「ぶっちゃけた話,さんが監察方だったら良かったのにな~って,思うんですよ。今でも」

報告書の入った茶封筒を抱えて溜息をつく山崎に,これまた別の報告書を手にしたは満更
でも無さそうに笑った。
時は夕暮れ,場所は屯所内の俺の部屋で,たまたま報告のタイミングが重なった2人と俺の合計
3人は,休憩がてら世間話やら職場の話やらに興じていた。
山崎はの入隊前から女性監察方の必要性を度々訴えていたが,いまだに諦めきれないようだ。
ねちねち言われ続けて食傷気味な俺とは逆に,は日向で寛いでいる猫のように微笑んでいる。

「何度もそう言っていただけて嬉しいです」
「…山崎,お前それ何回言うんだ。こちとら耳タコだっつの」
「いやいや本当にそう思うんですってば!だからこそ何度も言っちゃうんですよ!女性の方が
 男より警戒心抱かれにくいし!」
「それに,潜入方法のレパートリーも増えそうですよね。カップルとか夫婦のふりも出来て」
「そう!さん,そうなんだよ!」

山崎は我が意を得たとばかりに大きく頷き,の方に身を乗り出した。

「さん,百華の人達で真選組に興味ありそうな人はいない?」
「うーん…転職を考えているコ達は何人かいますけど」

山崎のこの質問は,近藤さんや俺も訊いたことのあるものだった。
そのせいかはちらりと横目で俺の方を見た。
急に流れてきたの視線に,俺は内心少し動揺した。


     『下賤の者』と言われても
    私は反論できません。


あの時否定してやらなかったことを,数日経った今も俺は強く気がかりに思っていたし,いつ否定
しようかとタイミングを見計らっては「しかし今更蒸し返すのも変なのか」と足踏みをしてもいた。
我ながら珍しく優柔不断になっていた。
…が,少なくとも今がその時ではないことくらいわかっていた。
の報告書に俺が判子を押してゆく横で,

「百華の女達は基本的には監察方に向かないかもしれません。遊女から百華に転向した女達は,
 元々目立たないといけない職種だった分『自分を周囲に溶け込ませる』のが不得手ですし…
 私も含めて。逆に,元から百華の女達は,嘘をつくのもつかれるのも苦手ですし。お頭に似て」
「そうなんだね~足して2で割ればハイスペックな監察方の出来上がりなのにね。ンな上手い
 話はなかなか無いってやつか」
「かもしれませんね」

山崎が大きく息をついたところで,は立ち上がった。さりげなく俺の手元も見ていたらし
く,報告書の最終ページに判子を押したのとほぼ同時だった。は空になった封筒を片手に,
にっこり笑った。

「それでは,わたしは戻ります」
「おう」
「おつかれ~さん」

気楽に右手を振る山崎に,もひらひらと指先だけ品良く振ってみせた。
別にどうと言うことも無い仕草が,いちいち可憐だったり優艶だったりするのは本当に流石だ。
の背中を見送った山崎は熱に浮かされたかのように顔を赤らめ,

「はあ…やっぱりさんが監察方だったら良かったのに」
「…お前,さっきとは違う理由でそう言ってるだろ絶対」
「良いでしょーが,ちょっとした願望を言うくらい」

俺のツッコミへの反発をはさみ,一転して山崎は生真面目な表情になった。

「で,これが東雲党の活動報告です」

東雲党は,先日商業施設に爆弾を仕掛けようとした女(=から『お小言』を喰らった女)が
所属している攘夷一派だ。
山崎から渡された潜入捜査報告書へ目を通していくうちに,自分自身の目が徐々に尖っていくの
を感じた。そんな俺の表情の変化を見つつ,山崎は苦虫を噛み潰したかのように,

「以前の報告では『チンピラ集団』と言いましたけど。訂正します。チンピラ集団というより
 むしろ不良集団です。攘夷とは名ばかりのクソガキ集団,と言う呼び方が1番適切かと」
「このテの輩に対しては,俺よりも他の攘夷党の方が怒りそうだな。『軽々しく攘夷を叫ぶな』
 って。桂あたりも激怒すんじゃねーか?」

