お味はいかが?



「しなさい!」
「イヤ!」

…ギャーギャー,ギャーギャー,やかましいアル。
発情期アルか,この野郎共。

特大のチョコレートケーキを前に,銀ちゃんとの言い合いが始まって,もう1時間。
まさにヘビーローテンション。
…あっ間違った『ヘビーローテーション』ネ。
けど,私の気分的にはヘビーローテンションで間違いないヨ。

「しろって言ってんでしょーが!」
「い…イヤ!」

…これ,いつになったら終わるアルか?
私は2人を半眼で見つつ,定春の頭をくしゃくしゃと撫でた。
銀ちゃんとは,時々すごくくだらないことで喧嘩するけど,今回もやっぱりものすごくくだらない
ことでバトルが始まったアル。
そう…ものすんごくくだらないことで。

「いじらしく『イヤ』って言っても,これだけは譲らねェからね,銀さんは!」
「…だ,だって恥ずかしいんだもん」
「か,可愛く頬染めても,今回ばかりは絶対ほだされねェからな,銀さんは!」

…ほだされかけたアル,今。
私にはわかったネ。にやけるのを必死に我慢してたアルヨ,銀ちゃん。
(しょうがない男ヨ,本当に)
痴話喧嘩のきっかけは,目の前のチョコレートケーキだった。
このケーキは昨日と私と2人で作った大作ネ。
に「去年は面と向かって渡せなかったアル」と,ぼやいたら「じゃあ今年は一緒にケーキ作って
一緒に渡そうよ」と言ってくれたアル。
それで,昨日の夕方から夜にかけて,の家で2人で一生懸命作ったネ。それなのに…
(なんで喧嘩になるアルか?)
欠伸をしている定春の背中にまたがって,私は銀ちゃんをジト目で見た。

「『はい,あーんv』しなさい!」
「イ…イヤ!」

…これアル。
原因は,これヨ。

「なんでイヤなんだよ!?」
「そ,そんなのイヤに決まってるでしょ!」

チョコレートケーキを2人で一緒に手渡したところまでは良かったヨ。
銀ちゃんも新八も一気にテンションあがって,そりゃあもうみっともないくらいに喜びまくってたネ。
こんなに喜んでくれるなら,去年もやっぱり直接渡せばよかった,って柄にもなく思ったアル。
けど,新八が「ケーキに合う飲み物が無いから,買って来るよ」と出かけて行った後,沖田という名前の
ドS野郎から電話がかかってきて…
電話に出た銀ちゃんは,「沖田クン?なにか用?今の俺は超ご機嫌だからお前の嫌味もさらっとスルー
できるからね」と余裕をぶっこいていたけど,話している内に見る見る間に顔色が青くなって,最後は
真っ赤になって電話をぶっ叩いて切ったアル。で,その後の第一声が,
――ジミー君に「はい,あーんv」したって本当か!?
…という,間違っても大声で叫ぶようなことじゃない,みっともない科白だったアル。

「『イヤに決まってる』なら,なんで山崎にはやったんだよ!しかも,すすんで!」
「そ,それはっ…」

は銀ちゃんの大声に負けないくらいに声を張り上げて,

「それは,山崎さんのことはなんとも思ってないから!だから出来るんだもん!銀ちゃんには無理!」

…それ告白と変わらないアル。ジミーはなんとなく気の毒だけどな。
が銀ちゃんのこと好きなのは,誰が見ていても丸わかりヨ。
銀ちゃんだってのこと大好きで,いわゆる『両想い』ってやつなのに,そんじょそこらのバカップル
より余程イチャイチャしてるくせに,2人はまだ付き合っているわけじゃないネ。
…ったく,見てるこっちがもどかしくなる奴らアル。

「なにそれ,なんでそんな損だか得だかわからない仕打ちを受けなきゃならないわけ?泣けば良いのか,
 笑えば良いのかわからないんですけど!」
「お,怒ってるじゃない!」
「怒りたくもなるわ!」

銀ちゃんはカッと大声を張り上げて,それからなにを思ったのか私の方にぐりんっと頭を向けた。
…何アルか?

「神楽!お前も何か言ってやれ!」
「…」

何かって何ヨ。
まぁ…銀ちゃんの言うことにも一理あるアル。
やっぱ『はい,あーんv』は青臭い男にとっては,夢とロマン溢れる行為らしいし。
けど,がここまで拒否してるのにも,実は『理由』があるネ。
私はその『理由』を知ってるから今まで黙ってたけど…あ,そうだ。

「」
「な,なに?神楽ちゃん」

いかにも「助けて!」といった風に目を潤ませて,は私を見つめてくるアル。
…助けてやるアル。
のことも,それから銀ちゃんのこともな。

「…『はい,あーんv』でも『リボンをかけた私がプレゼントよ☆』でも『ご飯にしますか,お風呂に
 しますか,それともア・タ・シ?』でも,好きなだけやってやるヨロシ。減るモンじゃないネ」
「か,神楽ちゃん!!!」
「よーし,よく言った神楽!!」
「けど,そのかわりにの希望も叶えてやるヨロシ,銀ちゃん」
「は?の希望?なにそれ?」

