「へーぇ……嬢は意外と軽いんですねィ」 「…総一郎君,人の話ちゃんと聞いてる?」 向いの席でコーヒーを啜る総一郎君を俺は半眼で見た。 「旦那の方こそ人の名前ちゃんと聞いてやせんでしょ。何度も言ってますがね,俺は総悟でさァ」 「わかったわかった,沖田君」 「名字覚えてんなら最初っからそっちで呼んで下せェ」 そうつっこむ沖田の手元には,昨夜から今朝までずーっと部屋で垂れ流されていた落語のCDが。 …もうしばらくこの落語を聞く気にはなんねぇし。つーか元々たいして聞きたくなかったし。 ていうかトラウマになりそうだし。 が飛び出して行った後,俺はのろのろとシャワーを浴びてから沖田に電話した。 CDを返すっつー約束が元々あったからだ。 電話中これっぽっちも気力の無ェ俺に対して沖田はズバッと 「どうしたんでさァ?もしかして勃たなかったんですかィ?」 なーんて訊いてきやがった。 あー…バカですか君は。むしろたったから大変だったっつーの。 「違うわボケェェェ!!」と一言怒鳴って俺は電話を叩っ切った。 まァ沖田の見当違ェな心配(?)のおかげで一気にアドレナリン湧いて元気にゃなったけど。 そんでもって現在。 『でにぃす』で遅ェ朝食,もとい早ェ昼食を食べている。 「軽ィじゃねーですか。今の話誰が聞いたってそう思いまさァ」 「…お前ちゃんと話聞いてた?」 俺が頬を引き攣らせて訊くと,心外だとでも言うみてぇに沖田は眉を潜めた。 「ちゃんと聞いてやしたよ。まァ要約すっと…酔った勢いで嬢とヤっちまって,そんで嬢は 泣いて出て行っちまったんでしょ?」 「うぉぉいィィ!!!要約し過ぎだろォォ!!!」 「けどこう言っちゃあなんですけど,泣くのって反則じゃねーですかィ?酔っていたとはいえ合意の上 だったんでしょ?嬢だって軽率だったんだし,落ち度がありまさァ」 沖田の言ってることは…まあ間違いは無ェ。 でもさァこいつの頭に『情け』とか『思いやり』とかそーゆー言葉はねェの!? 現実主義者過ぎねェか?! 俺はしかめっ面でチョコレートパフェをかっこみつつ,沖田を見る。 沖田はそりゃあもう涼しい表情でコーヒーカップに口をつけている。 「そーいやメガネとチャイナは昨日どこにいたんでさァ?」 「あーあいつらね。新八の実家でお妙も一緒にクリスマスパーティやってたんだよ。定春もな」 つーか仮にもキャバ嬢がイブに家族でパーティってどんなだ。 仕事しやがれ,仕事。あの女…絶対ェ店長を脅して休みとったな。 「ハハァなるほど。そんでおあつらえ向きに万事屋がラブホに早がわりってワケですかィ」 「やめてくんない。人ん家を露骨に卑猥な表現で呼ぶのやめてくんない」 「お酒って怖いですねィ。嬢も飲みすぎてハイになってたんでしょうねィ。 そいでボーダーが下がっちまったんだろうな,いろいろと」 「…あいつはそんな軽い女じゃねェ」 「でも軽率なことは確かでしょ。自己管理できてなかったのはお互いさまでさァ」 「…なにお前ひょっとしてのこと嫌いなの?」 「そんなことないでさァ。俺ァむしろ旦那を弁護しているつもりなんですけどねィ。同じ男として」 沖田はそう言うと少し皮肉げな笑いを浮かべた。 …言われてみりゃー確かにそうだ。 「あー…悪かったな」 「別に気にしやせんけど」 俺がぼりぼり頭をかくと,沖田はひょいと肩をすくめた。 「まァ嬢も旦那の前だからこそあんなになるまで酔っ払ったんでしょうねィ。 信用してねー奴が相手だったら意識とぶまで飲んだりしねェでしょーし」 「…まァそうかもしんねーな」 「元彼の愚痴を好き放題言ったりもしねーだろうし。 