  <侍の誇りを捨て天人に服従する幕府を この時代の若者として許すな>
  <若者による自由な理念の攘夷>

参考資料として報告書に添付された東雲党の宣伝紙には,大層お綺麗な文言が並べられている。
他の攘夷党のそれより過激な言葉や血生臭い写真は無く,むしろ清潔感さえ感じる宣伝紙だ。

「この『若者として』『若者による』というのがポイントらしくて。メンバーのほとんどが暇
 持て余してる学生とか,フリーターくずれのニートで年齢層若いです。男女比も半々で」

スタイリッシュな宣伝紙とは裏腹に,報告書には『強盗』『脅迫』『放火』『暴行』等といった
随分不穏な言葉が頻繁に出現する。
どうやら飾り立てられた宣伝文句は「若者」というポイント以外,組織の内実と欠片も一致して
いないらしい。

「『モラトリアム期に反社会的なことをやってみたくなった若者』てだけならよくある話だし
 そういうのを反骨精神と捉えた大人から好意的に見られたりもしているんです」
「昔からそういうガキも大人もいたよな」
「メディアもまるで奨励するかのように彼らをニュースに取り上げることもありまして。でも,
 政治への主張は明確でも具体的でもなく。小難しい言葉や耳ざわりの良い台詞を並べるけど
 中身は全く無いっつーか。ほとんどノリで言ってるだけっつーか」
「まあ,ガキの主張なんて大抵はそうだろうよ」
「中核は『口だけ達者な面倒くさいガキ共』で,末端は本当に『ただの不良』っつーか。しかも
 タチが悪くて。ただ単に飲酒して暴れ回っただけのくせに,『俺達は大人達に訴えたいことが
 あるんだ』とか適当に叫んでる奴らもいました。陰では『自分達は18歳未満だから何をし
 ても法が守ってくれる。たとえ何人殺しても,レイプしても大丈夫だ』って平気でほざいてる
 輩も多くて」
「……ゲス野郎共」

俺の口から思わず悪態の言葉が漏れたが,眉を寄せている山崎も同意見らしかった。
大きな溜息を一つはさんで,

「東雲党に所謂『リーダー』は存在しませんが,『中心メンバー』はいます…今さっき言った
 『口だけ達者な面倒くさいガキ共』のことです。そいつらを叩くのが1番かと」
「…だろうな」
「奴らの本拠地は簡単に見つかりましたよ。他の攘夷党もこんなに迂闊だったら良いのに,って
 思ってしまうくらいアッサリ」
「そりゃそうだ」

胸糞の悪さをぶつけるつもりで,俺は報告書をテーブルに叩きつけた。
何の理想も無いガキ共が,私利私欲を満たすための隠れ蓑として『攘夷を名乗る』とは笑止千万だ。
その彼らを『国の将来を憂う若者』として紹介するメディアもメディアだが。
いずれにしろ―――

「―――たとえ悪ふざけでも『攘夷』を掲げた以上,真選組を敵に回しちまってるってことを
 教えてやらねェとな,クソガキ共に」

俺は煙草の火をつけて吸い込み,溜息と共に煙を吐き出した。
そして,煙たそうに目を細める山崎に,にやりと笑ってみせた。

「一網打尽だ」


+++++++++++++++++++++++++++++


討ち入り間際の空気は決して嫌いではない。
日頃は喧しい隊士達がしんと静まり返り,まるで真っ白な風呂敷をぴんと張り詰めたかのような
清廉とした緊張感で空気が満たされる。
まもなく日付が変わる真夜中,真選組の4分の1にあたる人数の隊士達が,東雲党の本拠地を闇に
紛れて取り囲んでいた。
突入の時間まで間も無いというタイミングで,裏口を見張っている隊士の1人に―――に
小声で話しかけた。

「あと10分で合図が出る」
「了解です」

こちらに合わせた密やかな声では頷きを返した。
そして自分の細い手首に巻かれた腕時計を見,自分の得物である薙刀の柄を軽く握り直した。
討ち入りに際して緊張しているような素振りも無く,はいつもと同じだ。
いつもと同じく……ただそこにいるだけで華々しいオーラを放つ男装の麗人だ。

(…こいつに監察方は無理だろうな)

