「グスッグスッ…」
(…はい?)
「またしてもやられたよ…今作も,大人の鑑賞にもたえうる映画だ」
(…えっ?)
「いや大人にこそ見てほしい映画だ」
「…」

どうしよう。

「グスッグスッ…」

――少しずつ温めてきたわたしの大切な片想い。
――本日かつてないほどの大ピンチを迎えました。



君の泣くとこ,笑うとこ



「はぁ~…」
「ちょっとチャン。人の目の前でそんなに溜息つかないでくれる?結構不愉快だから」

ぽかぽか陽気の昼食時。わたしは駅前の定食屋で銀さんと一緒にご飯を食べていた。
いつもならこの時間帯は屯所内の食堂で,右に左に働きまくってるんだけれども…今日は非番。
ちょっと相談したいことがあって,銀さんと一緒にランチタイムを過ごしているわけなんだけど。
わたしは銀さんが食べている物をちらりと見た。

「…目の前でそんなもの食べられる方がよっぽど不愉快だよ,銀さん」
「はあ!?てめっ宇治銀時丼を馬鹿にする奴ァ許さねーぞコラァ!!」

いたってもっともなわたしのツッコミに,銀さんは心底怒ったみたいだ。
銀髪天然パーマを逆立てんばかりにわたしを睨んでいる。
その様子を見て,わたしはある事に思い至って――さらに憂鬱な気分になった。

「…そうだよね」
「あ?」
「自分が好きな物を馬鹿にされたらそりゃ怒るよね…たとえ犬のエサにさえならない代物でも」
「もしもし??今すんごい失礼なこと言ったよね?すんごい無礼なこと言ったよね?」
「自分の好きな物を理解されないって辛いよね…どうしたらああいう味覚になれるのかなあ…」
「もしもーし?」
「問題は味覚だけじゃないよ…あの感覚も絶対変。おかしい。普通あんなんじゃ泣かないよ」
「おーい」

(どういう風に育ったらああなるんだろう?)
わたしは愛しい人を思い浮かべて,もし小さい頃から一緒にいたなら同じ感覚を持てたのかなあ,
なんてことを考えた。でもそんなこと今となっちゃ無理だ。今できることをやるしかないんだ。
『過去』はどうにもならなくても,『今』をどうにかすることはできるはず。
そして『今』は『未来』へ繋がるはずなんだ!

「というわけで銀さん!わたしに協力して!!!」
「なっにが『というわけで』だよ!全然話が見えねーんですけど!?」

わたしはすっかり盛り上がって銀さんの方に体を乗り出したけど,なぜか銀さんは逆にドン引き
していた。そういえばまだなにも説明してなかったんだっけ。わたしはひとつ咳払いをした。

「わかった…仕方ないから順を追って説明してあげようじゃないの」
「なんで上から目線なんだよ」

半眼でつっこんでくる銀さんを無視して,わたしは言葉を続けた。

「この前土方さんと…いっ一緒に出かけたんだけどね」
「あー初デートね。どうだったよ?」
「でっデートじゃないよ!!!付き合ってないもん(今のところまだ)!!!」
「はいはい。それでどうだったんだよ?まあ何か問題があったからンな溜息ついてんだろーけど」
「ううっ」

なんか今日は痛いこと言うね,銀さん。いやわたしが勝手に痛がってるだけか。
わたしは地味にずきずきと胸を痛めながら,再び口を開いた。

「映画をね,観に行ったの」
「いいねぇ。初デートのセオリーに乗っ取った無難な選択だな,うん」
「『続・となりのペドロ――トンネルのむこうは刑務所でした――』を見たんだけど」

あの時のことを思い出して,わたしはまたもや深い溜息をついてしまった。
ああ…幸せが逃げちゃう。逃げないで~幸せのオジサン。
わたしの中で『幸せの妖精』はオジサン仕様だ。『白雪姫』の7人の小人的な。
いやそんなことはどうでもいい。
わたしは自分の前にあるチャーハンに,ぐさりとレンゲを突き刺した。

「『えっ普通そこで泣く?』ってとこで泣くの…土方さん。わたしは全然泣けなかったんだけど」
「はあ」
「しかも『はっ今の面白い?』ってとこで笑うの…土方さん。わたしはむしろ泣いたんだけど」
「ほほう」

