「きゃあああああああ!!!!」
「わああああああああ!!!!」
晴天に響き渡るは,歓喜を大いに含んだ絶叫。
寒い季節に乗る絶叫マシンというものは,顔に当たる風がハンパない。
ハンパなく冷たい。だからこそ,叫びもでかくなる。ある意味ヤケクソなのかもしれない。
でもそんな寒さもなんのその,俺の隣にいるコは鼻頭を赤く染めてほくほくと笑っている。
「すごかったね!もーーー最高!後でもう1回乗らない?」
「…うん。いいよ」
それに対して俺はちょっと呆けた返事をしてしまう。
天気の良い週末の大江戸遊園地は,親子連れやらカップルやらで賑わっていた。煉瓦敷きの広場には
色とりどりの風船を手に,ピエロが子ども達に囲まれている。の背後には冬限定の特設スケート
リンクがあって,たくさんの人達が歓声をあげながら滑ったり転んだりしていた。
「山崎さん,絶叫系嫌い?」
ぼんやりとした俺の返事を変に思ったらしく,が顔を覗きこんできた。
(…まずい)
俺は慌てて首を横に振った。
「いや。どっちかというと好きな方だよ」
「ほんとに?…なんか上の空になってない?」
「なってない,なってない」
朗らかに笑ってみせると,はまだ疑わしげだったけれど「それなら良い」と笑い返してくれた。
(…あぶなかった)
俺は内心こっそり安堵の息をついた。
断っておくけれど,俺は絶叫マシンの迫力にショックを受けてぼさっとしていたわけじゃない。
大事な彼女の言葉に,上の空の返事をしてしまった理由は…
「あ。カブキワンコがトリプルアクセル決めた」
「ええ!?うそ?!」
スケートリンクの方を指差すと,は素直に驚いてそっちに目を向けた。その隙に,
シャオッ!!!!!!!!!
空を切って苦無を飛ばしてやった。
監察なめんじゃねーぞこのヤロー。
(あの暇人共が!)
俺達が立っている場所の数メートル先の植え込みに,4つのうごめく影が見えた。
苦無が緑に吸い込まれると同時に,がさがさっと派手に草木が揺れる。
…が,それ以上のことは起こらなかった。
「山崎さん。トリプルアクセルしてないよ,カブキワンコ。ていうか,カブキワンコはカブキランドの
マスコットだから,ここにはいないよ」
「あれ~見間違いだったかな」
「どんな見間違い!?」
俺の方に向き直ったの頭の周りには,「?」マークがしきりに点滅している。
とにかく,気付かれずに済んでよかった。
気付かれたらデートどころじゃなくなるし。
なにせは真面目人間なのだ。
4人を並べて正座させて「バカですかあなた達は!これ以上真選組の評判を悪くしないで下さい!」
なーんて説教を始めるに違いない。断言できる。
だからこそ奴らも隠れているんだろうけどさ。
いまひとつ腑に落ちない表情のに,俺は和やかに笑いかけた。
「絶叫系は好きだよ。どんどんいこう」
「ホント!?やった!」
「よし,いこう。え~と…じゃあ次は,」
と言いつつさりげなく手を握る…けど,
「冷たっ。の手,ものすごく冷たいね」
「うん…元々冷え性なんだけど,絶叫系に乗ると手が余計に冷えるね,この季節」
「うーん。じゃあ次は絶叫系じゃないやつにしよう。ワンクッションおこう」
「そうだね。あ,『手が冷たい人は心があたたかい』って言うよね」
「ああ,うん。言うね」
「山崎さんの手はあったかいね!」
「…,何が言いたいの?」
なんでもない至って平和な会話をしつつ,歩き出す。
恋人同士の会話に無意味なものは全く無い,ってやつで。
とは何を話しても楽しいな~だからひっこんでろ暇人共めが。
と,心からどつかずにはいられません。
+ + + + + + +
「あぶなっ!ザキの奴あぶなっ!もう少しで額に刺さるとこだっだ!」
「やるな…山崎君。ただの地味で冴えない男のくせに背表紙になりやがって僕なんて表紙にも背表紙
にもなったことねェんだぞこの踏み台男めが,と思っていたが取り消そう」
「伊東。色んなことが駄々漏れになってんぞ,お前」
「ちょっと見てくだせェ!あいつらお化け屋敷に入りやすぜ!」
