その人の音は
私を金縛りにさせた。





下弦の月が,闇へ滲み出るかのように仄かに灯る夜だった。しんと肌に忍び寄る霜の兆しに,少女は自分の身体を
両手で抱きしめた。すべての命が隠れてしまったかのようなこういう初冬の夜は,只でさえ寄る辺ない気持ちに
なるというのに…これから自分がしなければならないことを思うと,は心細さで泣きそうになった。

――明日より十日間,晋助は夜に外出する予定でござろう?

高杉晋助以外の人間に顔を見られたのは,いつぶりのことだろうか。思い返してみれば,顔を包帯で隠すよう高杉に
命じられて以来,他人とまともに視線を合わせたことすら初めてだった。
もっとも…件の男の双眸は,夜色のサングラスで覆われていたため,あまり見えなかったのだが。

――その間,拙者の部屋に来るでござるよ…包帯を解いて。

彼の言葉を思い出し,はきゅっと唇を噛んだ。
昨日,自分の顔を無理やり暴いたあの男――河上万斉から言われたとおり,は彼の部屋の前に立っていた。

(どうして…こんなことに)

あの男に顔を見られたのは完全なしくじりであり,にとっては「罪」ですらあった。
そもそもの原因は,包帯のわずかな隙間から入り込んできた羽虫だった。そのまま動き回ると潰してしまいそうだったので,
包帯を解いた。虫を逃がすために,部屋の中ではなく外で解く必要があると思った。以前,高杉から『虫愛づる姫君』の物語を
聞かせてもらった時,主人公の姫を「見事な女だ」と彼は評していた。は密かにその姫に嫉妬し,対抗心を抱いていた。
少女は高杉の望む女になることに,とても貪欲だった…そういう風に育てられた。
かくしては虫を嫌うことなく(むしろ助けるべく)庭で包帯を解き,虫が無事に飛んでいくのを確認し,包帯を元通りに
巻こうとした――その時だった。

(あの…美しい曲)

秋の薄闇が境内に立ちこめる時分,銀杏の乱舞の中響き渡っていたあの男の演奏は,この世のものとは思えないほどに見事
だった。包帯を解いた無防備な状態で聞き惚れてしまったのは,迂闊だったとしか言いようがないが,旋律に捕らえられた
はその場に立ち尽くすしかなかった。
秋風に包帯を奪われた時やっと我にかえったが,包帯は数メートル先にある池の水面へとその身を投じてしまっていた。
自分の『鎧』である包帯が水に浸るのを目にしてもなお,はその場からすぐに離れることができなかった。
一瞬は我にかえったものの,彼の演奏はまだ続いており,美しい音色に再び聞きほれてしまった。
美しいものは,時に人を金縛りにさせる。

(本当にいい曲を奏でる人間は滅多にいない,って晋助にい様も言っていたわ…)

河上万斉は滅多にいない「本当にいい曲を奏でる人間」だとは確信していた。
そういう人間が,何も悪いことをしていない自分に危害を加える人間のはずがない…きっと。
高杉も「本当にいい曲を奏でる人間は,良い人間だ」と。そう言いたかったのではないか。
は「晋助にい様が言うことは正しいのだから大丈夫」と盲目的に信じるあまりに,その最も敬愛する男の言いつけを,
「他人に顔を見せるな」という命令を今まさに破ろうとしている,という矛盾には気づかなかった。
それに――恐怖心で大半を支配されている心の奥底に,ほんの少しの「好奇心」も確かにあった。
背徳的で浅はかな「好奇心」が。
その幼さゆえの「好奇心」が,を万斉の部屋へ1人で向かわせた。
いや―― 1人ではない。心強い『用心棒』も一緒だ。

(ひとりで来い,とは言わなかったもの…あの人)

心の内で誰かに向かって言い訳しつつ,は『用心棒』に目を向けた。すると,彼はを安心させるかのように
そっと体を寄せてきた。その温かい感触に,はほっと息をついた。自覚していた以上に,体が強張っていたようだ。
彼の後押しもあり,は意を決して男の部屋の扉を叩いた。

