大人なのか 子どもなのか
本気なのか 冗談なのか
あなたの行動1つ1つに 一喜一憂
わかっているの?
わかっていないの?
…どっちなの。
どっちのあなたになら 近づいてもいい?



おはよう。



「おはようございまーす」

ぴちちっと雀が鳴く日差し爽やかな早朝…
…ではなく,健全な人々はとっくの昔に生産活動を始めている午前11時前。
僕は万事屋の扉をがらっと開けた。
開けてすぐに,ご飯の炊ける匂いと味噌汁の匂いが僕の鼻をくすぐった。
台所を見ると白い湯気を出す炊飯器とお鍋,それから鯵の塩焼きとカボチャの
煮物が用意されていた。
きっと週3で通ってくれている家政婦・ちゃんが作ってくれたんだろう。
それを横目に見ながら通り過ぎ,応接室の扉を開ける。

「定春,おはよー」

ごろんとソファに寝そべっている定春が,僕の声にワンッと一声鳴いた。
その向かい側のソファの上には,女性物のコートとマフラーがきちんと畳んで
のせられている。
銀さんや神楽ちゃんはまだ起きていないのだろうか。

(まったく…2人共グータラなんだから)

僕はメガネのフレームを抑えて溜息をついた。
けどあの2人はまだ寝てるとしてもちゃんはどこにいるんだろう?
まあとりあえず。

「ハーイ神楽ちゃん起きてェ~朝だよ~!」

押入れの襖を開けつつ神楽ちゃんに声をかける。
神楽ちゃんは涎を垂らしたまま寝返りをごろんっと打ち,押入れの壁にかけて
いる『ピン子』の額縁に裏掌をくらわした…あーあ,皹入っちゃったよ。

「う~ん…もう朝アルか?」
「いや朝どころかもうすぐ昼だからね。早く起きて起きて」

それから銀さんのいる和室へと足を運ぶ。

「銀さーん。結野アナの天気予報…は,もう終わったか。こんな時間だもんな。
 銀さー……?」

――…ぎ,銀ちゃ…!

「…」

なにやら襖の向こう側から女の子の声がする。
しかもなんかえらく切羽詰まってる感じの。

――ま,待って…!

(…ひょっとして,また?)

僕はある可能性に行き着いて,眉間に皺を寄せながらスッと襖を開けた。
そこには――

「う~ん」
「銀ちゃん…く,苦しっ」

じたばたともがくちゃんを,がっちり腕にホールディングして寝ている
白髪侍……もとい,銀さん。

「ん~」
「ねえ…銀ちゃんったら!」

ちゃんは必死になって振りほどこうとしているけれど,銀さんの腕が
解かれる気配は全く無い。
というか,むしろますます力が込められ始めたようにも見える。

「う~」
「お願い…起きてっ」

苦しそうにちゃんは呻いて,なんとかそこから出ようともぞもぞと動く…
…が,

「…」
「!ゃっ…」

銀さんの口がちゃんの首筋につけられて―――って!!!!!!

「何してやがんだこの白髪天パがぁぁぁぁ!!!!!」
「何やってるか,新八?……何してやがんだこのケダモノ天パがぁぁぁ!!!」

僕と神楽ちゃんの怒号と鉄拳制裁で,万事屋の1日は概ねいつもどおり始まった。



+++++++++++++++++++++++++++++



「あの…ありがとう。新八君,神楽ちゃん」

恥ずかしさと気まずさいっぱいの表情で,ちゃんは僕ら2人に頭を下げた。
テーブルの上には朝ご飯(というよりももはやブランチ)が並べられていて,
神楽ちゃんは大盛りのご飯をはぐはぐと横で食べている。
僕は朝ご飯を食べて来たけど,少し早めの昼ご飯としてちゃんの手料理を
ありがたくいただいている。

「いや良かったよ無事で。ホントに。間に合ってよかったよ」
「,貞操を守りたいなら,寝起きの銀ちゃんにはもう近づかない方が良いヨ。
 じゃないとその内孕ませられるネ。それで傷つくのは女の方ヨ」
「いやいや神楽ちゃん,さすがにそれは無い(と思う)よ」

そんなことが起こった日にゃ本気で暇をもらうよ,僕は。
姉上だって絶対許さないだろうし…姉上はちゃんのこと気に入ってるし。
この前「2人目の妹ができたみたい」って言ってたからなあ。
あ,『1人目』は神楽ちゃんね。

