邂逅


月明かりを遮らないぼんやりとした提灯の光が,冷たい石畳を鈍く光らせている。
古い材木を使って建てられた料亭や茶屋が両側に並び,風雅な匂いが夜闇を漂う。
軒先から路地へとしな垂れる柳の木々が,冴えた影の中をさらさらと揺れる。
夜の花街の中心を,土方は目的地に向ってゆっくりと歩いていた。
すれちがう人間はどこか風流なたたずまいの者が多く,独特の穏やかな微笑みをその顔に湛え
ている。何処からか流れてくる笛と三味線の音を,ゆるりと耳に流しながら土方は煙草の煙を
ふっと吹き出した。細い煙が白い蛇のように闇の中をひゅるひゅると回った。

先日松平片栗虎や近藤らと共に訪れた料亭への道を,今夜は1人で歩いている。
ある芸妓に会うために…もとい,その芸妓の舞を見るために。
松平達とその料亭に行った際,三味線の音に合わせて舞う芸妓の中に一際目を惹く者がいた。
もっとも「目を惹く」とは言ってもそれは土方個人の感想に過ぎないのだが。
土方は自分に芸術的な感性が備わっているとは思っていなかった。
ひょっとすると,芸事を極めた者がその芸妓の舞を見たならば「並」と評価するかもしれない。
しかし,土方の目はその芸妓の舞を気に入ったのだ。誰がどのような評価をしようと知ったこと
ではない。『自分にとってそれが心地良いか否か』が重要なのだと土方は考えていた。

「…」

川沿いに建つ件の料亭に到着し,入り口の前で煙草を消した。提灯の橙色の光が暖簾を静かに
照らし出し,冬の風の中で寒そうにそれは揺れていた。
夜を流れる川のせせらぎが,周囲を絶え間なく漂っている。
「御免」
声をかけながら暖簾をくぐると,溌剌とした笑顔の女将が土方を出迎えた。
「土方さん,お待ちしておりました」
「おう」
料亭内の暖まった空気にほっと息を吐き,少しばかり(かじか)んだ足の草履を脱いだ。
「今夜は一段と冷え込みますねえ」
「そうだな」
「こうも寒くなると昼間の見回りも大変でしょう…今日は1日お休みでいらしたのですか?」
「ああ。けど1人モンは休日にやることねェからな。昼間は屯所に篭っていた」
「あらまあ色男がもったいない」
世間話を女将と交わしつつ2階に案内され,数寄屋造りの客間に通された。
「すぐにお食事をお持ちいたします。どうぞおくつろぎくださいまし」
土方が座布団の上に腰を下ろしたところで,女将が両手をついて頭を下げた。

隣の部屋から響いてくる三味線の音を聞きながら,早速煙草に火をつける。
自分の大将が足繁く通うキャバクラの類に,土方はあまり良い印象を持っていなかった。
しかし舞妓や芸妓という職に就く女性に対しては,一種の尊敬の念を抱いていた。
芸妓は遊女や娼妓とは全く異なる存在であり,自分の身体を売るようなことはしない。
彼女らは常日頃から日本舞踊・鳴物・茶道などの厳しい修行を積んでいる。
あくまで己の「芸」を売り,客をもてなすことを生業としているいわば「職人」だ。
「芸は売っても身体は売らぬ」を信条とし,生涯独身を貫き通す者だっている。
徒に男にしなだれかかることのない,その誇り高さを土方は好いていた。
特に何を考えるわけでもなく,窓越しに見える川の流面を眺めていると,

「失礼致します」
「………!」

――耳に入ったその声に。
手にした煙草を落としそうになった。
記憶の底を揺さぶられたかのような,遠い日の風景を突然突きつけられたかのような。
その声を聞いた途端に懐かしい面影が頭をさっと過ぎり,その主を凝視した。

「と申します」

(…違う)
――当然だ。
告げられた名前も,その名を紡いだ唇も全く別の女性のものだ。
だがその声は…
(…似ている)
微笑をのこして露のように消えた――()のひとに。

