「すごい人気だよね,おたくの女隊士さん。見たよ,テレビ。波が来てる内に公式グッズ化してお
 いた方が良いんじゃね?とりあえずブロマイドからさ」
「……そういう話も無くは無い」
「マジでか」
「売り上げは全部寄付することになるがな」
「ふーん。そういうもんですか」

万事屋は銀髪頭を掻きながら,「あ。こことここにも判子よろしく」と荷札控えを指差した。
なぜ俺とこの男が屯所の門前で立ち話なぞをしているかというと…俺がパトロールから帰って
来た時と,万事屋が宅配便を屯所に届けに来た時とが偶々重なっただけのことだ。
某宅配便屋の制服に身を包んだ坂田銀時を見て「そういやこいつは『なんでも屋』だったな」
と改めて思い出した。

「随分とまァこっぴどくお仕置きされちゃったみたいだな,あの不良君たち」
「悪いことしたガキ共にお灸をすえてやっただけだ」
「いやどんだけ強烈なお灸なんだよ」

東雲党中核を集団逮捕した夜から既に5日が経とうとしていた。
たまたま他にこれといった派手な事件が無いこともあってか,ワイドショーでは連日のように
東雲党の解体が取り上げられ,今まであまり表沙汰にされていなかった彼らの悪行も在庫一斉
SALEとばかりに報道されるようになった。

そうなったのは,やはり『中核メンバーによる女隊士への女性差別発言』の影響が大きかった。
あれが無ければここまで世間からの批判を浴びるような報道をされなかったかもしれない。
テレビのあらゆるキー局で,実際の音声付で女性差別発言(&職業差別発言)が流され,その度に
アナウンサーやコメンテーターから手酷く叩かれた。

<『若者による自由な理念の攘夷』が東雲党のテーマだったはずである。
 その『自由』が行き過ぎて暴走した結果,こういう発言が出てしまったのだろうか>

新聞の社説も彼らを悪だと断じるものがほとんどを占めた。
もはや東雲党が復活することは有り得ないだろう。

「『知らなかった?坊や』が流行語大賞になるかも,って噂あるよね」
「…なんでマスコミにその台詞が伝わったのかが謎だ」
「ハイエナみたいな人たちだからね。でも,良いと思うよーあの台詞。ちょっとレトロっつーか,
 昭和な香りがして。うちの神楽も真似しちゃってるし」
「マジでか」

年端もいかない女子供が口にするような言葉ではあるまい。
が録音していたのは,件の若造が「身の程を知れ牝犬」と叫ぶ少し前あたりから,俺が奴を
殴り飛ばしたところまでだ。音声として残っているのは,あくまでそこまでのはずだ。

しかし,どこでどう情報がすっぱ抜かれたのか,がガキに放った「知らなかった?坊や」
という台詞がマスコミに伝わり,さらにはの写真にその台詞がアテレコされた画がテレビ
に映されると,瞬く間にお茶の間に拡散した。
まあ…確かにやたらとインパクトのある台詞ではあった。

「銀時様!」

その時,話題の的である流行語大賞有力候補者が庭の向こうからこちらへ駆け寄って来た。
そう―――はこの万事屋と真選組入隊前から面識があるらしい。

「こんにちは,銀時様。お元気そうでなによりです」
「おう。今,丁度あんたの話してたんだよ。大人気だよね」
「ありがとうございます。吉原での銀時様の人気には敵いませんわ」

詳しいことは聞いていないが『常夜の街の夜明け』には万事屋が深く関わっているらしい。
もっとも,幕府上層部も吉原解放についての情報を一切こちらへ寄越して来ないので,あくまで
噂レベルだ。
に以前ちらりと聞いたが,
「万事屋の皆さんは,吉原の街をピカピカに大掃除してくださったんです。おかげさまで今は
 小蝿1匹飛んでいません。以前は衛生環境がそれはもう酷いものでしたから,吉原の女達は
 万事屋さんに感謝してもしきれないんです」
と笑っていた……嘘が得意だと言う割に随分と雑な嘘だ。
事実を言う気が無いということだけはよく分かった。