「なにぃ!?いかんいかん!あんな暗い所に年頃の男女が2人で入るだなんて!ゆるしません!」
「…何をそんなに騒いでいるんだ?沖田君も近藤さんも」
「駄目に決まってんだろうが!大抵の男はな,女に抱きつかれたいっつー下心からお化け屋敷に入る
んだよ!」
「そうなのか!?知らなかった…!」
「嬢の危機だ!行きやしょう!」
+ + + + + + +
「ねえ…ってさ」
「うん?」
暗がりの中,先に入った人の悲鳴やら不気味な効果音やらが時折聞こえてくる。
ドライアイスが闇の中を漂い,青白い明りに照らされてゆらゆらと震えている。
生首(もちろん作り物)を持ったグロい蝋人形を,は俺の隣でしげしげと見つめていて…。
「ってこういうの,平気なコ?」
喉に小刀を突き刺した女の幽霊(役の人間)が飛び出して来た時こそ「ひゃ!」と驚いていたけれど,
なんというか…結構冷静だと思う。
赤い着物の女(の蚊型天人)にぎゃあぎゃあ騒いでいた局長達より余程落ち着いている。
…ちょっとつまんないくらいに。
案の定はこくりと首を縦に振った。
「え。うん。まあ…ちょっと怖い,かな。でもキャアキャア叫ぶほどじゃ…あ!!」
「はい!?」
いきなり大声を出され,俺の方がびびった。いや俺もそんなに苦手じゃないよ,こういうの。
内心(誰かに)言い訳していると,は「あちゃー」と額に手を当てた。
…あちゃー,ってリアルに言うコ初めて見た。
「アドバイスされたの忘れてた…」
「アドバイス?」
「うん」
俺が聞き返すと,は真剣な目で頷いた。
その後ろでお棺の中から落ち武者(役のバイト)が飛び出したけれど,俺ももびびらなかった。
そのため,頭に矢を刺した武者は気まずそうにお棺にすごすごと戻った。
「彩ちゃんがね,『遊園地といったらお化け屋敷だよ!たとえ怖くなくても怖がってるふりして抱き
ついちゃえ。女は女優だよ』って」
「…へえ」
あのコなら言いそうだな。羊の着ぐるみをかぶった狼だもんな,あのコ。
はいつも「彩ちゃんは可愛いなあ」なんて呑気に言ってるけど,俺は騙されないぞ。
ぶりっこはこの世で1番強い種類の女なんだからな,うん。
でもそのアドバイスは実にナイスだ。
「それは覚えてて欲しかったな。ぜひとも実践して欲しかった」
「え…」
実感を込めて言うと,はうろたえたように目を泳がせた。それから一体何をどう思ったのか,
きょろきょろと周囲を見回した。そして壁にかかっている掛軸(どんな仕掛けなのか絵の女は血を
ボタボタ吐いている)を見て,
「きゃーこわーい」
「!」
ものっそい棒読みで叫ぶと,俺の腕にしがみついてきた。
急な展開にびっくりして息を呑んでいると,は俺の目をじーっとみつめてきた。
「…実践してみた」
「…」
頭の中でくす玉がパーンと割れた。
ああ,紙吹雪が盛大に舞い飛んでいる…実際に飛んでんのはおどろおどろしい人魂(偽)だけど。
気のせいか「ね~え♪キュートなのっセクシーなのっ♪どっちが好きなの♪」って歌が聞こえるし。
…いや100%気のせいだけど。ていうか何この選曲 俺。
(もうさ,可愛過ぎるだろ!)
俺ここで萌え死んでもいいかな!
「…はっ!」
妄想が炸裂する頭のどこかで,何かがひらめいた。
俺は咄嗟にを引っ張ってしゃがみこんだ。刹那,
ドゴォ!!!!!!!
「うお!」
「きゃあ!?」
今度は棒読みではなく,が(それに俺も)叫んだ。
…無理もない。
俺が立っていた位置を丸い物体が高速で飛んでいき,派手な轟音を立てて壁にぶち当たった。
比較的遠くに転がったそれを,は恐々と眺めて,
「ど,ドクロが飛んで来たね。なんか今のドクロ,ものすごく重そうだったね。石でもくくり付けて
あるかみたいに」
「…そうだね。本当にくくり付けてあったからね」
「え?」
「いやなんでも」
びくついているに笑って見せながらも,俺は冷や汗だらだらだった。
あいつら俺を抹殺する気!?
俺をリアル幽霊にするつもり?!
(人の恋路を邪魔するあいつらこそ,馬に股間踏み潰されて死んじまえこのヤロー!)