「…来たか」
「…」

扉が開き,暗い廊下へ部屋の光が漏れ出て来るのと同時に,長身の影が姿を現した。
その男――河上万斉は優しげな微笑を口元に浮かべているが,逆には自分の目が吊り上るのを感じた。
この人は,決して優しいだけの人間ではない――むしろ,底の知れない人だ。を油断させておいて,力づくでこちらの
手をこじ開け,顔を晒させた人なのだ…乱暴で,美しい曲を紡ぐ 男の人。

「入るでござる………っと!?」

半開きだった扉を更に開けたところで,万斉はの隣に立つ『用心棒』にやっと気付いたらしい。『用心棒』は無言の
まま体で扉を押し開け,も続いて中へ入る。後ろ手に扉を閉めつつ,万斉は苦笑と共に息をついた。

「驚いたでござるな」

そう言ってはいるが,言う程驚いているようには見えない。
なんとなくムッとしたものをは感じた…もっと驚くと,もっと慄くと思っていたのに。

「そういえば,晋助といない時は,いつも一緒にいるでござるな…その犬と」

殿のボディガードか,と言いながら万斉は身を屈めた。『用心棒』はすっと目を細め,垂らした尾をゆっくりと振って
いる。万斉は興味深けに頷きながら,躊躇することなく手のひらを犬の前へと差し出した。

「甲斐犬でござるな。一代一主の」
「!」

彼が一目で犬種を当てたことに,は目が丸くなった。
黒色の短い直毛に,くるりと巻いた尾,三角の耳。それほど大柄ではないが,がっちりとした体格は狩猟犬として力を発揮して
きた歴史をもつ犬種ならではの特徴だ。甲斐犬は,かつては狩人と共に,猪や鹿を追いかけていた剛の犬だ。
「犬が好きなのだろうか,この人」と思った途端,彼への印象が少し良くなってしまうのは,犬好きの性分か。は相棒の
頭を撫でながら,

「…いつも一緒にいるの」
「そうでござるか。名は何と?」
「…サク。新月の日に生まれたから」
「ああ。『朔』か」

万斉はの言葉に頷きつつ,サクの背中をぽんぽんと撫でた。サクが万斉に大人しく撫でられるがままになっていることに,
は再度驚いた。先程彼も言っていたように甲斐犬のサクは「一代一主」…主と決めた人にだけ一生添い遂げる一途な犬種だ。
主であるには非常に従順だが,他の人々に対しては警戒心がとても強い。
高杉がの側にいられない時の用心棒として,が鬼兵隊の船に初めて乗った時からずっと一緒にいる。
サクはを唯一の主と思っているらしく,高杉にも然して愛想を振りまかないし,ましてやそれ以外の人々には自分を触れさせも
しない有能なボディガード…のはずなのだが。
背中を撫でる万斉の手の匂いを,すんすんと鼻を鳴らして嗅いでいるサクの姿に,驚かずにはいられない。

「そこに座るでござるよ。今,茶を淹れる」
「…」

部屋の中央にある黒いソファを勧め,万斉は背を向けて衝立の後ろにあるのだろう水場へと向かった。
は言われたとおりソファに腰を下ろし,その足元にサクを座らせた。

「サク…乱暴な人なのよ。あのひと」

小声で告げつつ,その太い首を撫で回すと,サクは舌をちろりと出して尾を振った。

「あのひとが怖いことしてきたら,わたしのこと守ってね」

大丈夫だよ,とでも言うようにサクはの手をぺろぺろと舐めた。柔らかな感触にいくらか落ち着いて,はふと部屋の中を
見回した。

(全然違うわ…晋助にい様の部屋と)

一言で言うならば,『楽器と機械で埋め尽くされた部屋』だ。部屋自体は決して狭くはない,むしろ広い…一般的に必要な家具だけを
置いていたなら。
しかし,家具だけでなく,様々な物が置かれているため,本来の広さよりも手狭に感じる。しかし,部屋の中の物がすべて『楽曲のため』
という1つの目的に集約されているからか,雑然としている印象は感じられなかった。

(機械も全部…曲を作るためのもの,なのかしら?)

