「な,なんかさっきからイマイチなネタばっかりねェ。次はわたしね」

パー子さんが早口に言いながらジェンガを抜き取った。それにしても,最初から今まで全然倒れる
気配が無かったのがすごい。ひょっとしてここにいる面々はジェンガの達人か。そんな馬鹿な。
「さてと…?」

≪男性陣,ひとり1つHな台詞を言う≫

「ちっ…女性陣じゃねーのかよ。あら。面白いのが出たわねえ」
…?なにか今聞こえた気がしたが。気のせいだろうか。
というか,なにををを!?
なんつー命令をするんだ,この玩具は!そりゃR15指定にもなるわ!!
激しく動揺する僕(だけではない男性陣)をスルーし,
「じゃあ上様からどーぞ」
パー子さんは上様に言う(いいのか?)。
「余からか。しかしHな言葉とはどのような言葉なのだ」
「まあまあ,そんなに深く考えずに。それっぽいことをおっしゃってくださればよろしくてよ」
「そうか…では」
上様はこほんとひとつ咳払いをなさった。そして,

「いきたいのか?」(小野声)

低い声で情感たっぷりにおっしゃった。なんというか…見事だ。
それを真横で聞いた君は,顔が発火するのではないかと心配になるくらい赤くなっている。
同じく反対側の真横で聞いたお妙さんはというと,さすがキャバ嬢なだけあって静かに笑っている。
九兵衛さんは一見平然としているように見えるが,片足の先がそわそわと動いており,パー子さんと
パチ恵さんは――なぜか他男性陣と同じく「どーでもええわ」的な表情をしている(無礼千万だが
僕も同じ心境だ)。そして,
「もうめんどいんで,時計回りにどんどん言ってちょうだい。はい,次はゴリさん」
パー子さんが首の後ろを掻きながら言った(その仕草は男のようだ)。
無茶ぶりされた近藤さんは「え!?」と動揺しつつも,

「力を抜け」(千葉声・佐為風味)

「はい,次マヨネーズ依存症」

「…今夜は寝かせねェ」(中井声)

「次ドS王子」

「『欲しい』って言ってみなせェ」(鈴村声)

――ちょっと待て。君たちはなんでそうノリノリなんだ…そういうことを僕にも言えというのか!?
仮に女性とそういう…そういう雰囲気になったとしても,なかなか言えない台詞をこの場で言えと!?
(無理だ!)
僕が心中で激しくヘッドハンギングしていると,男性陣の台詞をじっと聴いていたお妙さんがチッと
舌打ちをした。
「なんか…つっこみ様がなくて,かえってムカつくわ」
「ふむ。声は武器になるのだな。初めて知った」
九兵衛さんは心底感心したように頷いている(やはり彼女は天然だな)。
「は~…かっこいいなあ」
君はうっとりとしていたが,何を思ったのか急にパー子さんにびしっと指をつきつけた。
「パー子ちゃん,あなたも言って!」
「は?なんでわたしもなのよ。女よ?」
「上からの命令です」
「『上』ってどこ!?」
「上は上ですよ」
あっけらかんと君が言うと,パー子さんは「仕方ねェな」と溜息をついた(諦め早っ)。そして,

「…もっとなけよ」(杉田声)

おいコラ。なぜ鼻を押さえている,君。
「さ!トリをお願いします,伊東さん!」
そしてそのままの状態で僕にふるな。なんか嫌だ。素で嫌だ。
――こうなったら自棄だ。

「可愛がってあげるよ。全部ね」(真殿声)

「鼻血ジェットで大気圏を突き抜けそうです!!」
「なにを言っている」
思わず君の頭をはたいたが,彼女は大変満足そうだった――もう帰りたい(切実)。
そんな僕の願いは当然聞き入れられるはずもなく,ゲームは速やかに進行する。
沖田君は何事もなかったかのように,
「んじゃ次は俺でさァ。よっと」
無駄に俊敏な動作でジェンガを抜き取った。今度の内容は,