と名乗ったその芸妓は,膳を持ってしずしずと部屋に入って来た。
彼女が纏っている黒地の着物には椿柄が描かれ,ぼかした白の水玉模様がところどころに浮かん
でいる。膳を土方の前に置いて隣に座し,彼女はとても柔らかい眼差しで,
「どうぞ」
酒を勧めてきた。
「…」
不思議なものだが下手に姿形が似ているより,声が似ている方が『衝撃』が強いらしい。
まるで()のひとに酒を勧められているような気持ちになった。
…落ち着かない。
けれどもそれは決して不愉快な意味ではなく――胸の中心がざわつくのだ。
痛みを伴う懐かしさで,自分の核が啼き声をあげそうになる。

手が震えるのをなんとかこらえ,土方は酒の注がれた杯に口をつけた。
(前に来た時ァ舞を見ただけだったから…気付かなかったのか)
頭の中の冷静な部分でそのようなことを思い浮かべる。
見た目は全く似ていないのだから(両者共『別嬪』の部類に入ることは同じだが)話さなければ
気付かないのも道理だ。
「…」
は穏やかな笑みを湛えたまま特に何も話さない。
しかし沈黙しているにも関わらず,部屋の空気はつとめて優しい。多分にこの芸妓の醸し出す
安らかな雰囲気が,自然と平穏な空間をつくるのだろう。それはとても心地よい沈黙であり,
普段の自分ならばむしろ好ましく感じる静かさだった。
小煩い女と酒を飲む気にはならない。この料亭の女将に予約をした際にも「静かに飲みたい」と
わざわざ念押ししたほどだ。けれども,
「…おい」
「はい」
――今は違った。
「…何か喋ってくれねェか」
「あら」
ひどく直接的な土方の言葉に,は一瞬目を見開いた。そして口を結んでクスクスと笑った。

「無口な女子が良いとお聞きしていましたのに」

清く澄んだ声音が耳をくすぐる――まるで春風のような笑い声だ。
「…」
思わず聞き入ってしまいハッとする。
『会話』をしているのだから自分も何か話さなければならない。そんな当たり前のことさえ忘れ,
彼女の声に集中している自分が妙に恥ずかしくなった。土方は軽く咳払いをして,

「あんたは…サンは大人しいクチかィ?」
「どうでしょう。でも殿方のお話をお聞きするのは好きですよ」
「そうか…」

声だけではなく,柔和な話し方も似ている。
それに気付くと余計に()のひとと話をしている気分になった。
本当にひどく懐かしい。
もう2度と…聞くことは叶わないと思っていた声。

「何でも構わねェ。何か話してくれ」
「まあ」

驚いたように肩を揺らして,は再び笑った。
こちらの杯に酒を注ぎ足しながら,咎めるようにほんの少しだけ目を尖らせ,

「『何でも良い』というのが1番困ってしまうんですよ,土方さん」
「…そうなのか?」
「女性とどこかへお出かけになる時だってそうでしょう?『どこへ行きたい?』と訊いたのに
 『どこでも良いわ』って答える女は嫌ではありません?」
「フッ…たしかにな」

土方が笑みを零すと,も手を口に当てて笑う。そういった些細な所作の1つ1つが女らしい。
(…あ)
本来この料亭に来た理由を,土方はふと思い出した。

「まァとりあえず舞を見せてもらえるか。それが目的で来たからな」
「ふふ…そう言っていただけると嬉しいです。では」

彼女がそう言うと,まるで頃合を見計らっていたかのように襖がすっと開き,幾らか年嵩の芸妓が
姿を現した。その芸妓はこちらに頭を下げて名前を名乗ると,三味線を手に部屋へ入って来た。
それからと一言二言会話をし,あらかじめ決められていたのであろう位置に2人は座った。
こちらに向って深く頭を垂れ,は徐に立ち上がった。三味線を構えた芸妓がこれから舞う踊りと
奏す曲について簡潔に説明をする。そしてそれが終わった時,
「…」
が扇を開き,三味線の弦が鋭く弾かれた。