正確には『たぶん・・・楽曲のため』だが。なにしろ,部屋の中には見たこともない物がたくさんあった。
パソコンやスピーカーのほか,ボタンのたくさん付いた箱型の機械がいくつかあったが,それが作曲のためのものなのか否か,には
判断がつかなかった。
壁づたいにギターやベースが複数並べられ,他にもの知らない変わった形の弦楽器がたくさん置かれている。キーボードの前には
楽譜立てが3つ並び,その間を縫うようにしてケーブルが黒い箱とキーボードを繋いでいる。
打楽器も何種類かあるが,がわかるのはドラムくらいだった。
は静かに立ち上がり,打楽器の群れに近づいた。後ろからサクの足音がとてとてとついて来る。一番手前にある打楽器を,は
しげしげと見つめた。

(…どんぐりみたいな太鼓)

木製のその打楽器は茶色の樽型で,丁度どんぐりを半分に割ったような形をしていた。その上面には砂色の皮が張ってあり,は
指先でそっと触れてみた。想像していたより温かく,滑らかな感触だった。好奇心が疼き,試しに軽く手のひらで叩いてみると,可愛い
外見からすると意外に硬く乾いた音が響いた。
ちょっとびっくりして後じさると,肘がこつりと堅い何かにぶつかった。振り返ってみれば,

(なに…これ?)

そこにはキーボートに似た楽器,いや,機械があった。それは,外見的には楽器ではなく『機械』という言葉の方が合っていた。
横に長いボードの下半分には鍵盤が並んでいるが,上半分のパネルにはボタンやツマミが沢山並んでいて,まるで…

(コクピットみたい)

以前,高杉に見せてもらった鬼兵隊艦船の操縦盤のようだ。これもやはり音楽に関するものなのだろう。
全く見たことのない機械に,好奇心がこのうえ無く刺激されたが,

「コンガを叩いていたでござるな」
「…!」

その『コクピットのようなキーボード』への関心は,部屋の主によって遮られた。肩を跳ねさせて声の方を振り向くと,万斉が湯気の
上がるカップを2つ持ってソファの脇に立っていた。は慌ててサクと一緒にそちらへと戻った。

「…こんが?」
「ああ,コンガ。さっき殿が叩いていた太鼓のことでござる。カリブ海の異国で生まれた打楽器でござるよ」
「…そう」

実をいうとには『カリブ海』がどこなのかもピンと来ていなかったが,子供だと思われたくないのでわかった顔をした。
子供扱いされることに何よりも屈辱を感じる年頃だった。そして,早く大人になりたがる年頃でもあった。
再びソファに座ったの前に,万斉は滑らかな手つきでカップを置いた。何故か輪切りのレモンの乗ったお皿も,その隣に並べられた。

「どうぞ」
「…なにこれ?」

お茶の色を目にした途端,は呆けた声をあげてしまった。
透き通った瑠璃色の液体が,白いティーカップの中で静かに揺れている。
お伽話に登場する森の湖は,きっとこういう色をしているのではないだろうか。美しい瑠璃色の水面から今にも小さな女神が出てきて
『貴方の落としたのは金の斧?銀の斧?』とでも問いかけてきそうだった。見たことのない飲み物を前に,は思わず目を丸くした。

「…きれいな青ね」
「ウスベニアオイのお茶でござるよ。『マロウブルー』と言う」

万斉はと向かい側のソファに座り,自分の前にも同じカップを置いた。女優から王妃へと上りつめたグレースという名の女人も,
このマロウの花を愛していたらしい――といったようなことを,万斉は緩やかな口調で語った。そして,