レンゲの上にたくさんチャーハンを乗っけて,それをぱくりと口に運ぶ。
胡麻油が効いていてすごく美味しい。もぐもぐと頬張りつつ,

「これって…価値観の違い?感性の違い?ていうか両方なの?」
「う~んと」
「わたしもう本当に悩みまくっちゃって」

ごくりとチャーハンを飲み込んで,水を一口して喉を潤す。
そして,レンゲを持った方の手をわたしはグッと力強く握り締めてみせた。

「わたしも土方さんと同じ価値観とか感性を身につけたいの!!!」
「は?」

それまでふむふむと頷くばかりだった銀さんが,今度は目を点にした。
それに構わずわたしは銀さんに向って両手を合わせた。その拍子にレンゲから米粒が落ちたけど
とりあえずスルー。

「だからお願い銀さん!わたしにその感覚を教えて!!」
「えっ何?感覚?」
「新八君から聞いたよ。『銀さんと土方さんはなんだかんだで思考が似てるんですよ』って」
「……ふうん」

銀さんは自分でも思い当たる節があるのか,嫌そうに顔を顰めながらも否定はしなかった。
それを確認して,わたしは箸を持つ銀さんの手をぎゅっと握った。

「だからね,わたしと一緒にDVD見よう!」
「はあ?」
「これを見て!」

わたしは持ってきた紙袋の中から,どーんと(って程でもないけど)5枚のDVDを出してみせた。

「土方さんお勧めのDVDよ。きっと銀さんが泣くところは土方さんも泣くところだと思うの。
 銀さんが笑うところは土方さんも笑うところだろうし。わたしはそれを研究するの!そんでもって
 その感覚を完璧に身につけてみせる!!!」
「待て待て待て待て!!!」

一体どうしたのか,銀さんは両の手のひらをこっちに向けてぶんぶんと振った。

「えっ何?」
「『何?』じゃなくて…あのなァ」

わたしがきょとんとして見つめると,銀さんは「あ~」と唸りながら頭を掻いた。
そんなに変なこと言ったかなあ,わたし?
結構必死で考え出した作戦だったんだけどな。

「なあ…なんでそんなにあのマヨラーと同じ感覚になりたいわけ?」
「なんでって…そりゃ,」

銀さんの問いかけに一瞬わたしの喉は詰まる。
でも…理由は決まってる。理由なんて1つしかない。
わたしは椅子に座りなおして,銀さんの目を真直ぐに見据えた。

「好きな人とは同じ感覚を持っていたいんだもん。一緒に笑いたいし,一緒に泣きたいもん」
「そりゃ随分と健気な心がけだ。でもさ,べつに何から何まで同じじゃなくて良いんじゃねーの?
 違う人間なんだからさ」

銀さんはそう言いながら丼に残っている小豆(とご飯)を口にかきこみ,ふと出入り口の方を見た。

「それに…」

何かに気付いたように銀さんの目が丸くなり,そしてなぜかニヤリと笑った。

「感覚が違うってことじゃ怒らねーけど,他の男と一緒にDVD見るってことには怒るぜ,俺なら」
「えっ?」
「オイ…なにやってんだ」

聞き慣れた声――のはずなんだけど,えらくドスの効いた声が聞こえて,わたしはそっちを振り返った。

「土方さん!!!」

たぶんパトロール中なんだと思う,隊服姿の我らが鬼副長がこっちに歩いて来る。
その足取りを擬音化するなら『ズカズカ』といった調子で,なにやらご機嫌ななめだ。
土方さんは席の横に立つと,わたしと銀さんを交互に見た。

「なにやってんだって訊いてんだよ」
「なにって…見てのとおりチャーハン食べていますけど」
「…」

わたしがそう答えると,土方さんはチャーハンの皿を見た。そして袋に入っているDVD5枚を見て
目を見開いた。いや違う。目が開いたっていうより,むしろ瞳孔がガン開きになった気がする。
どうしたんだろう…ちょっと怖いんですけど。