「そういや将軍とのロマンスはその後どうなったの?」
「あれはマスコミの方々の冗談ですよ。実際には,そんなこと全然ありませんもの」
「あ~やっぱそういうモンなんだな」
「それに…」

は言葉を切って,俺の方に視線をちらりと投げかけてきた。
それがまたひどく意味ありげな眼差しだったので,俺の心臓は派手に跳ね上がった。

「私は立ち位置が一番上の殿方より,二番手の殿方が好きなので」


…なんだそれは。
なにを言うんだ こいつは。


「ああ。マリオよりルイージ,悟空よりベジータ,DIOよりもホル・ホースが好きってやつね」
「その通りです。さすがは銀時様」
「いや何がさすがなんだよ,何が」

よくわからない称え方をするに,万事屋が耳の穴をほじりながら苦笑いをした。
は「すみません,殿方を褒めるのが癖なんです」と口角を上げて(良い癖なんだか悪い癖
なんだか),謝りついでといった感じで辞去のおじぎをした。

「それでは,私は失礼します。これから女の子達の戦闘訓練なんです」
「おう。またな」

万事屋は片手を挙げてそれに応えて,が道場に入っていくのを見届けると,『にんまり』
という音が聞こえてきそうな笑みを浮かべて俺を見た。

「いやはや良かったね~土方副長。立ち位置が二番手で」
「うるせェ黙れ死ね」

『副長』の『副』のところをやたらと強調するな。
モテる男はツラいねぇ,と万事屋はいつの時代も大差ない弄り言葉を口にしながら俺の肩に手を
置いて来た。
俺は舌打ちを隠しもず,盛大にその手を払い除けた。


+++++++++++++++++++++++++++


「知らなかった?坊や」

意味深な流し目,
ほんの少し低められた声音,
何とも言えないアルカイックスマイル……

…で,キメ台詞をのたまう真選組局長(別名:酔っ払いゴリラ)。
そうかと思えばすぐさま表情を崩しに崩し,近藤さんはビールを飲む俺の肩をばしばし叩いた。

「かーーーっっっ言われたい!むしろ言われたいよ,俺は!!わかる?この熱い気持ちお前に
 わかるかトシ!?」
「あんたがドMだということはよくわかったよ,近藤さん」

俺が半眼で冷たく言い放っても全くめげず,

「そんなこと言って!トシだって言われたいと思ってるく・せ・に!知ってるのよ,坊や!」
「思ってないし,よしんば思っていたとしてもあんたには言われたくないと思ってる」
「ひど!ちょっとふざけただけじゃん!?そんな冷たい目しなくても良くない!?」
「冷たい目なんかしてねーよ。これはゴミを見る目だ」
「余計に酷いんですけど!!」

泣き真似をする近藤さんにさりげなく水を手渡せば,何の疑問も無い様子でそれを飲み干して…
そのまま畳に寝転がり直ぐにもいびきをかき始めた。
…やれやれだ。
しかし,この場に寝転がっているのは近藤さんだけではない。
東雲党の壊滅を祝して開かれた屯所内の飲み会は,既に佳境を過ぎていた。
大部屋の畳には…いや畳にだけでなく床の間や廊下に至るまで,飲み過ぎでツブれた隊士達が尸
類類と倒れ伏している。
自分の限界を超えてもなお飲み続けるのは,こいつらの悪い癖だ。
けどまァ局長がそうなんだから仕方ないと言える。
かくいう俺も普段はあまり人のことを言えないのだ。
…副長までそうなんだから,ホントに仕方ないと言える。

「姐さん,酒強いですね。一戦交えやせんか?…あ,一戦交えるっつってもエロい意味じゃ
 なくて純粋な飲みくらべでさァ。別にエロい意味の方でも良いけど」
「良いわけないでしょーが!バカですかあんたは!」

赤い顔でに絡む総悟を,山崎が無理やり引き剥がした。
以外の女性隊士達も,それぞれが他の隊士達とおおいに盛り上がっているようだ…もしか
すると,女性隊士の方が男共より余程酒に強いのかもしれない。
俺は部屋をぐるりと見回した後,再び視線を元の位置に戻した。
は総悟の肩を親しげに叩いて,

