ただ 一緒に行きたいだけなの。
ただ それだけなの。
ありがとう。
「なんでテメェは捕物ん時にいちいちバズーカ持ち出すんだよ!無駄に建物破壊してんじゃねーよ!」
「てっとり早くて良いじゃないですかィ。鞘から刀抜くのタリィんで」
「テメェはそれでも侍か!つーか,バズーカ構えて撃つ方がよっぽどタリィだろーが!重さからして!」
真昼間から隣でぎゃあぎゃあうるせェな…助手席んとこだけ電柱ぶつけて永遠に黙らせてやろーか。
始末書の束(主に俺が原因のやつ)と一緒に仲良く三途の川を渡っちまえや。
握り締めた車のハンドルに殺意が宿りそうになる。
けどそれを実行に移しちまったら,それはそれで後々の処理が余計に面倒くせェし。
(あーあ…さぼりてェ)
くどくどと説教たれる野郎の言葉を全力で流しつつ,俺は梅雨の晴れ間の空を見上げた。
パトカーの車窓越しの空は,普通に見上げる時よりも少しだけグレーがかって見える気がする。
久しぶりのお天道様だっつーのに仕事だなんてノれねェや。
(屯所に着いたら昼寝でもすっか)
欠伸をしながら前方へと目を戻して――俺は屯所の前に佇んでいる人影に気が付いた。
「ちょっとあれ,見てくださいよ。嫁いびりの姑のような土方さん」
「お前ェは喧嘩を売らずに人を呼べねーのか!?」
「門の前にポメラニアンがいますよ」
「…は?」
俺の言葉に土方さんは思いっきり眉間に皺を寄せたけど,前を見て『件の人物』を視界に入れた途端,
キモいくらいに表情を和らげた。
その人物は,門番2人となにやら楽しそうに笑い合っていた。でも,自分の方に俺達の乗ったパトカー
が近づいてくるのに気付くと,さらに目を輝かせて手を振ってきた。
(おーおー盛大にシッポ振ってらァ)
きらきらした眼差しでこちらを見つめてくる――あいつ。
「」
俺がブレーキを踏んでパトカーを停めた途端,土方はいそいそと助手席を降りた。
対する俺は…頭を掻きながらのそのそと運転席を降りる。
「こんにちは。土方さん,総悟君」
出迎えてくれんは,邪気の欠片も無い笑顔。
「…」
この笑顔に癒されたり救われたりする奴らはゴマンといるんだろーけど。
その気持ちも全然わからねェってわけじゃねーんだけど。
でも――
――俺は こいつが苦手だ。
++++++++++++++
庭に面した客間へ通され,嬢はテーブルを挟んで俺達と真向かいの座布団にちょこんと座った。
出されたお茶を手にとったものの,猫舌なのかやたらとフーフー息をかけている。
そんでもって…そんな猫舌のポメラニアン(ちょい矛盾)を見て和んでいるダメ狼が俺の横に1匹。
「今日はどうしたんだ。なんかあったのか?」
土方さんは久しぶりに嬢が屯所へ来たことが嬉しくて仕方ねーらしい。
必死に表情をひきしめようとしてんだろうけど,目尻やら頬やらが緩んでいる。
ちなみになんで俺が同席してるかっつーと…ここにいりゃ大手をふってサボれるからだ。
俺は頬杖をついて,嬢が持って来た大福を口の中に放り込んだ。
「えっと…実は」
息をかけまくった茶を一口飲んだ後,嬢は話を切り出した。
「わたし…土方さんに習いたいことがあって」
「習いたいこと?」
土方さんは不思議そうに首を捻った。俺は,
「犬の餌の作り方かィ?」
「お前は黙ってろ」
とりあえず思いついたことを言ってみたっつーのに,即座に黙れと言われた。
んだよ,こいつ。ホント死んでくんねーかな。醤油を1リットル飲んで死んでくんねーかな。
土方さんが嬢に教えられることっつったらそれくらいじゃねェか。
あまりに腹立たしくて,手についた大福の粉を気付かれねーよう土方の背中にくっつけてやった。
黒の上着に白の粉で『バカ』って書かれたのも知らず,
「なんだ?習いたいことって?俺が教えてやれることならなんでも言え」
無駄に凛々しい表情で土方さんは言った。
「本当ですか?」
「ああ」
超嬉しそうだよ,こいつ。
嬢に頼りにされてめっちゃ喜んでるよ,こいつ。うわっキモっ(←素)。
「あの…わたし!」
祈る時みてェに両手をぎゅっと握り合わせて,嬢は熱い眼差しで言った。
「わたし,剣術を習いたいんです!」
「「…」」
あー…梅雨ってつくづく嫌だねィ。
洗濯物乾かねェし。部屋干ししたら壁とか障子とか湿るし。
ファ〇リーズの消費速度が異常に上がるし。
そもそも「梅雨」って名前もどうなんだよ。もう名前からして湿っぽいだろィ。
「サラダ記念日」とかの方がよくね?
