「ただいま~」
日が傾いて,夕焼けが徐々に西の空に広がり出した頃,銀時と新八が帰って来た。と神楽は玄関まで出迎え,
「おかえりなさい」
「おかえりアル!」
「!」
靴を脱いでいる最中の彼らに声をかけると,銀時はブーツを放り出して妻に駆け寄った。
の肩に両手を置き,お腹に目を落とし,
「調子はどぉ?どこも悪くしてねェ?気分はどんな感じ?」
矢継ぎ早に質問して来る。は後ろで苦笑している新八や神楽と視線を交わし,笑って旦那の問い1つ1つに答えた。
「うん。良い調子だし,どこも悪くないし,気分も上々」
「そっか…」
「心配してくれてありがとう,銀時。でも,ブーツはちゃんと揃えてね。子供はパパの姿を見て育つんだから」
「お,おう。悪ィ」
に注意され慌ててブーツを揃える銀時を横目に,
「本当に尻に敷かれてるよねぇ銀さん」
「は大人しそうに見えて案外厳しいアル。マミーにそっくりアル」
などと小声で揶揄した後,新八は神楽を促して台所へと入って行った。
「神楽ちゃん。今日は僕らが夕ご飯の当番だよ」
「ルージャ!さっきバーさんがアサリとレモン持って来てくれたヨ。姉御と九ちゃんからは果物ネ。そんで,ヅラは海草
とか大豆とか持って来たアル」
「うわ~こんなにたくさん!じゃあアサリの炊き込みご飯と…海草と大豆のマリネを作ろうか」
新八はすっかり熟練主婦の領域に入っている。てきぱきと手を動かし,指示を出す彼に,神楽がぴしっと敬礼をした。
「ルージャ!あ…デザートはヨーグルトネ。ゴリだかマヨ王子だかが持って来たアル…けっ」
「いや神楽ちゃん,せっかく持って来てくれたんだから感謝しなくちゃダメだよ!」
「果物をぶった切ってヨーグルトに入れて食べるアル!」
「…よ,よし。そうしよっか。でもぶった切らないでね。普通に切ってね」
は2人のやりとりにクスクス笑いつつ,「お願いね」と声をかけて居間へ戻った。銀時は洗面所で手洗いうがいを
済ませた後,揺り椅子に腰掛けたの目の前に直立した。そして,
「…え~と,コホン」
咳払いした後も「あーあー」と発声練習のようなことをやっている夫に,は思わず噴き出した。
「ふふふ」
「わ,笑うなよ!」
かっと頬を染めて叫ぶ銀時に,「ごめんね」と謝りながらも笑いを堪えることが出来なかった。
銀時は赤ちゃんに声をかけようとする際毎回この調子なのだが,それでもは毎回笑ってしまう。
「だって銀時,カワイイんだもの」
「う…うるせっ」
頭をがしがしと掻いて,「チビスケにはお父さんの美声を聞かせてやりたいんだよ」などとブツクサ呟いている。昔の彼は,
「お腹の赤子に話し掛けたところで,赤子にはほとんど聞こえてないんだってさ。ごしゅーしょーさん,世の中の親バカ共」
などとテレビの特番(たしか『仰天!都市伝説のウソ☆ホント!ベビーびっくりヘビー級☆』って感じの番組名だったと)を
見ながら小馬鹿にしていたが。今は自分がそんな発言をしていたことなど,すっかり忘れてしまったようだ。
銀時は気を取り直すように頷いて,真剣な表情をつくった。膝を折って屈み込み,のお腹にくっ付くくらいの距離まで
鼻先を近付けて,
「ん~っと……ただいま」
「!」
そっと囁くように銀時が挨拶すると,お腹の中で赤ちゃんがぴくぴくと反応した。はお腹を手のひらで撫でつつ,旦那を
見上げて微笑んだ。
「…笑ったみたい。『パパ,おかえりなさい』って」
「お,おう!!」
銀時はぱっと目を輝かせて,と一緒にお腹を撫でた。
「今日はたくさんお客さんが来てくれたから,はしゃいでいるみたい。いつもよりよく動くの」
「そっか。人見知りしない奴なんだな,チビスケは!」
「ふふふ…そうかも。それでね,色んな人が撫でてくれたんだけど,土方さんに撫でてもらった時にものすごく元気に動いたの。
嬉しそうに」
「え~…なんでだよぅ,オイ」
不満そうに唇を尖らせる銀時に,はいたずらっぽく笑ってみせた。
「沖田さんは『旦那と間違えたんじゃないか』だって」
「冗談じゃねーっての。オイコラ。お前の父ちゃんは俺だかんな~」
