「銀さんはね!寝ぼけてるのよ!!あくまで寝ぼけてあなたに抱きついている
 に過ぎないのよ!」
「そっそんなことわかってるよ!!」

なにやらぎゃんぎゃん居間が騒がしいと思ったら…
(…いつの間に来たの,さっちゃんさん?)
さっちゃんさんとちゃんが,真正面から対立してお互いに睨み合っていた。
その後ろで神楽ちゃんは相変わらずご飯をもりもり食べている。

「寝ぼけてなきゃあなたなんかに抱きつくわけないわ。そんな…」

さっちゃんさんはちらりとちゃんを見下ろして,

「そんな貧相な胸のあなたに」
「ううっ…」

フンッと鼻を鳴らして,勝ち誇ったように笑った。
対するちゃんは『悔しいけど反論できない』といった表情で唇を噛む。
と,そこでご飯を食べる手を休めないまま(いやそこは休めろよ)神楽ちゃんが
合いの手を入れた。

「負けるんじゃないヨ,!乳なんていくらあったところでなァ,年とったら
 醜く垂れ下がっちまうのがおちネ!」

なんてことを言うんだ,神楽ちゃん!
全国のグラマーな女性達を敵に回しちゃうよ!!
ていうか,明らかに自分とちゃんを重ねてるよね!?
もうホントつっこみたくて仕方無いんだけど,女性同士の舌戦に口を挟めるほど
僕は勇者じゃないし無謀でもない。
かわりに心の中で怒涛のようにつっこみながら,彼女たちの戦いを黙って見守る
ことにする。

「そっ,そうよ!それに…銀ちゃん前に言ってたもん!『女は胸だけじゃない』
 って!!」

銀さん!!いたいけな少女に何言ったの!?
ていうか,どんな話の流れでそーゆーこと言ったの?!
神楽ちゃんの援護射撃を受けてちゃんは精一杯言い返すけど,いかんせん
相手が悪い。
さっちゃんさんは活き活きと目を輝かせて反撃してくる。

「甘いわね,ちゃん!『胸だけじゃない』ってことは『胸も評価に入る』
 ってことよ!」
「う~~~…」
「あなたの胸なんてわたしのと比べたら…同じ『胸』って名称で呼ぶことさえ
 おこがましいのよ!」
「ひ,ひどい!そこまで言わなくてもいいでしょ!」
「こっちだって同じ名称で呼ばれたくなんかないアル!,今度からは『胸』
 じゃなくて『発展途上国』って自分のを呼ぶヨロシ!」

呼びにくいわ!
名称長い上に意味的にも生々しくて呼びにくいわ!!!

「大体…あなたね,銀さんはSなのよ?もう本当に素敵なくらいドSなのよ?
 どんだけわたしのツボを心得てるのってくらいのドSなのよ!ちゃん,
 あなたはそれに応えることができて?銀さんを満足させることができて!?」
「…でっできるよ!ちゃんと勉強するから大丈夫だよ!!銀ちゃんに聞けば…
 きっとちゃんと教えてくれるもん!!!」

やめてェェェ!!!!!!
そんなこと聞いたら本当にあの人もう止まらないから!!!
「よしよし,そんなら手とり足とり腰とり銀さんが教えてあげるとも」とか言う
に決まってるよ!!
小ウサギが土鍋で入浴しながら「食べないの?」って狼に聞くようなもんだよ!
力一杯(心の中で)つっこみつつ,僕はさっちゃんさんとちゃんを交互に
見た。
さっちゃんさんは余裕しゃくしゃくの仁王立ちで文字通り相手を見下している。
ちゃんは必死で睨みを効かそうとしているけど…あまり怖くない。

(はあ…形勢は明らかにちゃんが不利だな)

元々人を傷つけるようなことができないコだし。
人と喧嘩するくらいなら自分が我慢しちゃうコだし。
なのにこんなに頑張って言い返しているのは…やっぱ「銀さんのことだから」
なんだろうなあ。
僕はちゃんのことを決して恋愛的な意味で好きというわけじゃないけど,
こういう姿を見ると素直に銀さんが羨ましいと思う。
こういうコに好かれる銀さんは幸せ者だと思う。

「おい…なんかすんげー騒がしいんだけど…」

そしてこういうコが,なんでこんなマダオを好きなんだろうと心底疑問に思う。
だらしなく頭をぼりぼり掻きながら,銀さんが和室から出てきた。
そして,さっちゃんさんに気付く。

「ん?お前いつの間に…」
「銀さーーーーーん!!!!」

まさに電光石火の速さでさっちゃんさんが銀さんに飛びついた。
速いし怖っ!白い残像しか見えなかったよ,今!!
さすがは元御庭番衆……!