「…行くぞ,」
「えっうわっ…ちょっ」

有無を言わさず土方さんはわたしの腕を引っ張って立ち上がらせた。そのまま歩き出そうとするから,
わたしは慌ててDVDの入った袋とバッグを掴んだ。

「ちょっと待って…!あ,銀さんお代ここに置いとくからよろしく!」
「お~頑張れよ~」

気の抜けた声を発しながら,銀さんはひらひらとわたしに手を振った。
そのまま土方さんに引き摺られるようにして,わたしは定食屋を後にした。




しばらくの間わたし達は無言で歩き続けた。
真昼間の往来を,一言も交わすことなくズンズンと歩く2人。しかも1人は真選組副長。
はっきり言ってかなり目立つ。道行く人々の視線がなんだか痛い。
(ど,どうしよう…)
話しかけようともしたけれど,土方さんの雰囲気というかまとっているオーラがなんだか怖くて,
わたしは結局少しも声を出せなかった。
だから先に口を開いたのは土方さんの方だった。

「なに話してやがったんだよ,万事屋と」
「な,なにって…」

こちらを見ることなく訊いてくる土方さんに,まさか「あなたのことです」とは言えない。
かといって適当な嘘が通じるような人じゃないってことも,知っている。

「えっと…ひっ秘密です」
「…あ?」

苦し紛れにひねり出したわたしの言葉に,土方さんは足を止めてこっちを振り返った。
自然とわたしの足も止まる。
おそるおそる顔を上げると,土方さんは見事なほどくっきり頬に青筋を浮かべている。
これは…やばい。本当にかなり怒っている。
(でもなんで??)

「…俺が貸したDVD」
「はい?」
「あの野郎と見るつもりだったのか?」

おそろしく低い声で土方さんが訊いて来る。もはや詰問だ。いや尋問だ。
『どんな肝の据わった攘夷志士もすべてを喋ってしまう』といわれる副長の尋問。
肝が据わってるわけでも,ましてや志士でもないわたしに耐えられるがわけない。

「えっと…まあ」
「…」

恐々頷くと,副長の眉間に寄った皺がさらに深いものになった。
って,一体どう答えればよかったんですか!?ちゃんと正直に答えたのに!!!
道の真ん中で立ち止まったわたし達に,好奇と不審の視線が集中する。

「気にくわねェ」

ぼそりと呟いたかと思うと,土方さんは周囲の人間を見てチッと舌打ちをした。
そして再びわたしの手を引っ張って,人目につかない建物と建物の間に足を踏み入れた。

「あっあのっ?」

入り込んだ路地裏は日の光があまり射さず,心なしか空気がひんやりしている。
間隔が狭くて,向かい合った土方さんとの距離が必然的に近くなる。
影色に染まっている土方さんの顔を,わたしは内心どきどきしながら見上げた。

「…お前,あの野郎に惚れてんのか?」
「はあ!?」

思わず大声をあげてしまった。
だって今まさに目の前のあなたに胸をどきどきさせてるのに…なんでそんなこと訊くかな,この人は!
わたしは少しだけ苛々して…というより思いが伝わっていないことが悲しくて,声を荒げた。

「んなわけないでしょう!!」
「なら,なに話してたんだよ!」
「だ,だからっそれは秘密…」
「あの野郎には言えて俺には言えねェのか?」
「い,いやそういうことじゃなくって…」
「言えよ。言わねーと…」

言葉を途切れさせると,土方さんはあろうことかわたしの顔にグッと自分の顔を近づけた。

「…!!!」

溜息のような叫び声が,わたしの唇から微かに漏れた。
睫毛が触れそうな程の至近距離で,漆黒の双眸がわたしの目を射抜く。
少しでも動けば唇が触れ合ってしまいそうで,身を凍らせざるをえなかった。
金縛り状態のわたしの眼前で,土方さんの唇が動いた。
温かい息が――かかる。
わたしの唇に。


「奪うぞ」


心地のよい低音で囁かれて,頭がくらくらした。
『奪われて構わない』と思った。
むしろ『奪って欲しい』と。

わたしは――この人が好きなのだから。
どうしようもないほどに。
この人を好きなのだから。

このまま言わずに奪われてしまおうか…馬鹿な考えが頭をよぎり,わたしは目をぎゅっとつぶった。
やっぱり…嫌だ。というかそんなの駄目だ。
こんな尋問の延長のような流れでキスされるなんて嫌だ。
『気持ち』のないキスなんて,そんなのお互いにとって駄目だ…不幸だ。

「言います!言いますから!!!」

わたしは渾身の力を込めて土方さんの胸を押し返した。男と女じゃ力の差が歴然で,ほんの少ししか
土方さんは動かなかったけれど,それでも2人の間に隙間ができてホッとした。
でも土方さんはそれも気にいらないらしく「言う」と言ったにも関わらず,瞳孔を開かせたままだ。
その目に多少びくつきながらも,わたしは精一杯強気な声を出した。