なでなでと立て続けに銀時がさすると,お腹の赤ちゃんは再び跳ねた。その振動は銀時の手のひらにも伝わったらしく,
「おっ」
「『ごめんねパパ』だって」
「…おう。次間違えたらデコピンな」
「え~生まれてすぐにパパからデコピンされちゃうかもしれないの?」
「洗礼だよ,洗礼。子供はな,デコピンの意外な破壊力に気付くことで大人への階段を上るんだ」
「そんなの聞いたことないよ」
本当にもういい加減なこと言って,とは苦笑した。
とは言っても,銀時が決して「いい加減」でなく頑張ってくれていることを,はちゃんとわかっていた。
子供が出来る前と後とで,彼の生活態度や仕事への取組姿勢が明らかに変わった。
以前は「いざという時」以外,『死んだ魚のような目』と評される気の抜けた表情をよくしていたが,今はそんなこともない。
本当に,が想像していた以上に子煩悩になってくれている…というか,親バカになっている。
夫が父としてそういう変化を遂げてくれたことは,妻としても母としても嬉しいことだった。
「土方さんと沖田さんが言ってたよ。『あいつは良い父親になると思う』って」
「…マジ?なにあいつら何か悪いモンでも食ったの?それとも新手の死亡フラグ?なにあいつら死ぬの?」
「もう。せっかく褒めてくれたんだから,素直に受け取っておきなさい」
「…素直には受け取れねーよ」
極めて居心地が悪そうな表情をするのは,彼がとても照れている時の癖だ。
本当に素直じゃないんだから,と心の中で苦笑いしつつ,は話題を変えてあげることにした。
「そろそろ名前を考えてあげなきゃね」
「そうだな」
「名字は『坂田』でシンプルだから,名前の漢字は少し凝ったのが良いかもね」
「あ~でも一発で読める名前にしような。当て字はダメ,絶対。『天使』でアンジュ君とか,『精霊』でフェアリー君とか,
そういうのはナシな」
「ふふっそうだね。銀時のそういう古風なところ,好きよ」
「…だって結構古風だろ」
名は体を表す,という諺がすべてだとは思わない(むしろ名は本人よりもその親の体を表していると思う)。
でも,誰に名乗っても,誰から呼んでもらっても恥ずかしくない,胸を張って歩んでゆける…そんな名前をつけてあげたい。
「生まれて初めてあげるプレゼントだものね,名前って」
「…ホント好きだわ,お前のそういう考え方」
銀時は小さく笑いながらの額に軽く口付けた。
ありがとう,と笑い返して話を続ける。
「男の子だし『銀』がつく名前にしたいな,やっぱり」
「別に『』にちなんだ名前でもいいじゃん」
「まあ,そうなんだけど…春生まれだから春に関係ある名前も良いね」
「そうだな…うわっスッゲー悩むわ。名前事典買って来なくちゃな…いや,あれは止めておくか。読むと引きづられそうな
気がする」
腕組みをして唸った後,銀時の表情が急に歪んだ。
泣き出す前のような不安気な色を目に浮かべたかと思えば,その憂慮をかき消さんとするかのようにのお腹を再度
撫で始めた。
「俺…良い父親になれっかな」
「え?」
ぽつりと漏らされた言葉に,胸が跳ねた。
そんなに銀時は微笑んで,そしてお腹に視線を戻した。
「俺は『父親』をよく知らねェけど…それでも良い父親になれっかな」
大きな手のひらが,お腹の上を愛しそうにゆっくり往復する。
誰かの為に刀を振るい,よく傷をこさえている手のひらだ。
強く やさしい 手のひらだ。
「やっぱり男の子のお父さんって言ったら,毎日息子と一緒にキャッチボールとか…ベタだけど。それから一緒に釣りに
行ったりもしてェな。もしインドア派な息子だったらOweeで対戦とか。あとジャンプの回し読みとか。オタクになったら
なったで…まァそれでも良いや。元気なら」
「銀時…」
穏やかに細められた眼差しの先で,きっと思い描いているのだろう。
自分の息子が,元気に笑っている姿を。
自分自身が,父親として奮闘している姿を。
「…銀時の子は幸せね」