「あっ…」

さっちゃんさんが銀さんに抱きついたのを見て,ちゃんは顔を歪ませた。
何か言おうとしているものの,口がぱくぱく動くだけで咄嗟に言葉が出てこない
みたいだ。
『銀ちゃんに抱きつかないで!』とか『なに普通に抱きつかれてんのよ!』とか
怒れば良いのに。
でもたしかに傷ついた目で2人を凝視して,

「…」

結局ちゃんは黙ったまま目をそらして,たたっと台所に駆けていって
しまった。

「あ…!銀ちゃん,女を泣かせるなんて最低最悪アルな!」
「えっちょっ待っ…,」
「銀さん!寝ぼけると人を抱きしめる癖があるんですって!?良いじゃない!
 上等じゃない!わたしをあばら骨が砕けるくらい抱きしめなさいよ!!」
「いやお前邪魔なんですけど!?空気読めっつーの!!」
「ちゃん!」

どうやら銀さんが後を追うのは無理そうなので,かわりに僕がちゃんを
追った。

(泣きそうな女の子を放っておくことは侍道に反する!)

僕は自分の中で気合を入れ直して,応接間を後にした。そして,

「あの…ちゃん」

台所のコンロの前で俯いているちゃんに,そっと話しかけた。
神楽ちゃんは「女を泣かせるなんて」って言っていたし。
僕もてっきりちゃんが泣いていると思ったんだけど…泣いてはいない
みたいだ。
ただ彼女はしょんぼりと下を向いて,深い溜息をついている。
涙は流してないにしろ,傷ついていることに変わりない。
僕はなんとか元気付けようと口を開いたけれど,

「ずるい…さっちゃん。銀ちゃんに抱きつけて」
「……はい?」

ちゃんの呟きに思考が停止した。
えっ…今なんて言った?『銀ちゃんに抱きつけてずるい』って?

(…え,いやでもちゃんは銀さんに抱きつかれてたよね?)
女の人は抱きつくより抱きつかれる方が良いんじゃない?
確か近藤さんが前に言ってたよ…「女は愛するより愛される方が幸せだ」って。
いやあれは近藤さんの母君が言ったんだっけ?まあいいやあの人のことは。
軽く混乱して,僕の思考はいろいろなところに飛び回った。

「わたしはああいう風に抱きつけないよ…」
「…え~と」

いかんいかん。
いまいちちゃんの気持ちが理解できないぞ?
僕は若干首をひねりながら,それでも訊いてみた。

「でもちゃんは銀さんに抱きつかれてるでしょ?」
「違うの!抱きつくのと抱きつかれるのは違うの!」
「ふ,ふーん…そう」
「はあ…良いなあ,さっちゃんは」

ああ,姉上。
僕には女心がよくわかりません。
でもとりあえず言えるのは――
――銀さんは抱きついてくるタイプより,抱きつくのをためらうタイプの女性の
方が好きなんじゃないかな。
まァ相手にもよるだろうけど。
あの人なんだかんだで古風な考え方の持ち主だし。
だから「抱きつけない」ってことをそんなに思い悩む必要はないと思う。
僕がいろいろと頭の中で整理している横で,ちゃんはとんでもないことを
言い出した。

「きっと…銀ちゃんはわたしのこと女だと思ってないんだね」
「ええっ!?それは絶対違うよ!!」

女どころか姫だと思ってるよ!
僕は全身の力を込めて否定したけれど,ちゃんはふるふるっと首を横に
振った。

「ううん…だってね,前に土方さんが言ってたんだけど」
「えっ土方さん?…なんて言ってたの?」

思ってもみなかった名前が出てきて,僕はきょとんとした。

「『男ってやつぁ本当に惚れてる女にはなかなか手を出せねーもんだ』って」
「まあ…それはそうかもね」

ていうか土方さん,ちゃんとどんな会話をしてるんですか。
まさか10歳近く年の離れた女の子と普通に恋バナしてるんですか。
…そんなんだから銀さんに『ムッツリロリコン』とか言われるんですよ。
それいうなら,銀さんはムッツリでもなんでもなくただのロリコンだけど。
ちゃんは右手で左腕をさすさすと撫でて嘆息する。

「でも銀ちゃんはああやってすぐわたしのことギュってするし。きっと女だと
 思ってないんだよ」

いや違うよ,ちゃん。
銀さんは君のことが本当に好きだから,普通には手を出せないんだって!
素面じゃ君に手を出せないから,『寝ぼけてるふり』で手を出してるんだって!