――アゲハ蝶が舞っている。

そんな幻を見ている。
黒い二枚襲の裾や袂がひらひらと流れ,妖しく残像がかって見える。
白金色の扇が明りを受けて時折光り,それを持つ手がたおやかに流れる。
三味線の音が透明な糸となっての身体に絡みつく。
その糸を時に纏い,時に断ち切りながら彼女は舞い踊る。

――目を逸らせない。逸らすことができない。

背中に曖昧な痺れが走り震えそうになった。
甘ったるく忍び寄る恐怖を感じる。まるで…夜桜を1人で見上げているかのような。
黒地の着物に浮かぶ白い水玉模様が,幻想的にくるくるまわって見えた。
細い身体が描く直線の美しさ,曲線の艶かしさに意識を支配されそうだ。

どれほどの時間が経ったのか。
風が動いた。
アゲハ蝶が畳に身をかがめ,その羽をたたんだ。

「お粗末さまでした」

三つ指をついてが紡いだ言葉に土方は息を呑んだ。
既に三味線の残響も消えていた。
夢から覚めたようだった。

「…見事なもんだな」

両手を打ち鳴らしながら溜息をつくと,彼女は嬉しそうにはにかんだ――人間に戻っている。
少し惜しいような気もしたが,それ以上にほっと安心した。
ずっとあのままでいられると夢に堕ちて帰って来れそうにない。
三味線を奏していた芸妓もこちらへ丁寧に辞儀をし,そっと襖を開いて退いて行った。
再び部屋には自分との2人のみとなった。土方は隣に座った彼女をじっと見た。
「…」
しばしの間,舞の余韻で上手く思考が回らなかった。本当にたった今目覚めたかのような気分だ。
自分がどんなに心動かされたかを伝えたいというのに,稚拙な言葉しか思い浮かばず歯がゆい。

「俺ァ田舎者だから…踊りのことはよくわかんねェが。あんたの舞は…きれいだと思う」
「ふふ。ありがとうございます」

そしてまた()のひとそっくりの声で笑う…つくづく自分を現実から離す女だ。
(まァ…この女のせいじゃねェが)
特に声に関しては自分の心持ちの問題だ。
(総悟の奴も驚くだろうな)
敬愛する姉の前だけは『良い弟』になっていた部下をぼんやり思い浮かべた。
「土方さんのお生まれはどちらですか」
「生まれ育ちは武州だ…何もねェ田舎だよ。滅多に帰らねェから今はどうなってんだかな」
「あら。ご家族の方はお寂しいでしょうに」
「さァどうだろうな」
「ふふ。でも『故郷は遠くに思うもの』とも言いますものね」
「ああ,そうだな」
旧知の声と似ているせいもいくらかあるかもしれないが,との会話はとても心地よかった。
話し方が非常におおらかで,こちらの鎧の紐を自然と解く。それに,土方と話している間にも
タイミングよくお酌をするし,仲居が食事の給仕に来ればてきぱきとそれを通す。
(…人気の芸妓なんだろうな)
なんとなく面白くない気持ちが湧き上がったが,杯を干すことでそれを打ち消した。
ただし,いくら良い芸妓でもマヨネーズのかけ加減はどうにも分からないようで,それだけは
土方自身でやった。黄色くなった料理の数々を見て,は困ったような苦笑いを浮かべていた。

