タイミング
苺牛乳とジャンプを買って,鼻歌を歌いながら家へ帰ったら,愛しのお嬢ちゃんが部屋にいた。
思わず頬がにやけるのを自覚しつつ,こっちに背中を向けテレビを見ている彼女を驚かそうと,そっと
忍び足で近づいた……が。
―― やっ…!あんっ…
の背によって隠れているデジタル画面。
しかし,その漏れ聞こえてくる音声には確かに聞き覚えがあった。
いや,聞き覚えがあるっつーか……んん!?
―― あっ…ふぅっ…
―― んっ…く,くすぐったいよ…
覗き込んだ画面には,裸のおねーちゃん(生クリームたっぷり)が,ちょめちょめ…
そうそう,この後が特にあれそれドレミでそりゃもうかなりイイ感じで…
……………って!!!!!!
「何見てんのォォォォ!!??」
「ひゃあああ!!!」
思わず絶叫したら,もまた驚いて座布団の上でリアルに跳び上がった。
そしてこっちを振り返って,不自然極まりない笑顔を浮かべた。
「あっ……お,おかえりなさい,銀時」
「いやいやいや!おかえりは良いから,とりあえず止めろ!お願いだから!」
「はっ…はい!」
俺が叫ぶと,は慌ててリモコンの停止ボタンを押した。
途端に音声が途絶え,画面が真っ黒に染まる。
「…」
「…」
とんでもなく気まずい空気が俺との間に停滞する。
「DVDを再生したら…あの…」
先に口を開いたのは彼女の方で,冷や汗だらだらの俺に向って彼女は頭を下げた。
「その…勝手に見てごめんなさい」
「いや謝られてもなんか変な感じするから…ていうかむしろ俺の方が謝りたい気分だから!マジで
ごめんなさい!」
「う,ううん…」
「わっ悪かったな?ほんとに…その…できればきれいさっぱり忘れて欲しいんだけど」
「…」
は頬を赤らめて俯いている――まァ無理も無ェか。
つーかなんでそのままにしといたんだよ,俺!!!
うっかりだ。マジで。うっかりだよ。悪気は無かったんだよ。そういうことってあるじゃん,誰でも。
赤く染まった顔を上げ,彼女はおずおずと口を開いた。
「あの…銀時」
「ハイ」
なぜかお互いにきちっと正座して,向かい合って座る。
「銀時は…その…」
「…ハイ」
一体何を言われるのか――脇にも背中にも滝のような汗が流れた。
「銀時はその…普段,我慢してたりする?」
「…なにを?」
「だから…あの…普段スる時に…もっと…」
「ん?なに?」
はごにょごにょと呟いていて,どうにも声を聞き取りづらい。
俺が耳を近づけると,彼女は意を決したようにキリッと目を強くした。
そして――
「本当はこういうことシたかったりするの?」
間。
「…………は?」
誰が?
誰に?
何を?
アホみてェにぽかんと口を開いた俺の前で,は真剣に再度訊いてきた。
「こういう…生クリーム塗ったり…ごにょごにょ…のがシたいの?」
「…え…いや…別に…(なにも現実にこれを求めてるわけじゃないっつーか。そりゃできるもんなら
ちょっとやってみたいけど)」
「シたくないの…?」←不安げ
「いやシたいわけでも,シたくないわけでもないっつーか」
「どっちなの!?」←短気
「え゛!…そりゃどっちかってーと…まァ…シたい…かな」
「…!」
俺が「シたい」と口にした瞬間,の顔はいよいよトマトのように燃え上がった。
いや『燃え上がったトマト』なんて見たことねーけど!
もじもじと身を動かして,困ったような恥ずかしそうな表情で俺を見つめてくる。
…ちょっと待って。何この雰囲気?
いやホント何この空気?
ていうか…え?
「シたいんだ?」
「…まァ(改めて訊かれるとなんか超恥ずかしいんですけど!)」
「…」
はぷいっと俺から視線を逸らした。
トマトの頬を少しだけ膨らませて――
「…いいよ」
間。(テイク2)
「…………は?」(これも2回目)
「今日。こういうのシよ」
「……………はああ!!!???」
俺が叫び声をあげても,は至って真面目な目でこっちを見つめてくる。
いやそんな目で見られても!!!!
ていうか…え?
「お前ェ何言ってるかわかってる?」
「わ,わかってるよ」
「いやいやいや!わかってねーでしょ!!!」
「…い,嫌なの?」
嫌なわきゃねーですけど!!!
「…そっか。銀時は女がこういう積極的なこと言うの,嫌いだもんね」
俺が混乱しまくっていると,はしょんぼりしたように項垂れた。
……え?
ていうか……え??
彼女は弱々しい笑顔を浮かべて,俺に向って再び頭を下げた。
「ごめんね。やっぱり忘れて?わたしも忘れるから」
「あ…」
立ち上がって踵を返した彼女の背中は,ものすごく小さくて寂しそうだった。
「待て待て待て」
呼び止めてその背中をぎゅっと抱きしめると,の肩が微かに震えた。
「その…良いんだったら,いただいちゃうけど?」
「…!」
俺の腕の中で,彼女は頭だけ振り向いた。
こっちを見上げる瞳が心なしか潤んでいて,なんというか――きゅんときた。
それで調子にのって,俺はさらに耳元で囁いた。
「なァ」
「…や,やっぱり駄目」
「へ?」
もぞもぞと動き,は俺の腕を解き…一歩距離を置いた。
ていうか……え?(今日何度目だよこれ)
唖然としている俺に対して,彼女は早口で言った。
「よ,よく考えてみたらああいう風に食べ物を粗末にするのは良くないと思うの」
「…は?」
「や,やっぱり無しね!は,恥ずかしいし!さっきはどうかしてたの!忘れて!」
「…」
いや…たしかに…
食べ物粗末にするのは良くねーけど。
それに,が大胆な発言をするのも珍しいけど。
そりゃ恥ずかしいかもしれねーけど。
いやでも…え?
でも…でもさァ…でもさあああああ!!!!
「ちょっとちょっとちょっと~~~!待って!マジで待って!せっかくその気になってくれたのに,
つーか銀さんもその気になったのにそれは無いって!」
「ただいまアル」
「只今帰りましたー」
「…あ!かっ神楽ちゃん,しっ新八君!お,おかえり~!」
「って,ちゃんんん!!!???」
(ぐだぐだ考えてねーで『する』って言えば良かったァァァ!!!)
何事もノリとタイミング。
2009/05/16 up...
三代目・拍手お礼夢その3。