≪1人異性を選び、5分間膝枕してもらう≫

「当たりだねィ。嬢,膝貸せ」
沖田君はにやりと笑い,ちょいちょいと君を手招きした…ちょっと待て。
「え!?い,嫌です!」
君はぎょっとして手をぶんぶんと左右に振る。意外にも普通の反応だ。逆にびっくりだ。
沖田君は心底楽しそうな笑顔で彼女ににじり寄る(このドSが)。
「なんででさァ」
「だって…足太いし」
「足太い方が良い枕になるだろィ」
「そうかもしれないけど,腹立つ!ここは嘘でも『そんなことない』って言ってください!」
「あーそんなことないない」
「…」
凄まじく納得いってなさそうな表情で,君は沖田の頭を膝にのせた。
「あ~気持ち良いねェ。やっぱ膝枕はいっぱい肉ついてた方が良い。うん」
「殴りますよ」
「なんだこの感じ。絵的に超不愉快なんだけど」
土方君が半眼で苛立たしげに言った――僕も大変に不愉快だ。
「まあまあ!さ,次は僕…わたしが引きますよ」
ぱんぱんと手を叩き,パチ恵さんはジェンガに手を伸ばした。

≪3周まわる間、正座≫

「うわ…地味」
「地味言うなや!僕だってそう思うわぁぁぁ!!」
パー子さんの溜息に,パチ恵さんは全力で絶叫した(あれ?『僕』?)。なんだかよくわからないが
可哀想な気がする。けれども今までの『命令』の中では1番平和な『命令』だと思う。僕としては
むしろ羨ましい。正座くらいで済むのならそれが良い。隣りで涙ながらに正座をするパチ恵さんを
羨みつつ,僕はジェンガを見やった。いよいよ僕の順番である。
「やれやれ…」
頼むから変な命令じゃありませんように――そう祈りながらジェンガを取り,書かれた命令の内容を
読んだ。

≪左隣の人の携帯電話の着信履歴を見る≫

…ほっ。よかった,案外普通だ。僕には害がまったくないところもいい。僕にとっては『当たり』だ。
というか,着信履歴などを見てどうするんだ?例えばだが,男の名前を見つけて「これ誰~?」とか
つっこんで楽しむのか?…楽しいのか,それ?
理解しがたい部分はあるが,まあ別にいい。僕は左隣の人物を呼んだ。
「君」
「別に構わないですけど…」
どうやら君も「見てどうすんの?」とでも思っているようだ。
特に何の抵抗も見せず,懐から携帯電話を取り出すと,あっさり「はい」と僕に手渡した。
「じゃあ,失礼して――」
「…あ!やっぱりちょっと待っ…!!」
「え?」
携帯を開こうとしたら,突如何かを思い出したかのように君が叫んだ。
しかし,僕の手は既に動いてしまっていて――

「!」

――待受け画面が目に入った。

「…」
僕は無言で画面を閉じた。
何も言わなかったのではなく…言えなかったのだ。
「…」
「…」
「なんでィ?どうしたんですかィ?」
「…いや。とりあえず着信履歴は見たから(本当はまだだけど)」
君の膝の上で不思議そうに目を丸くする沖田君に,僕は歯切れ悪く答えた。
「あらあら。どうしたの,ちゃん?」
「ちょっと…」
「顔が赤いぞ?大丈夫か?」
「だ,大丈夫です…」
心配気なお妙さん,土方君に君はぎこちない笑みを浮かべてみせる。まあ…無理も無い。

「よ,よーし!次はわたしですよ!沖田さん,もう5分経ちました!頭どけてください!」
「いてっ」

沖田君の頭を思いきりどかし(その拍子に彼はソファから落ちた),君はジェンガに向き直った。
「うーん…ここなら抜けるかな」
組まれたブロックの中から取りやすそうな所をじっくり選び,
「んっ…もうちょっと…」
ぷるぷると震える指先でブロックを押すが,上手く動かないらしい。ぐらりとタワーが揺れる。

「あっ…無理」
「…」
「やっ…ダメ」

…気のせいだろうか?
声がなにやら色っぽい気がするんだが。
君はひどく必死な様子でジェンガを押したり引いたりしている。
「はっ…や」
つーか,喘いでいるように聞こえるんだが!
どんだけ必死になってんだ,周りを見ろ!
上様も近藤さんも土方君も(なぜか)パー子さんも(やはりなぜか)パチ恵さんも赤くなってるぞ!
そしてただ1人――
「やっ…無理…あっ」
――ただ1人涼しい顔をしている沖田君は,なにやら自分の携帯をかちかちといじっている。
「…沖田君」
「なんですかィ?」
「…何をしている」
「携帯の録音機能を使ってるんでさァ」
「…なぜ」
「夜な夜な寂しい一人寝をしている隊士共に売りさばこうかと思」
「今すぐやめろ!!」
僕が沖田君の胸倉をつかんだ時,ちょうど君はジェンガを取り終えたらしい。
嬉々として僕に笑顔を向けた。
「やった!とれましたよ,伊東さん!」
「…それはよかった」
「あれ?顔赤いですよ?」
「…気のせいだ」
僕は咳払いをしてあさっての方を見た(他にどうしろと言うのだ)。「変な伊東さん」などという
君の声が耳に入るが…その台詞,君にだけは言われたくない。
「さてと,と。何が書かれてるのかな~っと」
わくわくした表情でそう言いながら,ジェンガの『命令』を見た。