「あんたの…サンの声は知り合いの声によく似ている」

ほろ酔い機嫌になった頃,土方は()のひとのことを話し出していた。
――今まで一度だって他人に話したことはなかったのだが。
「あら」
小さく笑っては首を傾げた。そして,
「その方は土方さんの大切なお人なのでしょう?」
「っ!」
口に含んでいた煮魚(マヨだく)を土方は噴出しそうになる。いきなり核心を突かれ驚愕した。
「…なんでだ」
知り合いのそれに似ている,と言っただけで何故わかるのか。
人を現実から離そうとするこの芸妓は,現実の過去を読む能力もあるというのか…まさか。
咳き込む土方の背中を控えめにさすりながら,は微笑んだ。
「声の雰囲気でわかりますわ。とても愛しげな声になっていましたもの。それに『知り合い』と
 おっしゃった時すごくお優しい表情になっていましたよ」
「そうか…」
――参った。
芸妓だからなのか,客商売だからなのか。それとも…女だからなのか。
勘が鋭い。
さし出された茶を喉に流し込み,いくらか落ち着いたところでの目をじっと覗き込んだ。
相変わらず柔らかな光をともした双眸で,彼女はこちらを見返している。
この湖面のような瞳が人の心を映すのか――試しに訊いてみる。

「他に何かわかるか?」
「そうですね…」

はしばし思案するように手を下唇にあてた。
隣室から笑い声と拍手が聞こえ,部屋の暖房が出す温風の音が耳を撫でる。
彼女はこちらの目を深く見つめ――そして,

「きっとその方との恋は実らなかったのですね」
「!」


――私も連れていって
――十四郎さんの側にいたい

――しらねーよ
――しったこっちゃねーんだよ お前のことなんざ


 うそだ。
 本心だけれども…うそだ。
 心から言ったうそだった。

 想いを口にしても 傍にはいられない
 言葉で伝えても 救えやしない
 してやれることは何もない そう思った


「ごめんなさい…失礼なことを申し上げました」
こちらの一瞬の翳りを察したが静かに頭を下げた。
「いや…構わねェ」
自分の青い春が頭を過ぎり,胸の中心が微かな痛みで嘆いた。
「…」
土方が煙草を咥えると,は当然のようにライターを差し出し火をつけた。
煙を深く吸い込み,ゆっくり吐き出す――これで気持ちが落ち着く自分はひょっとしなくても
真正の煙草中毒者なんだろう。
煙は部屋の明りの中にあっという間にほどけてゆく。
慣れた匂いに包まれると波立った精神が凪いでゆく。
「どうしてそう思う?」
心を鎮めたところで再び問うと,はすっと瞼を下ろした。
まるで自分の過去と向き合うかのように。自分の心の声に耳をすますかのように。

「実らなかった恋ほど,人は優しく思い出せるものですから。そして…忘れないものですから」
「サンにもあるかい?…そういう恋が」
「そうですね。あるといえばありますよ」

は瞼を開けて,床の間の掛軸に描かれた南天の木を眺めやった。
つられて土方もそれを見やる。緩やかな静寂が部屋に沈み,少しの時が2人の間を泳いだ。
やがて彼女がぽつりぽつりと話し始めた。

「どうしてなんでしょうね…実らなかった恋がいつまでも美しいのは」

土方に問いかけるというよりは,昔の自分に話しかけるかのような口ぶりだ。
は土方に目を向けてふわりと微笑んだ。
「実った恋の方が幸せを感じる機会は多かったはずなのに。不思議ですね」
「…今でもそいつのことを想っているのか?」
「惚れてはいません」
やんわりと,しかしどこかきっぱりと彼女は言い切った。

「袂を分つてから随分長い時間が流れました。どれほど強い想いも,どれほど忘れまいと誓った
 出来事も…日常の事物と同じように,時は全てを平等に溶かしてしまうでしょう?」
「…そうだな」

思い出す頻度がだんだん少なくなってゆく。
思い出せることが少しずつ――だが確実に減ってゆく。
だんだん()のひとが遠くなる。
今は思い出せる面影や瞬間も,いつの間にか脳裏から消えてしまうかもしれない。
いつまでも憶えていられるという確証はどこにもありやしない。

「今はもう想いの残骸があるばかり…でもたとえ残骸でも大切なわたしの一部です」


――十四郎さんの側にいたい


 顔を見ておけばよかった。
 ()のひとの言葉を受け止めたのは,自分の背中だけで。
 目を見ておけばよかった。
 自分に想いを告げてくれたあの時の瞳を。
 たとえ…何も変わらなくても。
 何もしてやれなくても。