旦那の言う通り『軽い』ってのとはちょいと違いやすねィ。誰でも良いってわけじゃねーだろうし。 ピンポイントで男を狙うタイプなんでしょーねィ。マシンガンじゃなくて大砲を使うタイプでさァ」 「お前ねェ…」 思わず俺は額に手ェ当てて項垂れちまった。 こいつ…現実主義者っつーよりむしろ情緒障害者? 「あいつは愚痴るような女じゃねェし……いや,愚痴ってたかもしれねェけど。でもこっちが つっこめねーような暗い愚痴は言わねーし。あと『男を狙う』って言い方やめてくんない?」 「は?なんででさァ?」 「もっとこう…あるだろ。『好かれようとする』とかなんとか…いろいろ言い方あるだろ」 「たまに旦那は女を美化しやすねィ。女が何の作戦や打算もなく色恋をするとでも思ってんですかィ?」 「…女が『誠実な男』の存在を信じるよーに,男は『純粋な女』の存在を信じるもんさ」 「…まァその気持ちはわからんでもねーですがね。でも現実的に言って,何の駆け引きもしねー女 なんていやしませんよ。少なくともそーいう女はいつまで経っても独り身でさァ」 いっちいち言ってることが正しいから腹が立つわ,こいつ。 沖田をちらりと見ると,奴はしれっとした顔でこっちを見返してくる。 その冷めた視線にゃ『少しは現実をみたらどうですかィ?』とでも言ってるようなオーラがある。 俺はそりゃあもう深ァァ~く溜息をついた。 ちょいと気分を変えようと窓の外に視線を移すと,歩道を通り過ぎるたくさんの人間が目に入った。 クリスマス当日は意外といつもより人が少ねェかもしんねーな。 車道もそんなに混んでねェみてーだ。 肩を寄せ合いながら通り過ぎていくカップル共は,たぶん昨日のイブを楽しんだんだろう。 ホワイトクリスマスにはなんなかったけど,雪が無くても奴らは十分幸せそうだ。 不意に,の泣いている顔を思い出した。 ……あー胸が痛ぇよコンチキショー。 「……,嫌だったんだろうな」 俺がぽつりと呟きをもらすと,沖田は即座に, 「旦那ァ俺の話聞いてやす?『ピンポイントで狙う』ってことは『旦那ならよかった』てことだろィ? まあ酒の勢いも手伝ってたんでしょうけど」 本当になんの感傷にも惑わされねー男だな,こいつァ…。 ここまでくるといっそ清々しくて俺はちょっと苦笑した。 「あのなぁ…泣いてたんだぞ?少なくとも俺とやったことを後悔してるのはたしかでしょーが」 「ん~まァそれはそうでしょうねィ。後悔しねー女だったらそれこそ『軽い』と思いまさァ」 あっさり沖田は頷いた。そして少し考え込むように顎に手を当てて, 「さっきは『反則っぽい』って言いやしたけど,嬢の場合は違うかもしれやせんね。 被害者ぶりたいってわけじゃなさそうですし。かといって,旦那とヤっちまったことが嫌で泣いた わけじゃねーと思いますよ」 「じゃあなんでだよ?」 「旦那のこと好きなんじゃねーですかィ?」 「…」 「あ。パフェ垂れやしたぜ」 「…」 「おーい。旦那?」 「…」 一瞬といわず『数瞬』俺はフリーズした。 「……ハイ?」 やっとこさ麻痺から解けた時,俺の口からついて出た台詞はたった2文字だった。 「だから,旦那を好きだから泣いたんでしょ」 沖田は当然のように断定する。 「…頼むからもっとわかりやすく言ってくんない?夜神総一郎君?」 「総悟です。だから,旦那のことが好きだったのに『勢いでやっちゃった』って形になったのが 嫌だったんじゃねーですかィ?『自分は被害者だ』って思ってたら旦那のこと1発2発殴って くるでしょうし。