≪LOVE≫

「あ」
君は口をぽかんと開けてその文字を見つめ,パチ恵さんが(正座したまま)笑った。
「よかったですね,さん!これって好きな命令を出せるんですよね,姉上?」
「ええ,そうよ。よかったわね,ちゃん」
お妙さんも同じような表情で君に笑いかける。やっぱり姉妹(?)だな。笑った顔が似ている。
上様は君が手に持つ≪LOVE≫のブロックを,興味深げにお見つめになり,
「何を命令するのだ?」
「えっと…急には考え付かないです」
彼女は少し困ったように首を傾げた。
なにしろお人好し人間だ。本来,人に命令することに慣れていないのだろう。
…先程パー子さんに命令していたが,あれは『上からの命令』だしな(深くはつっこまないが)。
すると,そのパー子さんが口を開いた。
「なんでも良いんじゃね?『この場にいる男は全員跪いて草履の裏を舐めろ』とか」
「それは君にも降りかかることだろう」
九兵衛さんがよくわからないツッコミをする(というかツッコミができたのか,彼女も)。
「あら。わたしは女よ」
「ああ,そうだったか」
…会話の意味がよくわからない。もう流そう(『投げた』といわれても構わない)。
悩み続けている君に,近藤さんは豪快に笑った。
「なんでも良いんだよ,ちゃん。俺にできることならなんでもするぞォ!」
「じゃあ近藤さん,副長の座を俺にくだせェ」
「いやなんでお前が命令してんだよ!」
土方君は沖田君の頭にげんこつをくらわせ,
「難しく考えるなよ,。普段から思ってるちょっとした願望を言えば良いんだよ」
「ちょっとした願望…ですか。うーんと,うーんと……そうだ!」
ぴこんと君の頭上に電球が灯った(ように見えた)。それから彼女はくるりと僕の方を見ると,
きらきらした目ではきはきと言った。

「伊東さん。わたしのことを今後は名前で呼んでください」
「…」

思考回路がショート寸前になった(どっかの美少女物のアニソンにこんなんあったな)。

「な,なにを言っている」
「なにって『命令』ですけど」
「君,そういうことをこのような場で言うのは,」
「です」
「は?」
「です」
いや2回も言わなくてよろしい(「は?」って聞き直してしまったのは僕だが)。
ちょ,ちょっと待て。
これはなんの懲罰だ。なんの拷問だ(こんなん前にも思った気がする)。
「いいじゃねェですかィ,伊東さん。呼んでやんなせェ」
「へー。隅に置けねェなあ,お前も」
しどろもどろになっている僕を,沖田君と土方君はにやにやと笑う。
…その笑い方やめてくれ。おっそろしく腹立つ!!
なんだこのノリは?なんなんだこのパターンは!?
「伊東先生,ささ!大きな声で!」
「ちょっと待ってくれ」
「うむ。呼んであげるがよい。伊東」
「う,上様…お待ちください」
近藤さんに続き,上様までが促してくる。畏れながらそれを遮り,僕は君の方へ向き直った。
「君,なんでそんなことを命令するんだ」
「『なんで』?」
彼女は少しだけ怒ったように僕の言葉を繰り返した。な,なんで君が怒るんだ?
君はじとっとした目で,でもどことなく頬を染めて言った。

「…あの待ち受け画面を見といて,そんなこと言うんですか。伊東さん?」
「!」

ぐうの音も出ないとは,このことだ…僕は押し黙るしかなかった。
なぜなら先程見た君の携帯の待ち受け画面には――

――僕が映っていたのだ。

しかも猫と一緒に縁側で昼寝しているところだった。
い,一体いつの間に撮ったのだ。許可無く人を撮るだなんて立派な盗撮行為だぞ。
でも僕の写真を待ち受けにしているということは…その…やっぱり…

(そういうこと,なのか?)