生まれて来る前からこんなに愛されて,とお腹を撫でて呟くと,銀時は「止せよ」と照れたように鼻の下を掻いた。
ふと聞いてみたくなって,は銀時に問いかけた。
「じゃあ,女の子だったら?」
「ん?こいつの妹ってこと?」
「そう。この子の妹」
「女の子だったら…好きなだけオシャレさせてやりてェな。絶対ェカワイイだろうなあ。バレンタインにはチョコ作って
くれっかな。それに,やっぱ1度は『お父さんのお嫁さんになる』って言ってもらいてェや。あ~…嫁になんか行かせ
たくねェ。相手の男を八つ裂きにしちまうかも,俺」
「銀時ったら。気が早すぎるよ」
「なんだよ。そもそもこいつの妹の話を始める時点で,だって気が早すぎるんだっての」
「…それもそうね」
2人して顔を見合せて,声を立てて笑った。ひとしきり笑ってから,銀時はまた同じことを呟いた。
「…良い父親になりてェな」
今度は自問ではなく,希望が含まれている言い方だった。
切なさが胸に込み上げてきて,はお腹にある銀時の手に,自分の手を重ねた。
「銀時は良いお父さんだよ。今,もうすでに」
あなたは『父親』を知らないかもしれない。
でも…たとえ知らなくても,あなたは立派な『父親』だよ。
「だって…『お父さん』の目をしてるもの」
「…そっか?」
「うん。そうだよ」
『優しい』という言葉を知る前から,人が人に優しく出来るように。
知らなくても,なることは出来る。
することも出来る。
たとえ 知らなくても。たとえ 持たなくても。
そういうことも,ある。
「…よーし。頑張るぞー……お父さんは」
「お母さんも頑張るよー」
2人で決意表明をお腹に向かってしたところで,
「ご飯できましたよ~」
タイミング良く新八が夕ご飯をお盆に乗せ運んで来た。その後ろから,神楽もお茶と湯呑を人数分持って歩いて来る。
は2人にお礼を言って立ち上がった。
「ありがとう。新八君,神楽ちゃん」
「いいってことヨ」
「銀さんもホラ,運ぶの手伝ってください」
「へいへい」
返事こそぞんざいだが,銀時は速やかに台所へと向かった。
皆が持って来てくれた食材で作ったご馳走で,今日の食卓は随分豪勢なものとなっていた。
きれいにお皿が並べられて,全員が席についたところで,
「んじゃっ手を合わせてください」
新八が音頭をとり,皆揃って合掌をする。そして,
「いただきます」
「「「いただきまーす」」」
お行儀よく元気よく,皆揃って唱和した。その後それぞれで箸を動かし始めて,
「なァ,この儀式めいた『いただきます』はいつまで続けんの?」
味噌汁をすすりながら銀時が新八に問いかけた。訊かれた彼はメガネにぴしっと手をそえつつ,
「なに言ってるんですか。ずーっと続けるんですよ。赤ちゃんはね,お腹の中からちゃんと色々感じ取ってるんですよ,
外のことを。きちんとした生活習慣や礼儀作法を両親がすることで,赤ちゃんにもそれが自然と身につくんですから。
今からやっておかないと」
「そうなんだ…知らなかった。新八君,わたし達よりも詳しいね」
「いや実を言うと姉上からの受け売りなですけど」
照れ臭そうに謙遜する新八に,は笑ってお願いをした。
「ふふふ。それでもすごいよ。銀時は礼儀作法なんて多分教えられないから,新八君ぜひこの子に教えてあげてね」
の依頼に,新八の表情がパァッと輝いた。
「も,もちろんです!頑張りますよ!」
「いやちょっと待ってよ,。俺だって礼儀作法くれェ教えてやれるって」
「銀時の礼儀作法ってちょっと特殊なんだもの」
「えっなにそれどーゆー意味っ!?」
「ふふっ」
「アイドルオタクの無駄知識は教えるんじゃないヨ,新八ィ」
「無駄知識じゃないよ!立派な知識でしゅ!」
「『でしゅ』って何アルか」
神楽から半眼で突っ込まれ,新八は顔を赤らめて「噛んだだけだよ!」と言い返した。それから咳払いを1度挟んで,
「でも…銀さんとさんのどっちに似た子が生まれるんでしょうね?」
話題をお腹の赤ちゃんの方に移した。神楽もそれに乗っかって,
「さっきキャサリンが『天パかストレートか運命の分かれ道』って言ってたアル」