本人が望もうと,他の誰が望もうと。
あまりにも華があり過ぎる。
吉原という日陰から解き放たれた牡丹の花は,
太陽の下でこそ咲き誇るべきだ。

「この前は悪かった」
「…何がです?」
「お前は『下賤の者』なんかじゃない」
「…!」

謝罪の言葉は自然と口から流れ出ていた。
目を大きく見開くに,俺は声を潜めたまま続けた。

「あの時すぐに否定しなかったのは,俺が否定しても同情してるみてェに受け取られちまうかも,
 と思ってしまったからだ」

一度素直に口にしてしまえば,後はほとんど自動的に気持ちは言葉になってくれた。固い蛇口を
ひねり,勢いよく水が溢れ出すかのようだった。

「」
「…はい」
「金輪際,自分のことをああいう風に貶めるのは許さねェ。上司命令だ」

言い切ってから目を逸らした。
視線をそちらに向けていなくても,が俺の横顔をじっと見上げていることは分かった。
つくづく「眼差しで語る」タイプの女だ。

「…もしかして,ずっと気にしてくださっていたんですか?」
「…」
「土方副長って,本当に優しいですね。『鬼の副長』なのに」
「…優しくねェよ。今だって偽善じみてんじゃねーか,ってもやもやしてる」
「わたしは,こうして否定していただいて嬉しいですよ。たとえ同情でも偽善でも,そこから愛を
 感じれられるなら嬉しいものです」
「…そうか」

安堵して笑みが漏れて―――瞬間固まった。

「…待て。何を感じたって?」
「愛を感じました」
「…2度も言うな,恥ずかしい」
「土方副長が聞き返したんでしょう」
「うるせ」

時が時,場合が場合なのに顔に熱が集まって来るのが分かり,俺は口元を掌でおさえた。
夜闇の中だからこちらの赤面など知れないはずだが,には確実にばれていると思った。
は真綿で包めたかのような小声でくすくすと笑っている。

「あ~…本当に罪なひと。許し難いけど,許しちゃうのよね」
「…何か言ったか?」
「いいえ,何も。ただの吉原ジョークです。さぁ,もうそろそろ10分経ちますよ」
「ああ。わかっている」

促されるまでもなく,俺はトランシーバーに向かって声をかけた。俺の一声に対し,表口の方で
待機している一番隊隊長が気怠げに応答した。

「こちら沖田。誰かと思ったら姐さんと楽しくお喋りして舞い上がってる土方さんじゃ
 ねーですか」
「こちら土方だ。てめェはどっかから見てんのか?つーか誰が舞い上がってんだよ誰が」
「こちら沖田。俺はなんでもお見通しでさァ。で,その浮かれポンチな土方さんが俺に何の用
 ですか?」
「こちら土方。用なんて一つしかねェだろうがバカ」

コントじみた遣り取りを強制的に打ち切り,俺は挑みかかる意思を乗せた声を発した。

「突入する!」

+++++++++++++++++++++++++++++


祭りの後の寂しさよ,とはよく言うが。
今のこの状況は真逆に「祭りの後の騒がしさよ」とでも言うべきか。
東雲党への討ち入り自体は,それほど時間をかけず速やかに終了することが出来た。
「至極あっさり終わった」と言って差し支え無かろう。
しかし,主要メンバーの全員を捕縛後,どこかから情報を聞きつけてきたマスコミ各社が続々と
押し寄せ,今は黄色い立入禁止テープの向こう側でやいのやいのと騒いでいた。
さらに,マスコミが駆けつける前までは怯えて神妙に繋がれていた連中が「横暴だ」だの「公権
力の暴力だ」だのと同情を引こうとしているのか,報道向けらしき発言を叫び始めた。
…祭りの後の騒がしさよ。
俺は鬱陶しく喚く奴らがいない所=マスコミから離れた所へと移動した。

「気持ちが良いくらい全員とっ捕まえることができましたねィ」
「…そうだな」

手錠をぶんぶん回しながら話しかけてきた総悟に俺は軽く頷き返した。
東雲党の連中は,真選組が襲撃をかけて来ることなど微塵も予想していなかったらしい。
というより,自分が他者から攻撃を加えられる可能性自体を考えていなかったのかもしれない。
そもそも本拠地の周囲にろくな見張りを配置していなかったし,実際にこちらが御用改めと部屋
へ踏み入っても驚きのあまりフリーズしてしまうような連中ばかりだった。