泣くにしてもきっと『酷い!』とか言ってわんわん泣き喚くでしょうし」 頷きたいのはやまやまなんだけどね,沖田君。 でもちょっと都合の良すぎる考え方じゃねーか,そりゃあ? 俺は思ったことをそんまま口にした。 「…すっげー自分勝手でご都合主義きわまりない結論な気がするんだけど?」 「良いんでさァ,それで。どうせ他人の本当の気持ちなんて一生わかんねーんだし」 なんでもないことのようにアッサリと沖田は言う。 なァ…君は一体いくつなんだい,沖田君? 「だから悩むとしたら旦那自身の気持ちでしょう。嬢とどーなりたいんですかィ?」 と,どう…? …そんなこと決まってらあ。 1万年と2千年前から決まってる。 エッてことは何,縄文時代から?いやさすがにそりゃねェけど。 こういうことになる前,俺はもっともっとと仲良くなりてェって思ってた。 ぶっちゃけ『彼氏と別れて俺と付き合いませんか』って申し込みたかったですヨ。 けどさ…俺としてはもうちょっと段階とか段取とかこだわりたかったんだよ。 古い考え方だけどさー大事でしょ,そういうの。 喩えるなら,祭り行って綿菓子も林檎飴もすっ飛ばしていきなりクレープ食べちゃった,みたいな。 …え,ウソわかりにくい? 「今までと同じように,てのは…」 「無理じゃねーですかィ?余程図太い神経の持ち主同士じゃねーと。」 …だよなァ。 俺も自分で言っておいて『無理だろ』って思った。 銀さんは男で,ちゃんは女なわけで。 1度もう越えちまったんだから。 元通りにはなれねーよな。 でもホント…できんならやり直してェなあ。 俺はを好きだから。 もっとゆっくり色々育てていきたかった。 クチにすんのも恥ずかしいけど…いわゆる『アイ』ってやつをだ。 「でも俺とはあくまで『ただの友達』だったんだぞ?甘い空気が流れたことなんて1回も無ぇし。 つーか,は俺のことそーゆー対象としては見ちゃいなかったし」 現にあいつは彼氏のことで俺によく相談してきた。それが何よりの証拠だろ。 「『ただの友達』って言ってもねィ…旦那は男で,嬢は女ですからね」 「それは俺も思ったけどさァ」 沖田はふっと溜息をついて,視線を落とした。 「男と女はいざ離れちまったら何も残りやせんぜ」 その言葉には重みがあった。 男女間に友情が成立すんのか,そんな永遠に正解の出ねェ問題なんざどーでも良い。 俺たちはもう越えちまったんだから。 『男と女』になっちまったんだから。 もう安心感だけじゃ繋がれねェし。 もう信頼だけじゃ繋がれねェし。 ひょっとすると,何でも繋がれねェのかもしれねーな。 …にしても,だ。 「沖田君,キミ何歳?」 「18でさァ」 「…君,その年でどんだけ辛酸なめてきたの?」 「ヒミツでさァ」 沖田は人差し指1本を口に当ててニヤリと笑った。 …いやはや末恐ろしい子だわーこのコ。 ひょっとするとゴリや大串君よりも色恋沙汰に関しては上手なんじゃ…。 青ざめている俺に気付きもせず,沖田は何か思い出したのかポンと手を打った。 「そーいやァ旦那の宣戦布告,ありゃちょっと見物でしたねィ」 「宣戦布告?んだよそれ?」 「ありっ?あれも覚えてねーんですかィ?」 沖田は呆れたように片眉をあげた。 いや覚えてねーもんは仕方ねェだろ。 「昨日,あの焼肉屋に柳生んとこの顔面男性器もいたの覚えてやす?とうやらあの野郎は前から 嬢に目ェつけてたみてーで。やっこさんがフリーになったって聞いて『よっしゃ!』 なーんてバカみてぇに喜んでやしたよ」 あーそれは俺も知ってる。 