どうしようもない程に喉のあたりが苦しくなった…締め付けられているかのように。
「…悪ィ」
「いいえ」
身を横たえての膝に頭を乗せた。
彼女は何も言わず何も拒まず,ただ優しい視線だけを自分に注いでくれた。
心地よいはずなのに一層苦しくなった。穏やかに苦しい。
土方は瞼を下ろし,目の上に手の甲を当てた。視界が闇に閉ざされる。
「名前を…」
自分の声が掠れているのがわかった。
細い指先がそっと自分の頭を撫でるのを感じ,ますます喉が熱くなった。

「名前を呼んでくれねェか」

情けないほどに声が震える。
闇色の視界の中で,柔らかな手が自分の髪を数度梳いた。とても親しげに…慈しむように。

「十四郎さん」

耳に届くは――もう逝ってしまった女の声。



――と…十四郎さ…



あの時が最後だった。
あれが…自分の耳で聞いた彼女の最後の声。

「…もう一度」

堪えきれず目頭が熱くなって歯を強く食いしばった。
ぐっと手を握り締めると,温かい手のひらがその拳をそっと包んでくれた。

「十四郎さん」

 してやれることは――多分あった。たくさんあった。
 今はもう…本当に何も無い。
 どれほど記憶の中ですれ違っても,どれほど夢の中で視線を交わしても。
 彼女にしてやれることは本当に何も無くなってしまった。
 たぐり寄せようにも,もう遅い。
 あまりにも遠すぎる。

「…すまなかった」

 誰に謝る 何を謝る
 それで誰が救われる 誰を守れる 誰に届く
 誰のためにもなりやしない

「…許して欲しいわけじゃねー。むしろ許すな」

 優しさから突き放したのか
 志を通すため捨て置いたのか
 ただ 自信がなかっただけじゃないのか
 ただ 臆病だっただけじゃないのか
 ただ――それだけだろうに
 
「許すな。だが…すまなかった。本当に…すまねェ」

 空に放った謝罪の科白は,ただ自分に落ちてくるだけだ。

目頭に押し当てた土方の手を,芸妓の手のひらがゆっくりと撫でた。彼女の袖から香の匂いが
ふわっと広がり,鼻腔をくすぐった。
ふいに頭を置いた柔らかな膝がわずかに揺れ,が自分の方に身を屈めたのが気配でわかった。
優しい影が落ちて来る。

「謝らなくていいんですよ」

()のひとの声が降り注ぐ。
暖かな雨のように。舞い散る桜のように。降り積もる雪のように。
の言葉が紡がれる。

「あなたはあなたの思うことを行って,あなたの信じる道を進んで――
 ――それを誰かに謝る必要はないんです」

しなやかな手のひらが額を撫で,澄んだ声が胸を突き動かす。
肌が目になり,耳が心になる。

「それが真選組の副長――土方十四郎でしょう」



――私を置いていくんだもの 浮気なんてしちゃダメよ
  きっと 自分の道を貫いてくださいね

――きっと きっとよ



「…」

うっすらと瞼を開くと,鈍くぼやけた視界に芸妓の姿が映った。
はひどく優しい笑みを湛えこちらを見下ろしている。
土方は手を伸ばして彼女の頬に触れた――温かく柔らかなその頬に。

「…ありがとう」

ゆっくりと撫でると,は静かに首を左右に振った。
自身の頬に添えられた手の上へ自分のそれを重ね,そして――

「ふふ。どういたしまして」

風が流れるように笑った。
触れ合った互いの手と手を,穏やかな体温がゆるやかに伝っていた。
安らかな空気に包まれてもう一度目を閉じる。
下ろした瞼の端から一筋の熱が零れ…
…それを心地よく感じる自分に対し,土方は小さく微笑した。



――笑っていてくださいね
  春も夏も 秋も冬も いつだって
――きっと 幸せになってくださいね
  幸せでいてくださいね
  きっと きっとよ



              -------了-------
2008/12/05 up...
Image Song『かざぐるま』(Hitotoyo)