「ひっ土方さんのことを相談したんです!」
「は?俺?俺のことって…なんだよ?」

全くの予想外だったのか,土方さんは尖らせていた目をわずかに丸くした。
その反応で,この人はわたしと感動のツボが違うことなんか全然気にしてなかったってことが
わかって悲しくなった。

「こっこの前一緒に映画観に行った時…あ,あまりに感動のツボが違ったから」

情けないくらいどもったわたしの声で,湿気を帯びた空気が震える。
向こうの通りを走る車の窓が反射するのか,時々路地裏にも光がちかちかと差し込んでくる。

「同じとこで泣けなかったし,同じとこで笑えなかったし…それが悲しかったから。
 どうしても同じとこで感動したいと思って」

土方さんの視線が,突き刺さるようにわたしへ向けられている。
顔を上げなくてもわかる。
だからこそ顔を上げられない。

「銀さんは土方さんと思考が似てるって聞いたから…銀さんが感動するとこをチェックしたら
 土方さんが感動するとこもわかるかなって思ったんです」
「…それであいつと一緒にDVD見るつもりだったのか」
「はい…そうですけど」
「……ハァ」

心底呆れたといった風な溜息が,わたしの前髪を揺らした。
こっそり目だけを上げると,土方さんは額に手を当てて目を閉じていた。
車のクラクションの音が路地裏にまで押し入ってきた。
静かに瞼を開けて,土方さんはわたしを見下ろした。その目から怒りの炎はもう消えている。
ほんの少し乾燥している彼の唇が,ゆっくりと動いた。

「…お前,バカだな」
「はっ!?バカ?!」

カチンと来て思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
けれども土方さんはそんなわたしに構わず,立て続けに暴言を吐いた。

「バカだろーが。すげーバカだ。稀に見るバカだ」
「そっそんなにバカバカ言わなくても!」

わたしは土方さんの胸のあたりをぽかぽかと殴った。
――頭にきた。わたしは真剣に悩んだのに。本当に悲しかったのに。
それを「バカ」とはなんですか,「バカ」とは!!!
土方さんはちっとも痛くなさそうに「いてっいてっ」とぼやきながら,殴り続けるわたしの手を
やんわりと掴んだ。そして片眉を上げて小さく苦笑した。

「別に良いだろうが,俺と感動のツボが違っててもよ。そんなの大した問題じゃねーだろ」
「大した問題だもん…わたしにとっては」
「なんでだよ」
「だって…好きな人とは同じとこで泣きたいし同じとこで笑いたいです。なんでも半分こにしたいです」
「…」

唐突にすぐ横のパイプ管の穴から,水が一瞬だけ小さく噴き出た。
その水は壁を伝い,わたしと土方さんの足元を避け,通りに向って這っていった。
一陣の風が路地裏を吹きぬけ,なぜか突然フリーズしてしまった土方さんの髪を撫でた。

「土方さん?」
「…」

わたしが呼びかけても,目の前で手をひらひらさせても,微動だにしない。
ただじっとわたしを見つめている。
…あれ?顔が赤い?ていうか,こうして見ている間にもどんどん赤くなってる?
これじゃあ『鬼の副長』というより『赤鬼の副長』だ。
どうしたの??

「もしもーし?」
「…お前…今…」
「えっ…『今』って……………あ」

好きな人とは同じとこで泣きたいし同じとこで笑いたいです。

「ああああああああ!!!!!」

自分が言ったことを思い出して,わたしは有り得ないくらいの声で絶叫した。
絶叫マシンに乗ってもいないのに絶叫する機会なんて,長い人生でもそうそうありはしないだろう。
って,そんな冷静なコメント今いらねーーー!!!!
わたしはすっかりパニくって,両手でこめかみを抱えた。
人生初の告白を……!!
特に何の感慨も緊張も覚悟もなく,ぺろっと言っちゃったよ!!!!