「だとしたら,相当な野暮天ですね」
「いや…その…」
「…そんなに嫌ですか?」
「えっ」
拗ねたような声から一転して,寂しそうな声になった。
いささか驚いて君を見つめると,彼女は不安そうに眉をひそめている。
「そんなに…わたしの名前を呼ぶのが嫌なんですか?」
触れなば落ちん風情とは,このことだ…君はふうっと溜息をもらした。
小さな怒りから深い嘆きへ,そして再びがらりと雰囲気が変わって,怪しい悩ましげな空気になった。

「…ダメ?」

うるうるとした眼差しで僕を見上げてくる。
「…」
――これだから女性は苦手なのだ。
涙目でそんなこと言われたら,男は黙って言うことをきくしかないではないか。
しかも,そうして黙って女性の言うことをきくのが,実はそれほど嫌ではないのだ…男というものは。
こんなんじゃ男は女性に踊らされるために生まれてきたのではないか,とさえ思えてくる。
まったくもってとんでもない生き物だな,女性というものは…!

「……」

ぼそっと僕は呟いた。あくまで,小声で。
なのに湧き上がって来るこの敗北感。そのうえ――

「はい!」

ひどく嬉しそうに返事をする彼女を見ると,敗北感さえすぐに溶けていってしまう。
(はあ…)
僕は胸中で溜息をついた。そして,生まれて初めて,

『男に生まれなきゃよかった』

…と。心からそう思ったのだった。



+++++++++++++++++++++++++++++++



――あのてんやわんやな夜から数ヶ月が過ぎた。
夏はとうの昔に終わりを告げ,季節は秋から冬へとさしかかりつつある。
あのバカ騒ぎの直後は「もうこんなん2度とごめんだ」と思ったが…今になって思うと,それほど
悪いものでもなかった気がする。
むしろ,楽しかった気がする。
(…不思議なものだな)
僕は思い出し笑いをしつつ,今は空席となっている机を見つめた。
かつては書類の重みできしんでいた机も,今はきれいに片付いている。
あの台風娘は凄まじい勢いで書類を一掃し,真選組を鮮やかに吹き抜け,そして去っていった。
――今ではあの突風がひどく懐かしい。

「伊東先生,そろそろ時間ですよ」

篠原君が腕時計を見ながら意味深に笑い,

「ああ。わかっている」

僕もまた同じような笑みを返した。
そして――襖がとんとんと叩かれる。
「来た来た」
どうぞ,と篠原君が声をかけると,すぱんっと軽快な音を立てて襖が開いた。
相変わらずの快活さに思わず笑ってしまう。

「こんにちは!」

ここで会ったが百年目,と彼女はおどけた。どうやらあの夜からそれが口癖になってしまったらしい。
「今日から長期で事務のバイトをさせていただくことになりました!――」
「」
名字を引き継ぐ形で僕が名前を呼ぶと,彼女は目を丸々と見開いた。しかしすぐに,にっこり笑った。
――その笑顔に向かって言う。

「おかえり,」

途端,彼女は勢いよく僕に抱きついてきた。その横で篠原君が「やれやれ」と苦笑する。
帰ってきた突風娘の髪を,くしゃくしゃっと僕は撫でた。

――どうやら僕の台風は まだしばらく続くらしい。




---------------Fin.
2009/07/25 up...
ゆきかげ様からのリクエスト『伊東夢。ヒロインは大江戸大学法学部の女子学生。お妙さんにブッ倒された近藤さんを
運んだのが縁で,事務バイトを始める事に。土方スペシャルを完食したり,スナックすまいるで将軍様の接待をすることに
なったり。出来ればパー子さんパチエさんも登場希望』でした♪詳細まで決めてくださり,ありがとうございました(笑)。
ご希望の要素を全て話に入れられるように努力したのですが,いかがだったでしょうか。
『愛はどうだ!』という題名は,15年近く前のテレビドラマから拝借しました。わたしは
リアルタイムではこのドラマを見ていないのですが,タイトルの響きがものすごく好きで。
今回ずうずうしくも使わせていただきました。あの…これでも超真面目に書きました。矛盾しているようですが,ギャグって
真面目に考えないと書けないですよ。ちなみに『ラブジェンガ』は本当に売ってあります。命令の内容も作中にあるとおりで,
ほとんどいじってません。お手すきでしたら,どうぞ検索してみてください(笑)。
それではゆきかげ様,どうぞお受けとりくださいませ!祝福と感謝を込めて,プレゼント致します。(by RICO)