スイート,ビター,スイート。


「ったく…今日は外回り行くんじゃなかったな」

パトロールを終えて屯所へ戻った時,俺の両手は派手な箱やら袋やらで埋まっていた。
今日が何の日か――すっかり忘れていた。
そういえば今朝「お妙さんからチョコ貰えるかなー」とかなんとか近藤さんが言ってたな。
軽く聞き流していたが,今日はバレンタインだったってわけか。
行く先々で見知らぬ女から箱を渡されるわ,馴染みの店のおばちゃんから袋を渡されるわ…
…俺は甘いものあまり得意じゃないんだがな。

「土方さん!」
「!」

てててっと小走りで駆け寄って来る少女の姿に,思わず笑みが零れた。
(あー…和む)
あれだ。あいつからはマイナスイオンが出ている気がする(んなバカな)。
なんか,こう『動物セラピー』的なもので癒されるわ,マジで。

「ああ…か。どうした?」
「あの――わっ…たくさんのプレゼント」
「あ?…ああ,まァそうだな」
「それ,全部チョコですか?」
「開けてねェからわかんねーけど…多分な」
「すごい…」

は俺が抱えているチョコを見,丸々と目を開いた。それから少し俯いて,なにやらもじもじ
し始めた。

「土方さん,あまり甘い物好きじゃないですよね?」
「好んでは食べねェな」
「…どうしよう」
「なにがだ」
「あの…これ」
「!」

おずおずとは本日実によく見た物を――綺麗なリボンに飾られた箱を差し出した。
その包装紙には『ゴデ〇バ』と印刷されている。洋菓子に疎い俺でも知っている(高いことで)有名な
チョコレート店のものだ。

「お前…これ,高いだろう?」
「ちょっとふんぱつしたんです」
「バカ」

俺は紙袋を受け取りながら,の頭をぽんぽんと撫でた。
…こいつの頭を撫でるのは,あれだ。もはや癖だ。それこそ動物セラピー的な。
なのに,どこぞの万事屋は俺のこの癖が大層気に入らないらしく,撫でるたびにぐだぐだと絡んでくる。
俺は不純な気持ちでこいつの頭を撫でるわけじゃねェんだから(あいつと違って),いちいちつっか
かかられるのは,マジで面倒だし迷惑だ。
…まァ,今ここにあのクソ天パはいねェから関係ないか。

「チョコの味なんて俺ァわかんねーぞ。安いので十分なんだよ」
「…だって」

は急に顔を上げ,俺を上目遣いにじっと見た。
…ん?なんだ??

「『苦いチョコレートを好きな人ほど美食家』って噂を聞いたことあるんです」
「そうか…。それで?」
「2週間前に『甘いのは食べらんねェから苦いやつな』って,言ってたじゃないですか,土方さん。だから,
 きっと土方さんは舌が肥えてるんだろうなあって思ったんです。」
「…俺そんなこと言ったか?」

2週間前といえば…あれか。月始めの飲み会(真選組はなにかと理由をつけては飲みたがる)に偶然
こいつが居合わせた,あの日か。
あん時は総悟がに酒飲ませようとして(というかお前も未成年だろうが!),その度に俺がそれを
ひったくって飲んだんだったな。
そのせいで飲み過ぎて,あの日のことはいまいち記憶に残ってねェんだわ,これが。

「言いましたよ。しかもチョコレートの話題全然してなかったのに,いきなり」
「…」

…そ,そうだったか?

「それに,土方さんその時『他の隊士達はチョコレート嫌いだが,俺は好きだぞ』とも言ってました」
「…へー」
「チョコレート好きなのに苦いのしか食べないだなんて,相当なチョコマニアだと思って…」
「…」

いやチョコマニアってなんだ。スイーツ男子か。
他の奴らはチョコ嫌いだが,俺は好きだぞ…って,ンなこと言った覚えはねェけど,ありえる。
普段女に飢えてるモテねェ男に,こいつが笑顔でチョコレートなんて与えてみろ。
なにか間違いがあったらどーすんだ。
……いかんいかん!そんなの俺は絶対にゆるさんぞ!!
切腹もゆるさねェ!市中引きずり回し(引き回しじゃなく)のうえ打ち首だ,打ち首!!

「あっ,でも土方さん間違えてますよ?近藤さんに『皆さんはチョコ嫌いなんですか?』って,その後
 念の為訊いたんですけど『へ?そんなことないよ?』って。今日皆さんにチョコあげるたびにもの
 すごく喜んでくれましたし」
「…そうか。俺の勘違いだったみてェだな」
「はい。甘いもの苦手なのは山崎さんだけですよ」

そうなのか?そりゃ知らなかった(素)。
それならなんであいつ見張りの時いつもあんぱん食ってんだ?
まァ山崎のことはどうでもいいか。
とどのつまり…俺は酔っ払ってこいつにチョコレートをせびった,てことか。
さながら父親が娘にバレンタインチョコをせびるかのごとく。

「…俺が悪かった」
「…?土方さん,何か悪いことしたんですか?」
「いや,いいから謝らせろ」
「???」

脱力した俺の顔を,はきょとんとした表情で覗き込んでくる。
その仕草がどうしても小動物っぽく見えてしまい…やはり和む。
俺は自分自身に苦笑して,受け取ったチョコレートの箱をひょいと掲げてみせた。

「ちゃんと味わって食う。サンキュな」
「…!はい!」

途端には嬉しそうに頬を綻ばせた。
嬉しいのは,俺の方なんだがな。

きっとこの娘は――あのクソ天パにもチョコレートを渡すのだろう。
からのチョコに,あいつが喜ばないわけがねェ。
それを見たはきっと更に喜ぶのだろう。
…腹立たしいようにも思うが,それでいい。
が 笑うのなら。

(さてと…)

――ホワイトデーには何を返そうか。