お化け屋敷で人を呪うと,なんかすっげー効き目ありそうだな。
俺は心の中で4人への呪詛を素早く唱え,
「…行こうか」
「…うん」
俺のお姫様の手をひいて立ち上がった。
もう,絶対に,邪魔は,させないぞ,と。
ドクロショックに怯えながらも健気に笑う彼女を見,俺は誓いの炎で胸を焦がした。
+ + + + + + +
「…ちっ。惜しい」
「そ,総悟。今のは危ないぞ。ちゃんに当たったらどうするつもりだ」
「そんなヘマはしねーや。俺は昔『ピンクのサウスポー』というアダ名で呼ばれてたらいいのにな~」
「オイぃぃぃ!ただの願望じゃねーか!ていうかそのアダ名本当に嬉しい!?」
「(沖田君は左利きじゃないしな)石を投げるのはいささか野蛮だ。よし.ここは火の玉を投げつける
作戦でいこう。お化け屋敷だし演出的にもありだろう」
「いやお前の方が野蛮だろ!なにが『ありだろう』だ!ねェよ!建物に燃え移ったらどうすんだ!」
「土方君…さては大声を出して怖さをごまかそうとしているな?さっきから震えているじゃないか。
君,ひょっとしてお化けが苦手なんじゃないか?」
「ななななななにをバカ言ってやがる!全然?全然平気だけど?だってこんなのただの飾りじゃん。
ただのセットじゃん。なにを怖がる必要があんの?意味わかんない」
「土方君,お化け屋敷の中は禁煙だ。というかパーク内は禁煙だ。いくら動揺しているからといって
公僕である我々が規則を破ってはしめしがつかない」
「うるせェな!もとはと言えばお前が,」
「2人共そこまでだ!ザキとちゃんを見失うぞ!!」
「追いやしょう!」
+ + + + + + +
「わー高いね!」
「そうだねー江戸で一番大きな観覧車だからね」
「屯所見えるかな?」
「どうかな…」
――観覧車という名の密室。
向かい側に座ったとの距離は,ほんの少し。
ほんの少し間違うと膝と膝がくっつきそうで…いや間違いじゃないな,むしろ正解だよ。
(…足伸ばしてもいいかな)
ていうか,そっちの席に行っちゃ駄目かな。
それがカップルとしてあるべき座り方じゃないかな,どう思う?
「???」
は観覧車の眺めの良さにはしゃいでいたけれど,
「…山崎さん,なんか変じゃない?」
「!いや!全然変じゃないよ!?」
「そう?」
俺の生返事にきょとんと目を瞬かせた。
(あーーーやばいやばい)
妄想がっ…妄想が暴走する。
制御できません。
逆流します。リバース&リバースです。終わりません。
(いや,とりあえず落ち着こう)
落ち着いて,純粋に景色を楽しもう…最初の1分間は。
そうじゃないとがっついてると思われる。
ただもうそのためだけに観覧車に乗ったと思われる。
まーったく否定できないけど。
俺はから視線を無理矢理外し,外に目を向けた。
あーいい眺めだ。
さすが江戸一番の観覧車だ。
「きゃああああああ!!!」
「ええっ(まだ何もしてないのに!?)」
突如が金切り声をあげた。
まさか俺の妄想が伝わってしまったのか…んなバカな!
は悲鳴をあげつつ俺に抱きついてきたもんだから,籠全体がゆさゆさと揺れた。
う,嬉しいけど危ない…危ないけど嬉しい。
俺はときめき半分・怖さ半分ドキドキしながら,
「ど,どうしたの?」
「とっトカゲ!」
「…は?」
「トカゲ!トカゲがいる!」
「とかげ…どこ?」
は顔を俺の肩に当てたまま,さっき自分が座っていた所を震えながら指差した。
細腕でがっちりホールドされているため,俺はぐぎぎと首を動かしてそっちを見た。
たしかに。座席の隅っこの方。
干乾びた小さなトカゲが,ぱったりとひっくり返っていた。
「あー本当だ。でももう死んでるよ」
「ど,どけて!み,見えないとこやって!お願いだから!」
「…」
大声で喚くの体は,生まれたての子馬よろしくぷるぷる震えている。
でも「どけて」と言われても,この状態では身動きがとれない。
ちょっと(いやかなり)惜しいなと思いつつ,俺はの頭をぽんぽんと撫でて,
「わかった。どけるから,先にがどけて?」
「う,うん」
びくびくとは身を離して,決してトカゲを視界に入れようとせず,俺の横に座った。
籠を揺らさないように俺はゆっくり移動して,トカゲ君(昇天済)を懐紙に包んだ(南無)。
本当は窓から捨ててあげるのが一番にとっては良いんだろうけど,観覧車の窓って開かない設計
になっているから。これが今出来る最善の対処法だろう。
「紙に包んだからもう見えないよ」