「『この味がいいね』と君が言ったから…な日」の方がよくね?
(って,意味わかんねーよ俺!)
頭ん中に浮かんだサラダの皿を木っ端微塵に叩き割る。
(がらにもなく一人ボケツッコミしちまったじゃねェか!)
どーしてくれんだ,俺のイメージ変わっちまうだろィ!
頭ん中で全力で(誰かに)どつきながら,俺は平静を装って土方さんをちら見した。
「…」
あー…こりゃまた見事に固まってんな。
まるでハトがバズーカ喰らったような顔してらァ(←死にます)。
「剣術って…あれか。日本刀振り回すあれか」
当たり前だろィ。
お前が毎日やってることじゃねーか。どんだけテンパってんだよ。
たっぷり10秒使って搾り出した言葉がそれか。こっちが泣けてくらァ。
(でもまァ…無理もねェか)
今回ばっかりは。
もしもポメラニアンが竹刀を引き摺って「鍛えて~!」なーんてシッポ振ってきたら,
「おいおい,フリスビーと間違えちゃったのか~?しょうがない奴だな~こいつぅ。
さ,元のところに戻して来なさい」
と諭すはずだ,誰だって。
「…まず万事屋に教えてもらった方が良いんじゃねェか?」
人に押し付けようとしてるよ,こいつ。
下手に断って嬢に嫌われるのがイヤでなんとか責任転嫁しようとしてるよ。
「今は銀ちゃんなんかの話はしてません」
「え」
珍しく嬢の声が刺々しくなった。
いつもだったら旦那の話題をふるだけで顔赤らめて嬉しそうにするくせに。
つーか今『なんか』って言った?今こいつ『銀ちゃんなんか』って言った?
(一体なにがあったんでィ?)
予想外の嬢の反応に土方さんは目に見えてたじろいだ。
「…あ,あのな」
「ね,教えて下さい」
「…」
土方さんの動揺に全く気付いた様子もなく,嬢はさらに畳み掛けた。
(この鈍くせェ嬢が…剣術)
人一倍ほにゃららしたガキが…
土方の煙草に火ィつけようとして野郎の前髪をライターで焦がしかけたり(あれはナイスだった),
藁人形を俺から取り上げようとして手に棘さしちまって痛がったり(隠そうとしてたけどバレバレ),
姐さんに吹っ飛ばされた近藤さんを避けきれずそのまま下敷きになったり(ある意味丈夫なのかも),
山崎が打ったミントンのシャトルを顔で受けて鼻血噴いたり(その後山崎は土方からぼこられた)。
そんな嬢が…
(無理だろ)
はっきり言って無理だ。
嬢に剣術を教え込むだなんて,ポメラニアンを軍用犬に育てるくらいの難しさだ。
「おーいトシ,これから……あ!ちゃん!」
沈黙に包まれていた客間に,救いの声が豪快に響きわたった。
「近藤さん!おじゃましてます」
足音高らかに現われたゴリラを,じゃねーや近藤さんを見上げ,嬢は元気に挨拶した。
「いや~全然じゃまじゃないよ。元気?」
「はい!おかげさまで!」
「近藤さん,俺になんか用か?」
明らかに「助かるチャンスかも」という安堵の含まれた声で,土方さんは近藤さんに話しかけた。
「ああ,そうそう。これからお妙さんとこ行くんだけど一緒に来てくんないかな~と思って。帰る時
たぶん意識ないだろうからさ,つれて帰ってほしいんだよね」
「いや『たぶん意識ない』って…そこまでわかってても行くんですかィ,近藤さん」
思わず俺はつっこんだけど,近藤さんは「がはは」と朗らかに笑うだけだった。
「でもちゃんがトシに用事なら1人で,」
「ししし仕方ねェな!うん!ついてってやるよ,近藤さん!」
近藤さんの言葉の途中で,土方さんは大声で承諾した。
「え?いやでも」
「悪いな,。近藤さんの恋路のためだ…今日はちょっとダメだ」
まだなにか言おうとする近藤さんをさておき,土方さんは嬢の方に向き直った。
その表情は妙に晴れ晴れとしていて,なんか結構ムカついた。
「いいえ。わたしの方こそ突然すみませんでした。近藤さん,頑張って下さいね!きっといつか必ず
お妙さんに想いが伝わりますよ!」
「うん!ありがとう,ちゃん」
以前そのお妙さんのせいでゴリラの下敷きになったことを忘れたのか,この犬コロは。
スッゲーほのぼのした空気を出してる近藤さんと嬢を見て,嫌味じゃなく自然と溜息が出た。
「すまねェな,…そうだ」
土方さんはふと思いついたように眉を上げて,くるりと俺の方を見た。
「総悟に教えてもらえばいい」
「は?」
「え?」
俺の声と嬢の声がかぶった。「は?」「え?」って…「蝿」かィ。
いやそんなこたァこの際どーでもいい。
今なんつった,土方ァァァ!にやにや笑ってんじゃねェェェ!!
日頃の仕返しのつもりかィ,このニコ中マヨ侍が!!