「砂糖はいくつ必要でござるか?」
「いらないわ」

万斉の質問を,は即座に撥ね付けた。むやみにやたらと甘い物を欲するとでも思っているのか,と。そんな幼い子供だとでも思って
いるのか,と…耐え難い辱めに怒りと羞恥が同時に湧き上がった。しかし,が強く睨んでも,万斉は小鳥の威嚇でも眺めるかのように
穏やかな面持ちを崩さなかった。

「いやなに。マロウブルーは味がとても薄いゆえ」
「…え?」
「見た目は青く,匂いも良いのでござるが,不思議と味は薄いのでござるよ。ゆえに砂糖を入れた方が良いでござる。あるいは蜂蜜を
 入れるのも良い。拙者はこれを飲む時必ずどちらかを入れるようにしているでござる」
「…そうなの」

そうか――子供扱いしたわけではなかったのか。
万斉に角砂糖の入った器を差し出され,は今度は素直にそれを受け取った。青い水面に砂糖を2つ落とし,銀色の匙でくるくると
まぜると,砂糖は瞬く間に崩れ去り青の中へ溶け込んでしまった。

――殿の音を奏でさせてはくれぬか。

蛍光灯の光をゆらゆらと照り返す青いお茶を見ていると,万斉が昨日自分に言ったことを思い出した。なんでも,この男は他人の心の
音を聞くことができるのだという。それはも例外ではなく,『花弁が零れてゆくかのような儚い音』なのだそうだ。
それをちゃんとした楽曲として完成させたい,そのために自分と会ってくれ…というのが彼の願いであり,顔を見られたことを高杉に
黙っているための条件だった。
もし万斉が高杉に「の顔を見た」と告げたとしたら,彼自身も無事では済まないはずだ。それはすぐに思い当たった。
けれども,そもそも包帯を解いたのは自分の意思によってのことだったし,なにより万斉の奏でる音に心を奪われてしまったことが,
に強烈な後ろめたさを植えつけていた。そして,その後ろめたさは,こうしてこの男の部屋へ来たことで更に強くなった――
――もう後戻りは出来ない。

「ふむ…これを飲むと落ち着くでござる」
「私…」
「ん?」
「私…何をすればいいの」

万斉は「自分の部屋へ来るように」としか言わず,具体的に何をしろとは口にしていなかった。『楽曲として完成させる』という彼の
作業に,果たして自分がどのように関わるのか,関われるのか,には見当もつかなかった。
けれども万斉はの質問に答えず,かわりに何に使うのか疑問だったレモンの皿を指先でこちらへ押してよこした。

「殿。レモンを入れてみるでござる」
「レモンを?…マロウブルーに?」
「そう」

彼がこちらの問いかけに答えなかったことを不可解に感じながらも,は言われた通り輪切りのレモンを手に取った。
レモンの汁を美しい青の茶に入れることが,なんだかとてもお洒落なことのように思えた。ちょっと気取った喜びがの内心を
心地よく満たした。慣れない手つきでレモンの皮の部分を指先で持ち,青い水面へ向かってぎゅっと絞った。レモンを自分で絞ること
など滅多に無いので,お世辞にも上手な絞り方ではなかったが,レモンの滴はの小さな指先をつたってブルーの中へぽたぽたと
吸い込まれていった。

「お茶をよく見ているでござるよ,殿」
「え?何も起こらな………あ!」

それは一瞬の出来事だった――まるで魔法のような。

「すごい…!きれい!」

は心ともなく高い歓声をあげた。澄んだ青色だったお茶が,レモンの数滴が落ちたところから見る見る間に桃色へと変わった。
まさに「劇的に」という副詞がぴったりな速度,鮮やかさで色が変化したのだ。菫から薔薇へと様変わりを果たしたお茶を,は
穴が開くほどに凝視した。