「中心メンバーは皆もやし君で笑っちまいまさァ。見るからに勉強だけやってました,って臭い
 がしますねィ」
「そのまま勉強だけやってりゃ良かったんだ。そうすりゃいずれはこの国の中核になれたかも
 しれねーし,それで世の中を合法的に変えることもできたかもしれねェ」
「頭良いっつってもそこまで頭良くは無かったんじゃないですか?だからこうなったんでさァ」
「…まあ,な」
「結局,あの連中は自分達の力でなんとかしようって気はさらさら無いんですよ。俺達しかいな
 かった時はビビりまくって縮んでたくせに,マスコミが来た今になってギャーギャー吠えて。
 『これは人権侵害だ』とかなんとか。いや~本当に人権を侵害してやりてェよ。とりあえず
 警棒でも口に突っ込んでおきやすか」
「そうしたいのはやまやまだが,それは止めておけ」

俺は苦笑しながらライターを取り出し,煙草に火をつけた。
紫煙が白い紐のようにゆるゆると闇の中を昇ってゆく―――その時,

「身の程を知れ,牝犬!」

報道集団から遠い比較的静かなこの場に,憎しみと侮りの込められた金切り声が響き渡った。
何事かとそちらを振り向くと,手錠をかけられ激情のまま叫ぶ若造と――対照的に冷静な眼差し
をしたが対峙していた。

「汚らしい売女上がりが偉そうに何を鳴く!」

最初だ。
1番最初の発言で―――既に俺の沸点を軽々と超えていたのだ。
このクソガキは逆鱗を逆鱗とも知らず,それに愚かしく触れ続けた。

「醜い傷のついた顔を隠しもせず,恥を知れ!幕府の犬共に囲まれて尻尾振ってる牝犬の分際で
 この僕を捕まえるなんて………っっ!!!」

そこで強制的に言葉は途切れた。
俺の渾身の力を込めた拳が,男の顔面に炸裂したからだ。
男は首が引きちぎれんばかりに頭を横に向け吹っ飛んだ。
不様にもんどり打って倒れた男の胸倉を容赦無く突掴み,

「もう一度言ってみろ」

どすを効かせた低い声で俺は命令した。
男は鼻から血を出すわ目から涙を出すわの極めて情けない状態で,しゃっくりのような短い悲鳴
をあげた。だが,同情の気持ちなど微塵も浮かばず,それどころか怒りだけが増幅した。

「もう一度言ってみろ,と言ったんだ。この場でたたっ斬ってやる」

こんなにも見苦しく臆病なクソガキが,を貶めたのだと思うと,殴るだけでは俺の気が済ま
ないと思った。しかし,

「土方副長,おやめください。あなたの手を汚すことはありません」

涼やかな声で割り込んで来たのは,他でもないだった。
は有無を言わさず,俺の手を男の胸倉から無理やり離した。
男の顔全体に卑しい笑みが広がるのが見えて,俺は「こんな野郎をゆるすのか」と怒鳴りそうに
なったが―――の大きく振りかぶった平手が,男の頬を強烈にぶっ叩いたので,声を呑み
込むことになった。
俺の鉄拳に比べれば衝撃はかなり少なかっただろうに,男は頬を抑えてその場にへなへなと座り
込んだ。
は腰を抜かしている男を冷たく見下ろし,

「平手だったことを感謝してください。副長が殴ってくれていなければ,鼻の骨が折れるまで拳
 で殴るところでした」
「こんな……暴力だ!不当だ!訴えてやる!」

言うに事欠いてなのか,あまりにもこの場にそぐわない滑稽な台詞をクソガキは吐いた。
こいつのママやトモダチ,人権詐欺師共ならば,慰めてくれたかもしれない。庇ってくれたかも
しれない。しかし―――

