひょっとして怒ってんのか?」
高杉さんはわたしの肩をがっちりつかみ,眉間の皺をさらに深めて訊いてくる。
そんな彼にむかってわたしはニッコリ笑ってみせた。
「なにも怒ってませんよ。だからどうぞご自由に。清純な女と脳内でチョメチョメして右手と仲良く
してください」
「…怒ってんじゃねーか」
ひくっと頬をひきつらせ,彼はわたしを諭すかのようにゆっくり話し始めた。
「いいか,…男ってのはな,こういうのを読む生き物なんだよ。たとえその手の本を読まなかった
としても,そういう奴は携帯とかパソコンに画像やら動画やらを保存してんだよ。それがふつ,」
「高杉さん」
「…なんだよ?」
わたしが遮ると,高杉さんは『渋々』といった様子で黙った。
「男の人がえっちな本を読むことは,まあ仕方ないとしましょう」
「…おう」
「わたしが怒っているのは,そういう本をろくに隠しもせずに自分の女を部屋に通せるあなたの面の
皮の厚さです」
「…」
ぐうの音も出ない,とはこのことだろうか。
高杉さんはそのまま石化した(あくまで比喩だけどね)。
その見目麗しい石像に,わたしはもう一度爽やかに笑いかけた。
「わかっていただけたところで,さよなら」
「…待て。悪かったから,とにかく待て」
それから1週間,高杉さんとは口をききませんでした。
次に彼の部屋に入った時,その手の本はきれいさっぱり(どこかに)片付けられていました。
――そういうもんだとわかってはいるけど,納得できない時もある。
2009/05/16 up...
三代目・拍手お礼夢その2。