(でもどう言えば良いんだ…)

なんかもう僕は頭を抱えたい気分になってきた。

「きっとわたしのこと犬みたいなもんだと思ってるんだよ」
「ちっ違っ…!!」
「おーい」

僕が再度否定しようとしたところで,件の男がひょっこり顔を出した。
ちゃんは銀さんの出現に少し慌てたようで,手をぱたぱた上下させた…
…何その不思議な動き。

「どっどうしたの銀ちゃん?」
「俺も飯食べたいわ。,ご飯よそって?」
「あ…うん」
(大丈夫だよ,ちゃん)

僕は胸中で彼女にエールを送った。
銀さんは君のことを間違いなく『女のコ』だって思ってるよ。
今だってホラ…
…さりげなく間に入ったからね,この人!
いたって普通に僕とちゃんの間に立ったからね!
ホントどんだけ独占欲強いんだよ!!
つーか,ご飯よそうくらい自分でできるでしょーが!!!
銀さんはしれっとしながら,ちゃんの頭に手を置いた。

「あー…あとさ,お前が俺起こす時のことなんだけど」
「!う,うん。なに?」
「毎回ごめんなー,。俺,変なことやっちまってるみてーで。生まれつき
 銀さん低血圧だからさ。寝起き悪ィんだよなあ…寝ぼけてんだよなァ」

うわっいけしゃあしゃあと嘘ついたよこの人!
起きてるだろー!あんた完全に起きてるだろーーー!!!
銀さんが(表面上)すまなそうに眉を垂らすと,ちゃんは目を見開いた。

「あっ…ううん!わたし気にしてないから!大丈夫だよ!」

ええっ気にしてたよね!?
ついさっきまで「どうしたらなおるんだろう?」って言ってたよね?!
本当にもうなんて優しい嘘つきさんなんだよ,このコ!
駄目だよーちゃん!
世の中にはね,そういう善意や優しさにつけこんであんなことやそんなことをし
ようとする不埒な銀髪の侍もいるんだから!!
銀さんはちゃんの言葉に小さく笑った(ああ…悪魔の微笑みに見える)。

「そォ?なら良かった」
「うん…」

銀さんはわしわしとちゃんの頭を撫でる。
するとちゃんはおずおずと言った風に銀さんを見上げた。

「ね,ねえ…銀ちゃん」
「うん?」
「あの…銀ちゃんはわたしを…その…犬って…」

って,まだ「犬と思われてるんじゃないか」って悩んでんの!?
ナイから!間違いなく女のコ,いや『姫』だって思ってるから!!
ん!?てことは銀さんが『王子』になんの!?なんかそれはそれで微妙!
ちゃんは口の中でぼそぼそ喋ったから,銀さんには聞こえなかったみたいだ。

「ん?なに?よく聞こえないんだけど?」
「…!ううん!なんでもない!!」
「?そうか?」
「…うん」

とりあえず無理にでも納得することにしたみたいだ。
自分の頭を撫でてくれる想い人へ,彼女は嬉しそうに笑った。
なんかこう…冬の日だまりで咲くたんぽぽみたいな笑顔だ。
銀さんはその笑顔を見ると,ちょっと目を丸くした。そして,

「あー…ってさあ」
「なに?」

ほのぼのとした空気が台所を流れ始め,「やれやれ僕は向こうに行こうかな…」
と踵を返しかけたまさにその時だった。

「ポメラニアンみてェだよな」
「…」
「…」

(………)

…いや僕にはわかりますよ,銀さん。
ポメラニアンってあれでしょ?
シッポがふさふさくるんってしてる小型犬。
つまり『可愛い』って言いたいんでしょ?
ちっさくて可愛いって。
でも―――

「銀ちゃんの…」
「え?」
「銀ちゃんのバカーーーーーー!!!!!」
「ぶごォ!!」

どすっという鈍い音が響き,まさかのちゃんの右ストレートが銀さんの
腹に突き刺さった。
完全にノーガードだった(精神的にも)ところをパンチされ,銀さんは身体を
逆Ⅴ字に折り曲げた。
ちゃんはそんな銀さんを見下ろし,

「どーせわたしは犬だもん!!!」

一声叫ぶと,彼女は涙目でダダダッと応接間の方へ走り去っていった。
残された銀さんは苦悶と疑問の表情を浮かべて腹を押さえている。

「…えっ?なに?え?なっ…なんであんなに怒ってんの?」
「…今のはタイミングが悪かったですね,銀さん」

銀さんに心から同情しつつ,この事態をどうやって収拾するべきか。
いかにして2人の誤解を解けばいいか。
『気遣いの人』である僕は,必死に考え始めた。

(なんだかんだ言っても…ね)

――2人には幸せになってもらいたいですから。

僕のポジションは…あれだろうな。
王子を助ける魔法使い=賢者ってところだよね,うん。
だから出来る限り手助けしますけど…

――肝心なところはちゃんと自分でキめてくださいよ,王子?

とりあえず。
去ってしまった姫を追いかけるべく。
腹を抱えている王子を,賢者である僕は助け起こした。




――おーい。ちゃーん。おはよー。
――……。
――おーい。おはようってば。
――……。
――銀さん,お前の「おはよう」が無いと起きれないんだけど。
――…………おそよう。
――………あ。ひょっとしてチワワの方がよかった?
――……銀ちゃんのアホ!!!!
――ごぶェ!!!!


2008/11/15 up...
書いていると新八がいかに常識人かがわかりました。良い子だな~ぱっつァん(笑)。新八、神楽、さっちゃん初書き記念。