南戸ねェ…なんであのタラシが『第35回かぶき町内・聖夜の焼肉パーティ~寂しい奴らなんて 言わせねえ!~』に来てたんだよ。 ってアレ?こんな名前の飲み会だったの,昨日の? 「あの全身男性器は昨日『あわよくば』って思ってたんでしょねィ,きっと。けど肝心の嬢は 旦那とばっかり話してるもんだから,あいつ割って入ろうとしたんでさァ」 そうだったのか??? 全然憶えてねェんだけど…いや待てよ。 ―オイ。なにズカズカと人の間に入って来てんだ,てめーはよ。 ―はあ?なんだよ,別にいいだろ。彼氏でもねーのに彼氏面してんじゃねーよ。 ―こいつは誰のモンでもねーよ。俺のモンだ。 ―へ!?……アレ?なんか矛盾してない?『誰のものでもない』のに『俺のもの』って明らかに変… ―うるせーな。こいつは俺んだよ。勝手に触ってんじゃねー。つーか,。お前は嫌がれよ。 ―……眠いんだもん。 ―ハイハイ,ちゃん。それ全然理由になってないからね。銀さんそーゆーの絶対に許さないからね。 束縛するタイプだからね。てなわけで帰るか。 ―……うん。抱っこ。 ―ハイハイ…よいしょっと。じゃあな,柳生100%その4くん。次こいつに触ったら殺すからな。 ―さよ~なら~南戸さん。 ―…えええええええええ!?何その展開!何この敗北感!! あー………。 今日何回目だ?この『突発的回想』。もうすっかり慣れちまったけど。 つーか俺なに恥ずかしいこと言っちゃってんの!? なっにが「俺のもんだ」ですか!? がいつお前のもんになったんだよ,事後承諾ですかこのヤロー!!! ていうか,もだろ…… 「抱っこ」って………なにこのカワイイ生き物?いやいやいや!! これじゃバカップルじゃねーか! いや「カップル」じゃねェから,ただの「バカ2人」だな…。 「思い出しやした?」 「…断片的に」 「で?」 「で,と言われてもな…」 あんなの酒に酔っ払ってねーと言えねェよ。 よっぽどテンション上がってないとできないから。むしろマックスじゃないと無理だから。 あー…それにしてもどうしよう。 どの面下げてと話せば良いんだ? つーか何を話せば良いんだ? がしがしと頭を掻きむしる俺を,沖田はじっと見ていた。 そんでその口には苦笑いのようなもんが浮かんでいる。 「まァ…色恋の相談を受けた第3者が最後に言うことは大抵コレなんですがねィ…」 「コレ?何だよ?」 沖田は一呼吸置いて,言う。 「『ちゃんと2人で話し合った方が良い』」 「…なるほど」 ご教授痛み入りマス。 俺は浅く息をついて,2つ目のパフェ(フルーツ盛り沢山仕様)に視線を落とした。 上に乗っていたバニラアイスが溶けかけちまっている。 …てことはたぶん総一郎君のコーヒーもだいぶ冷めちまってんじゃねェ? とにかくこれ以上溶けねーうちに食べちまおう。 俺はアイスクリームを忙しなく口元に運んだ。 と今までのような気楽な関係にはもう戻れねェ。 友情ってのはお互いに責任がないから気楽だし,疲れねーんだろうけど。 でも「責任」の無い関係にはもう戻れねェし,戻りたくもねェ。 俺は…あいつが好きだから。 ま,とにかく… …総一郎君にはちょこっと感謝だな。 なんかちょっと冷静になれたし。 今金ねーけど,今度金入ったらなんか奢ってやるか。 あくまで金が入ったら,ですけど。 「しっかし2人とも体力ありやすねィ。あんだけ酒入ってたのに一晩でそんなにやっちまうなんて。 俺も見習いたいでさァ」 心底感心しているような沖田の声が耳に入り―― ――俺の手の中にあるパフェのグラスに,びしっと皹が入った。