「いやその点は大丈夫だ。サラッサラヘアーになるよう遺伝子をいじったから」
「いやいや何言ってんですか!いじれるわけないでしょう!」
「あはは!天然パーマな子もきっとすごく可愛いよ」
さらさらヘアのにはわかんねェんだよこの苦労は,とぶつくさ言いながらご飯をかっ込む銀時に,新八がふと思い
ついたように言った。
「けどもし銀さんにそっくりな男の子だったら…橋田屋さんの勘七郎君とも瓜二つですね」
「本当ネ。兄弟って言ってもきっと通用するアルな」
「あ~たしかにな。最近どうしてんの,あいつ?」
「この前お房さんと大江戸スーパーの前で会ったよ。保育園に勘七郎君を迎えにいくとこだったみたいで。勘七郎君,
すごく元気だって」
「そっか。うん。元気が1番だ。元気なら良しだ」
銀時はうんうんとしきりに頷いた後,ぐいっと湯呑のお茶を飲み干した。
「まァ欲を言えば,だ」
口元を片手で拭いながら,
「に似て優しい子だと良いな」
銀時はの膨らんだお腹を見下ろして呟いた。
その眼差しがとても柔らかく,慈しみに満ちたものだったので,
「銀時に似てても優しいよ」
はごく自然に,事も無げにそう返した。
飲み干された夫の湯呑にお茶を注ぎ,自分のそれにも注ぎ足す。
こぽこぽと若草色の音が部屋に響き,定春が尻尾をぱたぱたと振る音がした。
は湯気に目を細めながらお茶をすすり…
(…?)
その音がやたらクリアに聞こえたことに違和感を覚え,そこで初めて,皆が静まり返っていることに気付いた。
湯気の立ち上る音さえ聞こえそうな程の静けさの中で,は首を傾げた。
「なあに?どうし…」
「…銀ちゃん,泣いてるアルか?」
神楽が目を丸々と見開いて,自分の横に座る夫を凝視している。
はっとして隣を見ると,銀時は手の甲で目元をがしがしと乱暴にこすって,
「うるせっ…泣いてねーっての。これはなァ目から鼻水出てるだけだ」
それを『泣いている』と言うのよ。
本当に,もう――
「泣いて良いよ,パパ。ママが頭撫でてあげるから」
――意地っ張りな お父さん。
「あー……今なんか幸せだわ,俺」
小さい子にするように,がふわふわの銀髪を優しく撫でると,銀時はとろんと瞼を伏せた。するとすかさず,
「わたしの頭も撫でてネ,!」
「あ,じゃあ僕も!」
なぜか神楽と新八,それに定春までもが一斉にに寄り添った。
その勢いに弾かれそうになった銀時は,額に青筋を立てて,
「ってオイィィィ!!は俺んだ!!お前らどけ…ってアレ?なんでお前らも泣いてんの?」
怒鳴り声をあげている最中に,彼らの目にも涙が浮かんでいることに気付いた。
気付かれた当の本人達は,涙を拭おうともせずに笑って反論する。
「泣いてないアル!目から鼻水が出てるだけヨ!」
「そうです!鼻水が出てるだけです!」
「はいはい,皆泣き虫なんだから…。ね,定春君?」
ワンッと元気に鳴く彼の目も,どことなく潤んでいるような気がした。
あらあら本当に皆泣き虫ね,とは定春の頭も撫でてあげた。
これ以上無いという程に穏やかな空気の中で,
「…早く来いよ。ここは楽しいこといっぱいだから」
銀時がのお腹に向かって囁くと,それに応えるかのように,赤ちゃんはお腹の中で元気に跳ねた。
君に逢えたら
伝えたいことが いっぱいあるよ
与えたいものも たくさんあるよ
だから おいで
僕らの傍に
ここは楽しいことが いっぱいあるから。
ここには愛が たくさんあるから。
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2015/05/28 up...
MAYA様リクエスト。
「銀時夢。ヒロインは妊婦さん(父親はもちろん銀さん)。神楽や新八,お妙さんや九ちゃん,お登勢さん達,真選組やヅラから祝福される。ほのぼの夢」でした。
遅くなってしまい,申し訳ありません。これを書いている間,わたしはずっと幸せな気持ちでした。これを読んで,MAYA様にも幸せな気持ちになっていただけますように。