俺の心の罵倒が聞こえてるくせに,土方さんは尤もらしい真面目な表情で嬢に続けた。
「こいつァこれでも剣の腕は折り紙つきだ。俺が保証する」
「ちょっと待ってくだせェ。俺は嫌ですぜ。そんな面倒…」
「さっ行くか,近藤さん」
「ちょっ…」
「おお!じゃあまたね,ちゃん!」
「またな,」
「はいっ。いってらっしゃい!近藤さん,土方さん」
俺に反論する隙を全く与えず,ゴリ&マヨ(ユニット名)はさっさと客間を出てっちまった。
「…」
後で覚えてろよ,土方。夜道は背後に気をつけな。前からぶった斬ってやっから。
頭ん中で死の宣告をして嬢の方を向くと,期待に満ち溢れた目とかち合った。
くりくりっとした瞳には一片の疑いも悪気もない。
「…」
もう一回溜息をつきたくなった。
――俺はこいつが苦手だ…すぐ泣くし。
以前嬢が屯所に遊びに来ていた時,山崎からガ〇ャピンの携帯ストラップ(えらくでかくて
『もーそれストラップじゃねェよ,ただのぬいぐるみだよ』って感じのやつ)を貰って喜んでた。
嬢はガチャ●ンが大好きらしく,その理由が「なんでも出来るスーパーマンだから」だとかで。
んで,俺がいつものごとくちょっとしたからかいのつもりで,
「何言ってんでさァ。そりゃァ中の人が毎回違うんだからなんでも出来るに決まってんだろィ」
と事も無げに言った…ら…
嬢は目を大きく見開いて,それからぼたぼたと涙を流し始めた。
あの涙の零し方は「ぽろぽろ」なんて生易しいもんじゃなくて「ぼたぼた」だった。
あん時ァ本当にびびった…まさか泣くとは思わなかった。
つーか,そこまで好きかガチ☆ピンが。
目の前で女(まだまだガキんちょだけど)に泣かれて,あの時の俺はもう本当に慌てまくって,自分
の語彙を総動員させて謝りまくった。
ドSって生き物はなァ,自分の思惑と違ったとこで人に泣かれんのは苦手な生き物なんでィ…。
しかも間が悪いことにそこへ近藤さんが通りかかって,「女の子はね,繊細な生き物なんだよ」と
説教を喰らった(正直言って『あんたに女の扱い方を教わりたくねーや』と思ったけど)。
さらには土方さんまで現われ,奴は泣き続ける嬢の頭をここぞとばかりに撫でた(いい加減にしろ
ムッツリ野郎が)。
最終的に嬢は笑って許してくれたけど「ガチ■ピンはスーパーマンだよ」と頑なに言い切られた。
…そんなに認めたくないか。
「あーっと…」
ちょっと前の出来事を思い返し,俺はがしがしと頭を掻いた。
「なぁに?」
嬢は小首を傾げて俺を見つめてくる。
(…参ったねィ)
年下の女の扱いはよくわかんねェや。
「あ!そういえば!」
「ん?なんでィ?」
突然思い出したように嬢は大きな声をあげた。
「総悟君,お仕事は?」
「…」
「ちゃんとパトロール行ったの?」
――これだ。
俺がこいつを苦手な理由はいくつか,ある。
まずは『すぐに泣くから』。次に,
「しっかり働いてる?」
「…」
次に――『生意気だから』。
土方さんや旦那には従順にパタパタしっぽ振ってるくせに,俺にはそうじゃない。
「ちゃんと見回り行かなきゃダメだよ」だの「無闇に物壊しちゃダメだよ」だの…
俺の方が年上なのに,なにかと大人ぶって注意してくる。
土方の真似でもしてんのか,ひょっとして。
しかも俺を「沖田さん」とは呼ばずに「総悟君」と呼ぶ。
俺の方が年上だと思ってねーだろ,こいつ。
まあこの呼び方は「なんでお前は名前で呼ばれてんだ」って,土方さんが羨ましがってるからいい。
ざまみろ土方。つーか何て呼んで欲しいんだ,土方。
「生意気なこと言うのはこの口かィ」
「いひゃ!いひゃいいひゃい!」
ムカっ腹が立って嬢の頬をにょーんと引っ張った。おーよく伸びる伸びる。
「いひゃ!はひゃっへ!」
「謝ったら離してやらァ」
「ご,ごうぇんなひゃい!」
「よーしよし」
ぱっと手を離すと,嬢は頬をさすりながら恨めしげに俺を睨んだ。
「お,女の子の顔に酷い…」
「俺は男女平等主義なんでィ」
「…なんかちょっと使い方間違ってるよ,それ」
「ンなことどうでもいいだろィ」
「…よくない」
「それより『剣術習いたい』って話」
「!うん!」
俺が『剣術』と口にした途端,嬢は笑顔になった。
つくづく感情と表情が直結してる奴だよな,こいつって。
「土方さんも言ってたけど,旦那には頼んだのかィ?」