「2年後に飲みくらべしましょうね,沖田さん」
「んじゃエロい意味の方で,」
「沖田さんのファンに苛められてしまうので遠慮します」
「かわし方がプロだね~さん」
「ちっ」
「沖田隊長,聞こえるように舌打ちせんでください。つーか,いい加減もう寝た方が良いですよ。
 あんた完全に酔っ払ってるでしょ。潰れる間際でしょ」
「うるせー山崎死ね」
「心配してる部下になんつー言い方するんですかあんたは!ほら行きますよ!すみません,斉藤
 隊長も手伝ってください!」
<了解だZ>

くだを巻く総悟を抱え,山﨑(と実はすぐ横で黙々と飲んでいた沈黙の三番隊隊長)は千鳥足で
襖をぶち破るようにして出て行った。
…酔っ払いが酔っ払いを介抱できるのかが極めて疑問だが,まあ放っておこう。
ああいうのに付き合うと昔からろくなことが無い。それより,

「おつかれさまです,土方副長」
「…おう」

あんな飲んだくれ3人組に付き合うより,と話す方が良い。
俺じゃなくても,男なら皆そう思うだろう。

「今回は本当によくやった。東雲党を完膚無きまでに叩き潰したのはお前だ」

褒め言葉をかけながら徳利を傾ければ,は嬉しそうに目を細めお猪口を差し出して来た。
七分くらいまで酒を注いでやり,乾杯と互いに軽くお猪口を合わせた。

「いえいえ,私は最後にちょっとお説教しただけですし」
「そのお説教が効いただろうよ。お前も言ってたが,普通に集団逮捕しただけじゃ,下手に世間
 の同情買っただろうしな…」

そして逆に真選組の評判は下がっただろう。
前途ある若者達を潰す無情な奴ら,と。
その無情な奴らを抱える幕府はいかに非情な存在か,と。

「…とは言っても,お前はあんな胸糞悪ィことガキに言われたんだ。凄ェ気分悪いだろうが…」
「お気づかいありがとうございます。でも,私もその彼に散々言い返しましたから。言い負かし
 ておきながら被害者面するのは道理では無い気がしますしね。あの坊やにしてみれば『藪を
 突ついて蛇を出した』って心境でしょうし」
「…随分とおっかねェ蛇が出て来たもんだな」
「おっかない蛇と鬼が出て来たんですよね」

そよ風のように笑うは,およそ蛇とは似ても似つかない。
…鬼とは俺のことだろう,言うまでもなく。
しかし,あのクソガキにとっては藪を突ついて蛇どころではなくて,藪を突ついたら龍が出て来た
くらいの衝撃だったかもしれない。
龍と鬼が一度に出て来りゃ衝撃どころかトラウマになるだろう。

「ま,今回はマスコミが東雲党にトドメを刺した…って言えなくもねーな」
「今までわりと東雲党のこと持ち上げるように報道していましたけれど,見事に手のひら返して
 くれましたものね」
「だな。マスコミは真選組に好意的になってくれている…予想以上に」

そこで俺は息をついて笑った。

「予想以上というより期待以上というべきだな。好意的な波は,お前の入隊以降に創り出された
 波だ。お前がマスコミに普段から良い対応をしてくれているおかげだ」
「『振れるだけの愛想を振っておけ』がわたしの流儀ですから」

ほほほと仙女のような笑い声を出すに「八方美人もそこまで行くと逆に清々しいものが
あるな」と感心する。
愛想を過剰に振ったり媚を売って来たりする人間達を,今まであまり好きではなかったのだが,
考えを改めても良い気がした。

「しかし…あのガキに説教かましてる時のお前はマジで怖かったな。つくづく『敵に回したく
 ねェ』って思ったよ」
「あら。だって,お優し~い上司が『自分を貶める発言は許さないぞ』って言ってくれたんです
 もの。ここで怒らないと『なんでテメェは怒らないんだ』って,わたしが怒られると思って」
「…」
「それに,土方副長の怖さには敵いませんよ」
「は?」