「ホントに?もう安全?」
「うん。安全だよ」
はこちらをチラチラと見て『安全』を確認し,ようやくちゃんと向き直った。
ホッと息をついたのも束の間,は俺の表情を見ると,咎めるように目を細めた。
「なに笑ってるの」
「いや,だってさ…ジェットコースターもお化けも全然へっちゃらなのに,こんなちっさなトカゲが
怖いんだなあって」
「…仕方ないでしょ。怖いものは怖いの」
つんっとはそっぽを向いてしまった。
(まったく迫力ないんだけど,それ)
俺は声を出さずに笑って,の真横に座った。
瞬間,彼女の肩が少しだけ跳ねたのを,俺は見逃さなかった。
「…」
「…」
は頑なにこっちを見ようとしない。
彼女の向こうに,青い空が見える。
窓枠に切り取られた,密の青。
耳が赤いなあ。
良い匂いするなあ。
もっと近づきたいなあ触れたいなあ。
男の思考回路ってホントくだらないなあ,と我ながら思うけれど。
本心なんだから仕方ないよね。
「…あのさ,」
「…なに」
がようやくこっちを向いた。
顔が,とっても近い。
彼女はぐっと奥歯をかみ締めるように,口を真一文字に結んでいる。
――そのくせ目はなんだかうるうるしていて。きらきらしていて。
ホントは期待してるんでしょ君も――と意地悪を言いたくなる。
「してもいい?」
なにを,と言わなくてもわかるでしょ,君なら。
こんだけ近いんだし。
大体,本当にイヤならこっちを向いたりしないでしょ。
の双眸が一瞬ぐらりと揺れた。
泣いたのか,と。
俺も一瞬驚いた。
「…」
でもは泣いてなんかいなかった。
1回だけ瞬きをすると,いたずらっぽく目を細めた。そして,訊いてくる。
「『Yes』って言ったら?」
「ありがたくいただきます」
「『No』って言ったら?」
「無理にでもいただきます」
「結局同じ?」
くすくすと彼女が笑うと,息が俺の口に触れた。
はパッチリと目を開き,色々な意味でせっぱづまっている俺の目を見返してきた。
「じゃあ,当ててみて」
「…ん?」
真正面に――熱視線。
…どうして,こんなに。
「わたしは『Yes』『No』どっちを思っているでしょう?」
どうして,これほどまでに。
彼女は眼差しで語れるのだろう。
たとえ…明日言葉を失くしても。
きっと彼女は 視線で俺に伝えてくれるんだろう。
「…どう?」
「…正解」
これ以上ないほどに柔らかで温かな唇が,にっこりと弧を描いた。
の瞳の中には,俺だけが映っていて。俺しか映されていなくて。
それがすごく幸せで。
眩しいくらいに幸せで。
「もっかいしてもいい?」
気付いたら,訊いていた。
彼女は目を丸々と開いて,やがて笑って頷いてくれた。
雲間から太陽が出てきたかのように。
(あー…)
俺の頭ん中で,とんでもなくハッピーな歌が流れ出した。
うん…この選曲はナイスだよ,俺。
――『君の瞳に恋してる』
いつだって。
ずっとね。
「はァはァ…ふ,2人はどこに行った?」
「さぁ…どこでしょうねィ」
「つかぬことを訊くが…長過ぎだと思わなかったかい?」
「…なにが,だよ」
「お化け屋敷…最後の方やけにしつこくお化け役が絡んできたし。今思えば道順の標識も狂っていた
ような気がするんだが」
「「「…」」」
「そういえば山崎さん,何話してたんですか?お化け屋敷のスタッフさんと」
「ああ。あれね。ちょっと野獣を檻に入れといてくれないか,て」
「…???」
--------------------------------fin.
2009/12/16 up...
るる様からのリクエスト【山崎夢『災い転じて愛になる』のデート編】でした。
大変長らくお待たせ致しました!【デート編】とのことで『災い転じて~』に
おいて,めでたくくっついた2人のその後を書きました。時系列でいうと,前回
最後の最後に2人がミントンをしている日よりも少し前…ですかね。
今回は山崎視点です。当初はオリジナルキャラの女中3人全員を出そうかと思って
いたのですが,そうするともうカオスになってしまいそうだったので(笑)最年長の
徳子さん以外は,名前のみの登場にしました。幹部4人組が前回に引き続きおバカで…
どうもすみません。この4人は全員ボケもツッコミも両方共できますね。書いていて
大変楽しかったです。バカな子ほどかわいいものです,ええ。
というわけで♪るる様,どうぞお受けとりくださいませ。
情愛と感謝を込めて,プレゼント致します。(by RICO)