「訴える?ンなことが出来るとでも思っているのか?」
「随分と無知ね」

―――この場にいるのは鬼の副長と,牡丹の武士だ。

「俺達が何の根拠も後ろ盾も無く『攘夷浪士』を斬っているとでも思ってんのか?」
「真選組にはね,『攘夷』を掲げる全ての輩に対しての斬り捨て御免が認められているの。
 お上からね」

俺とが交互に発する辛辣な声とその内容に,男の腫れた目がびくりと震えた。
は屈み込んでクソガキと同じ目線になると,男の不安定に揺れ動く双眸を,真正面から
眼差しで突き刺した。

「つまり,あなたはここで殴られるどころか斬り捨てられても文句を言えないのよ」

はそこで言葉を切り,横で見ている俺まで震えそうになる程凍てついた微笑を浮かべた。


「知らなかった?坊や」


牡丹の武士は,鮮やかに嘲笑う。
の言葉は疑問形になってはいるが,男の返事を少しも求めていなかった。

「まさかそんなことも知らねェで『攘夷』を掲げていたとはな…こっちがびっくりだ」
「そうですね,土方副長。きっと他の攘夷党も驚くでしょうね」
「どうする,?この場でなます斬りにでもするか?」
「それもまた一興ですね。けれど,それよりもこっちの方が平和的で良いと思います」

が胸ポケットに手を入れた時,刃物でも取り出すと思ったのか,男の肩が大きく跳ねた。
しかし,彼女の手に握られている細長い箱状の電子機器を見ると不安気に眉をひそめた。
がボタンを押すと,その小さな機械から先程男の放った「身の程を知れ,牝犬!」という
罵声やそれに続くさらなる侮辱の発言が次々と再生された。
男の目が困惑で白黒に瞬くのを前にして,は口角の片側だけを上げた。
…正直言って,俺もこれには内心で度肝を抜かされていたのだが…まさか録音していたとは。

「悲しいかな,こういう侮辱をされる可能性は容易に想像つくのよね。だから,ボタン1つで会話
 を録音出来るように,常日頃から準備はしているのよ」
「な,何を…それで……一体……?」
「あなたの発言は,大々的に報道で取り上げてもらうわ」
「!」
「『東雲党の中心メンバーが,真選組の女性隊士を売女と呼び,牝犬と叫んだ』と。あなたの音声
 付きで流してもらいましょうね。あなたが未成年じゃないなら,当然だけど実名だしモザイク
 無しの写真付き報道よ」
「ま,待って…!」
「世間での東雲党の株は一気に下がるでしょうね。あなたのせいで。味方になってくれるマス
 コミも,もう現れないでしょうね」

男が口にしかける懇願の台詞など一切聞こえないとでも言うかのように,の言葉は途切れ
ることなく流暢に続いた。

「さっきの発言さえ無ければ,集団逮捕された東雲党に同情する流れもあったかもしれないわ。
 でも,もう無理ね。あなたのせいで,東雲党は完膚なきまでに解体するのよ」

あなたのせいで,という部分には力を込めた。
それから,何の前触れもなく隣の俺を振り返ってにこりと笑ったので,平静を装うのに苦労した。

「あなたとしては,心優しい鬼さんから沢山殴られた方がマシだったかもしれないけれど」

ちょっと待てそれは俺のことかと口を挟みたくなったが,の視線は再び男へと向いたので
追求するタイミングを逃した。
とうとうむせび泣きを始めた男に,は心底可哀想にとでも言いたげに眉をいじらしく寄せて,

「ご愁傷さま」

甘ったるい声で,全く気持ちのこもっていない同情の言葉をかけた。
これ程までに無情な慰めの挨拶は,滅多に聞けるものじゃないだろう。

そして,はもう一度俺の方を向いて―――今度は敬礼をした。

何事かと口を半開きにした俺に,の口が5文字の言葉を形作った。


  あ り が と う


彼女の目には,先程とうってかわって真摯な光が宿っていた。
こちらを揶揄するような色は全く無く,真っ直ぐな感謝な心が眼差しから伝わって来た。
それを見て―――思わず笑みが零れた。

(お前は……自分のことを自分で守れるんだろうがな)

俺は片手を挙げて,に頷きを返した。


  少しは 俺にも守らせろ。


上司命令だ,と。
そう言ってやれば,仕事熱心な彼女は従ってくれるだろう。