私の言ったことに銀ちゃんはきょとんとして,その向かい側では真っ赤になって慌て始めた。
けど,そんなに恥ずかしがることでも,慌てることでもないと思うアル。

「い,いいの!べつにわたしの希望は,いいの!あ,あれはちょっと冗談で言っただけだもん!」
「嘘つくのよくないヨ,。『あれ』をやりたくて,こんなに巨大なケーキを作ったんでしょ?」
「ち,違うの!」
「…え?なに?何なの,神楽?」
「だ,だめ!」

は銀ちゃんの耳をふさごうとして背伸びしたけど,結局届かなかったうえにその両手を銀ちゃん
から握られたアル(しかもなんかいやらしい触り方で)。
…こいつホント隙あらばセクハラするな,に。

「は銀ちゃんと『ウェディングケーキ入刀ごっこ』がやりたくて,こんなに大きなケーキを
 作ったネ」
「…へ?」

銀ちゃんは怒りも忘れたかみたいに目を丸くして,巨大なチョコレートケーキを見た。はというと,
半泣きで銀ちゃんの手を振り解いてキャンキャン喚いた。

「か,神楽ちゃんのバカぁ!なんで言っちゃうの!」
「良いじゃないかヨ。世の中なんでも『ギブ&テイク』だし。『はい,あーんv』をしてあげるかわりに
 ケーキ入刀してもらえば良いアル」
「だ,だから!あれは冗談だもん!」
「…」
「銀ちゃん,が『はい,あーんv』を嫌がったのはね,最初にケーキ入刀をしたかったからなのヨ。
 『はい,あーんv』をやったら,ケーキ欠けちゃうアル。欠けたケーキで入刀するウェディングなんて
 見たこと無いヨ」
「…あー」

銀ちゃんは頭をがりがり掻きながら,をちらりと見下ろした。は逆にぱっと俯いて,着物の
袂をいじり出した…耳まで赤くなってるアル。

「,神楽の言ってることホント?」
「…」

は何も答えないけど,「違う」と否定もしない。
銀ちゃんの方を見ないように見ないように顔を逸らしてるけど,銀ちゃんはその顔を見よう見ようと
覗き込むから,2人共なんだか首の曲がり方が変になってるアル。

「…ていうか,こっちの方が『はい,あーんv』より恥ずかしくね?」
「い,イヤならいいもん…」
「イヤとは言ってないでしょーが」
「!」
「ただいまー。紅茶とコーヒー買って来ましたよ」

がらがらと玄関の扉が開く音がして数秒後,新八が居間に姿を現した。いいところに帰って来たネ。
新八は,2人を見てすぐに只ならぬ状態なことに気付いたみたいで。

「…って,なにこれ。なにこの空気?一体どうしたんですか?」
「おー新八。いいとこに帰って来た。ちょっとお前,台所から包丁持って来い」
「包丁…ですか?ああ,ケーキ切るんですね」
「おう。けど,まあその前にちょっと,な」

はあ?と首を傾げながらも,新八は台所から包丁を持って来て,銀ちゃんに手渡した。銀ちゃんはそれを
受け取って,に差し出した。

「ほら,。ここらへん両手で持って。手ェ気をつけろよ」
「…いいの?」
「早く持ちなさい,花嫁サン」
「…」

新郎に,じゃなくて銀ちゃんに促されたは,ものすごく照れくさそうに包丁の柄を両手で握った。
銀ちゃんは左手を新婦の,じゃなくての腰辺りにまわして,右手はの両手にそっと沿えた。
いまひとつ話の流れの読めていない新八が,私にひそひそと訊いて来る。

「え,なにこれ,なにやってんの?」
「空気読めよ,新八。これから新郎新婦のケーキ入刀ヨ」
「…なるほど」

けど,まあ,そこはそれ。ダメガネといえど,空気は読める男アル。
即座に自分が何をすべきかわかったみたいで。拍手をするべく両手を構えた。

「新郎新婦,初めての共同作業アル。あたたかい拍手でお包みくださいヨ」
「おめでとうございまーす」
「おー,ありがとな」
「…」
「ほら,も。お客さんにちゃんとお礼言いなさい」

銀ちゃんはいかにも『嫁に命令する亭主関白な夫』みたいな感じで,を促した。はますます
赤くなって,私と新八の方を見た――ので,にかっと笑いかけた。

「結婚おめでとうアル」
「おめでとうございます,銀さん,ちゃん」
「あ,ありがとう…」

は幸せそうに笑った。
銀ちゃんと,2人で一緒にチョコレートケーキの真ん中に包丁を置く。
ぱちぱちぱち…と,私と新八の拍手が万事屋の居間に響いて,定春は「わんっ」と楽しそうに鳴く。
2人だけじゃなくて,万事屋全体が幸せな空気で満たされてるネ。
なんか…すごく良いアルな,こういうの。

今度はぜひ,本当の結婚式で。
ぜひぜひ,ネ。





――な,
――なあに?
――お前,いつかもう一度さ…
――もう一度?
―― …。
――…銀ちゃん?
――もう一度やる時は,今度は白いケーキだな。うん。
――…え?なに?今,何て言ったの?
――…なんでもないよ,お姫サマ。



2012/02/27 up...