「美しいわ…どうして?どうして色が変わるの?」
「マロウブルーは酸性やアルカリ性に反応するから…まあ,詳しく言ってしまうと情緒が無くなるゆえ」

魔法使いのお茶だから――と。そのようなことを万斉はさらりと言ってのけた。
普段ならば「そんな子供騙しに引っかかるものですか」と言い返すところだが,マロウブルーがピンク色へと変わった様子は本当に
魔法のようだったので,はすんなりと彼の言葉を受け入れていた。
マロウブルーは,清らかな聖女が蠱惑的な踊り娘になったかのようにまるで別物へと変身してしまった。

「夜明けの空が朝焼けに染まる様子と似ているゆえ,異国では『夜明けのティザーヌ』と呼ばれている」
「『てぃざーぬ』って?」
「ハーブティーのことでござる」
「そう…ぴったりな名前!」

が思わず笑うと,こちらを見つめる万斉と目が合った。その途端,気恥ずかしさと疚しさが一気に胸に湧き起こった。
はしゃいでしまったことを,は激しく後悔した。の笑顔を見た万斉は,何故か嬉しそうに微笑んでいる。
でも,が他の男を喜ばせたと知ったら,高杉は決して良い顔はしないだろう。
高杉に叱られるよりも,高杉を悲しませることの方が,は嫌だった。
は咳払いと共に笑みを引っ込め,ピンク色のお茶に唇を付けた――色は変わっても,味は変わっていなかった。
少しレモンの酸っぱさが香るだけだ。

「…何もしなくて構わぬでござる」
「え?」

それが「私は何をすればいいの?」という自分の質問に対する答えなのだと分かるまでに,数秒かかった。はカップから口を
離し,万斉の方を見た。
神秘的な引力のある眼差しで,彼はを見つめていた。
熱いのか冷たいのか――よく分からない。そんな眼差しで。

「普通に過ごしてくれれば良い。犬と…サクと遊んでいても良いし」

『犬』を『サク』と名前で言い直したことに,は少しだけ好感を抱いた。犬を「家族」や「友達」と見なさない人間は,その
犬を名前で呼ぶことをあまりしたがらないものだ。いくら名前を教えてもすぐに『その犬』とか『そいつ』という呼び方をする。
その逆もまた然りだ。犬に親しみを抱いている人間は,その犬を必ず名前で呼んでくれる。
今の前にいるこの男は,犬が(あるいは動物全般が)好きなのだろう。
いくらか和らいだ気持ちで,はサクの頭を撫でながら万斉に言い返した。

「『普通に』って…そんなの,難しいわ」
「ははっ。そうでござるな」

万斉は声を立てて笑い,頭上で指を円形にゆっくりと回して部屋全体を指差した。つられてもきょろきょろと部屋を見回した。
音楽を紡ぎ出すことでいっぱいの――彼の城を。

「この部屋に殿の気になる物があれば,自由に見てもらって良いし,触ってもらっても構わぬよ。ああ…機械類を触る時は一言
 ことわって欲しいが。まあ,明日からは本なり何なり,暇をつぶせる物を持って来るでござるよ」

今日は顔合わせだけでござる,と万斉は軽快な調子で言った。それでは今日はただお茶を飲みに来ただけか,とは拍子抜けして
しまったが,それよりもホッと安心する気持ちの方が大きかった。自分が何をするのか,何をされるのか――本当に不安だった。
ここへ来る前までは。彼と話をするまでは。

「殿が何かしている間,拙者は殿をただ見ている。いや…『聴いて』いるでござる」
「…」


ただ,心の音を――


「…へんな人」
「よく言われるでござるよ」

が小さく笑うと,万斉もまた眉根を寄せて笑った。
(不思議だわ…)
顔立ちも声も全然違うのに。そうして笑っていると,そっくりに見えて来た。


晋助にい様とよく似ているわ…このひと


は再度カップを手に取り,桃色のお茶を口にした。先程よりもぬるくなったそれは,まろやかな熱を喉にもたらしてくれた。
逢瀬と呼ぶにはあまりに安穏な一時は静かに――けれど『秘密』という熱をもって,流れていった。