「『男はみんな獣』て言ってたのは他でもない銀ちゃんネ。アイツ,自分のこと
 すぐ棚にあげるヨ。『男の言うことは何一つ当てにならないから信用するな』
 ってわたしのマミーは言ってたネ。気をつけるヨロシ,」
「そ,そうなんだ…神楽ちゃんのお母さん,本当に苦労したんだね」

冷や汗を流しつつ,ちゃんは神楽ちゃんが差し出した御椀にご飯をせっせと
ついだ。
そして「熱いから気をつけてね」と言いつつ神楽ちゃんに手渡す。
なんというか…本当に良い子だよなあ。
僕のまわりにはなんでかクセの強い連中が多いから,彼女を見ていると本っ当に
癒される。
ちょっとだけホロリとしながら僕は味噌汁をすすった…
…うん,この昆布出汁おいしいよ。
ご飯を食べる僕と神楽ちゃんを交互に見て,ちゃんは少しもじもじしながら
言った。

「あの……銀ちゃんって,寝起き悪いよねえ?」
「…まあね」
「しかもよく二日酔いになってるアル。銀ちゃんがまともに起きれたことなんて
 ホント少ないヨ。人間の品性は寝姿に出るっていうのは本当ネ」

(って,神楽ちゃんも自分のこと棚にあげてるじゃないか)

たしかさっき『ピン子』に皹いれてたよね?
それこそ自分のことを棚にあげまくった神楽ちゃんの発言が,襖の向こうにいる
男へと突き刺された。
…僕と神楽ちゃんのフルボッコで,銀さんはいまだ和室でのびている。

(でもまァ…ちゃんが起こしに来る日はむしろ寝起き良いみたいだけど)

カボチャの煮物を口に入れながら,僕は苦笑いを浮かべた。
あれ間違いなく起きてるよ。
わざとやってるよ。
だってああいうこと僕や神楽ちゃんにはしないもん。
いや絶対されたくないけどね!!

「前にね,モップの先で突付いて起こそうとしたんだけど」
「…そんなことしたんだ?」

思わず僕は頬をひきつらせた。
だって『モップの先で突付いて起こす』って…それ漫画では割と見かけるけど
実際にやる人ってなかなかいないと思う。
意外とちゃんも突飛なことをするんだなあ(やっぱり僕のまわりに模範的
常識人はいないのか)。

「うん。でもモップを掴まれてそのままずるずる引き寄せられて…結局…その…
 …ギュ~って」
「…」
「…最悪アルな」

…マジでなにしてんだあの人は。
ていうか,もう確実に起きてるよねそれ!
気付こうよ,ちゃん!!

「どうしたらなおるのかなあ?」
「さあ…(いやなおらないよワザとやってんだから)」
「バカは一生治らないネ。諦めるヨロシ」

辛辣な神楽ちゃんの言葉に,ちゃんは「う~っ」と唸りながら俯いた。

(…なんだかなあ)

眉を八の字にしている彼女を,僕はお茶を飲みつつじっと見た。
――たぶんちゃんは銀さんのことを好きだと思う。
銀さんに至ってはもう本当に確実にちゃんのことが大好きだ。
それに――銀さんはちゃんの気持ちに気付いていると思うんだよなあ…
…気付いた上でまだ何も言ってないみたいだけど。
ちゃんの方は銀さんの気持ちに気付いてないな。
なんかそのへん少しポワンとした子だから(ちょっとニブイというか)。
まあとにかくいわば『相思相愛』なわけだ。
…こっちとしては「さっさとくっついてくれよ」と思わなくもないワケで。

「ちゃんはさ…銀さんからああいうことされるの本当に嫌なの?」
「えっ」

しまった…つい意地悪な質問をしてしまった。
『気遣いの人』である僕としたことが!
けど毎回毎回,無意識でイチャつく2人を見るこっちの身にもなってくれ!