「いっ今の忘れてください!即!忘れてください!」
「いや無理」
「記憶喪失になってください!そうだ!ここに頭をぶつけてください!このビルの角で!」
「いやそりゃマジで無理。つーか嫌」
「いやーーーー!!!!!タイムマシン!タイムマシンはないですか!?」
「あるわけねェだろ。つーか,オイ」
「色々考えてたのに!色々とシチュエーション考えてたのに…いやーーーー!!」
「オイ!!もう…黙れって」

空気がやさしく揺れた,と思った次の瞬間わたしは土方さんの腕の中にいた。
間近にある隊服から煙草の匂いがして,突然のことに目を見開いた。

「!」
「お前…本当にバカだ」

土方さんの言葉は手厳しいけれど,その声音はすごく穏やかだった。
ぎゅっと抱きしめられて窮屈なはずなのに,逆にその窮屈さがすごく心地良かった。
緩やかな風が,わたしの火照った頬を撫でていく。

「土方さ,」
「無理に合わせようとしなくて良いんだよ…そんままで良いって」

すぐ近くで紡がれる土方さんの声が,わたしの耳に響く。
耳だけじゃない。
彼の声は,わたしの髪や肌や爪の先――すべてに響く。

「そんままのお前に惚れてんだからよ,俺は」

わたしの髪や肌や爪の先。
わたしのすべてが「嬉しい」と叫んでいる。
そして――「好きだ」と泣いている。
視界に映る彼の髪と肩,それから建物のくすんだ壁。
現実感が遠のいてしまっていて,わたしの声は自然と震えた。

「本当に…?」
「まァ無理に合わせようと奮闘するバカみてェに真直ぐなとこも好きだけどな」
「うぐっ…」

やっぱり現実だ。
嬉しいことに現実だ。
憎まれ口に唸り声をあげると,土方さんの体が小刻みに震えた――笑ったみたいだ。
なにも笑わなくてもいいのに。

「そういう感覚ってやつァよ,一緒にいると自然と似てくるもんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ…自然と似る。けど違うとこは一生違うままだ」

そう言いながら土方さんの腕にさらに力がこもった。

「でもそれで良いじゃねェか」
「そうですか…?」
「そうだ。べつに全部が全部同じじゃなくて良いだろーが。違う人間なんだからな」
「あ,それ銀さんも言ってましたよ」
「げっ…」
「やっぱり2人って似てるんですねー」

なんだかちょっと悔しくなって,わたしは目を細めた。土方さんには見えないだろうけれど。
すると土方さんは苦々しげに溜息をついた。その息がわたしの肩にかかって少しこそばゆい。

「認めたくねーがそうかもな…だからもうあの野郎と2人では会うな」
「え?」
「女の好みも似てたらシャレになんねーからな」
「…あ」

ひょっとして。
ひょっとしなくても――妬いてくれていたんだろうか。
定食屋さんからこの路地裏に至るまでの,彼の行動や言葉を思い起こす。
(鬼の副長が…ヤキモチ)
それに思い至って,わたしの頬はだらしなく緩んだ。
どのみち見えやしないんだから好きなだけニヤけちゃっても良いでしょ。

「あの…土方さん」
「ん?」

すうっと息を吸い込むと,煙草の匂いと土方さんの髪の香りがした。
もぞもぞと手を動かそうとすると,わたしの意図を察したのか土方さんは少しだけ腕を緩めてくれた。
手を彼の背中に回して,その温かい体を抱き返した。
思っていたよりもずっとその背中は広くて逞しくて,抱きしめるのがちょっと大変だった。
でも――

「あなたを好きです。ずっと前から。好きでした」
「…ああ。知ってる」

でも,すごくしあわせ。

「ありがとう」

路地裏の影が,甘く溶けていく感じがした。
湿り気を帯びた空気が,きらきら光り出した気がした。
その原因は――ほかでもないあなた。
わたしをやさしく包んでくれる人を,わたしは力いっぱい抱きしめた。



その後。
2人はやっぱり泣くとこも笑うとこも違うままで…いつかは似てくるのかなあ。
でもね,最近思うんだけど。
泣くとこが違うと――泣いていない方が,泣いている方の涙をぬぐえるし。
笑うとこが違うと――必ずどっちかは笑ってるから,笑いが全然絶えないってことだし。
だから別に違くてもいいかなって。
そう思えるようになった,てこと。
そう思えるくらい幸せだ,てこと。
そしてありがとうって。

今度一緒にDVDを見た後に言ってみようと思う。
もしかしたらあなたとわたし。
どちらかは泣いているかもしれないけど…ね?



---------------------------fin.


2008/11/07 up...
共有する時間の長さと感覚の類似度は比例する,と思います。