はスマホを取り出し素早く指先でパネルを撫でると,ほらっと俺の方へ画面を向けた。
そこに表示されている記事と写真に,思わず「げっ」とカエルのような声が漏れた。

「『怒れる鬼の鉄槌!』ですって。怖いけれど,素敵な写真」

額を抑える俺の横で,はなんとも愉快そうに笑う。
スマホには某ニュースページが表示されており,今しがたの読み上げたこっ恥ずかしい
タイトルと共に,あのクソガキをぶちのめしたまさにその瞬間の俺の写真が掲載されていた。
はウキウキと語尾を跳ねさせて,

「土方副長の人気もうなぎ上りですね!」
「…報道の奴らはどうやってンな写真を手に入れてんだ?」
「さあ?でも,これに限っては沖田隊長でしょ?あの時,スマホをそちらに向けていましたし」
「わかった,あいつも明日ぶん殴る」

思わぬ写真の出処に,俺は我知らず拳を固めた。はそんな俺の様子にくすくすと笑い声を
立てて,

「でも,この分だと土方副長の女性人気がますます高まりそうですね。恋敵が増えちゃって,私は
 これからが大変」
「…」

……これだ。

反応してしまうと聞き流すふりも出来なくなるということはよく分かっていたのだが,俺はつい
の方を見てしまった。
は花が香るような微笑を浮かべて俺を見つめている……
……これだよ,これ。
俺は赤らんで来る顔を,ともすれば緩みそうになる顔を,どうにか掻き集めた理性でしかめた。

「,ちょいちょい挟んで来るよな。聞いてねェふりをするのも大変なんだが」
「あら。何をです?」
「…」

とぼける気か。
小動物に戯れついている猫のような表情をしているくせに,とぼけられるとでも思っているのか
こいつは…俺は大きく溜息をついた。

「お前な,そういう思わせぶりな発言は……」
「真面目に言えば良いんですか?」
「あ?」

はおもむろに身を乗り出すと,俺の耳元すぐ横ぎりぎりまで唇を近付けた。そして,


「好きよ」


透き通る声で甘く囁いた。
しかも,熱っぽい吐息が耳にかかった。
まるで春風に身も心もくすぐられたかのようだった。

「…っ!?」

俺は耳をおさえて思わず仰け反った。
赤面を隠すのも忘れてを凝視すれば,真剣そのものだった彼女の視線がみるみる間に緩ん
でいき,先程のような戯れている猫の表情になった。

「…ああ。また,あれか。『吉原ジョーク』ってやつか」

俺は少しホッとするような,かなり残念なような,ひどく複雑な心境で息をついた。しかし,

「どうでしょ?今度は本音だったりして」
「…」

は片目をつぶってみせて,

「どっちかしら?……副長にはまだ分からないかな」

  真面目だし,鈍いもの。

凝固している俺の肩を,気楽にぽんぽんと叩いて「さっきの写真,沖田隊長から貰おうっと」など
と呟きながら立ち上がった。
おやすみなさい,とは語尾にハートでも飛ばしてんじゃないのかと思うくらい愛らしく笑った。
俺はそれに対してもろくに反応できず,フリーズしたままだった。
しかし,

「……どっちだよ!?」

が襖を閉じるのを合図に金縛りが解け,俺は手をわななかせて叫んでいた。
すっかり煮上がった頭を乱暴に掻いて,閉じられた襖をキッと睨む。


  この鬼の副長を手玉に取るたァ イイ度胸だ。

  絶対に奪ってやるから覚悟していやがれ。


俺が意気込むと,襖の向こうから笑い声が漏れ聞こえてきた。
それから襖が10センチ程開いて,隙間からの顔が覘いた。は,


  望むところ。


…と,ほぼ口パクの小声で言い,にっこり笑う。
俺は再び襖が閉められようとしたところで立ち上がり,ずかずかとそちらまで歩み寄った。
閉じられかけた襖をガッと無理やり開いて―――上目遣いで俺を見上げるを,ほとんど
衝動的に抱きしめた。


俺たちの背後から 歓声だか悲鳴だかが上がるのは……これのほんの数秒後。



----------------------Fin.





2016/12/10 up...
これがわたしの書く最後の夢小説です。8年間本当にありがとうございました!(RICO)