「新八,お前何訊いてんだヨ。嫌だから相談してるに決まってるアル」

神楽ちゃんは呆れたように僕を半眼で見る…まだ『男女間の微妙な距離感』を
わかっていない。
ちゃんはというと,僕の質問に対して頬を真っ赤に染めている。
もうその表情を見るだけで「本当は嫌がってないんだな」って丸分かりだ。
姉上すんません(なぜか姉上に謝ってみる)。
僕はこんなにも素直な子をちょっと苛めてしまいました。
心の中で懺悔しつつ,僕はなんとか自分の言葉をフォローしようとした。

「あ,いや,その…なんというかさ。ちゃんと僕らは結構付き合い長いしさ。
 ある意味もう家族みたいなものでしょ?それでも……ええっと,ああいうこと
 されるの嫌?」
「わたしは嫌ヨ。銀ちゃんの脇の臭いは破壊力ありすぎネ」
「いや僕も嫌だけどね!いくら家族でも!」
「なら訊くなヨ。わかってねーな,ぱっつぁん」
「わかってねーのはテメェだ!!」

僕と神楽ちゃんが言い合っていると,ちゃんはおろおろしながら口を開いた。

「そ,その…『ああいうことをされるのが嫌』っていうか…」

ちらりとちゃんは和室の方を見て,心配そうに溜息をついた。

「寝ぼけてああいう風なことを…さっちゃんに万が一やっちゃったら…わたし,
 嫌だもん」
「…」

いや大丈夫だよ。
絶対やらないから。
だって寝ぼけてないもん,あの人。
ちゃんは自分の言った言葉で気が滅入ってしまったようだ。
しょぼんとして鯵の塩焼きを箸の先で突付いている。

(う~ん…どう言えば良いんだろう)

「銀ちゃん遅いアルな。まだのびてるアルか?」

ふと気付いたように神楽ちゃんが時計を見た――そういえば遅いかもしれない。
よし,話題を変えよう(別の言い方をすると『投げた』だけど)!!

「仕方ない人だな(色々と)。起こして来るよ」

僕は「ご馳走さまでした」と手を合わせ,空になった自分の食器を持ち上げた。
それらを流し台に置いてから,すたすたと和室へと向う。

「銀さーん…入りますよ」

僕が一声かけて襖を開くと,銀さんは布団の上で胡坐をかいてボーッとしていた。
普段から死んだ魚のような目をしてる人だから,呆けてるのかハッキリ目覚めて
いるのかがいまいちわかりにくい。
僕は襖を後ろ手に閉めて,和室に足を踏み入れた。

「銀さん。ちゃん,困ってましたよ」
「あー…そお?」

銀さんはぼんやりとした顔で頷きながら,フワァと大きな欠伸をした。
なんかもうほんとに『まるで駄目な大人の見本』,略してマダオって感じだな。
僕は目の横をぴくぴくさせながら言った。

「ああいうことばっかりやってると嫌われますよ」
「アイツさあ…いー匂いすんだよなあ。あれ何の匂いだろうなァ?」

その『いー匂い』を思い出しているのか,銀さんはへらへらとしまりの無い顔で
笑った。

「甘ぇ匂いすんだよなあ…てことはアレか。って甘いのかな。
 今度舐めてみっかな」

なにこの人,普通に気持ち悪ィんですけど!!
軽く変態入ってるよね!?
ていうか『ああいうことばっかやってると嫌われる』って僕が言ったの,全ッ然
聞いてないよね?!

「あ,でも言っとくけどあの匂い嗅いで良いの俺だけだから。新八は嗅ぐんじゃ
 ねーぞ」
「いや,嗅ぎませんから」

なんなんですかその見当違いの独占欲…こちとら軽くひいてるんですけど!?
「ほんとに暇をもらおうかな」と頭の隅で考えながら,僕は掛け布団を畳んだ。
空気を換えるため窓を開ける僕の後ろで,銀さんはまだブツブツと呟いている。

「やべェよなあ,あーんな可愛い声で『お願い』って言われたらさ~ホントもう
 腰にくるって。『起きて』ってさァ,違うモン起きちゃいますよって話だよね,
 ホントに。うん」

なんつーかもう普通に最低なんですけど!!!
ちゃんは銀さんの一体どこを好きになったんだろう?
あんな良い子がこんな駄目人間を好きだなんて,納得できねェよ!!
世の中の摂理はどうなっちまってんだよ,こんちきしょォォォ!!!

「銀さん,さっさと起きてくださいね。
 じゃないとこの部屋,いつまでも空気淀んだまんまなんで」

志村家に代々受継がれる絶対零度の視線を銀さんに向け,僕は和室の襖をガッと
開いてピシャリと閉めた。